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2007年12月27日

『一瞬の風になれ』佐藤多佳子(講談社)

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「一服の清涼剤。高校生らしさとは?」

 「高校生」、「女子高校生」、「男子高校生」という言葉に何を思い浮かべるだろうか。爽やかさ、若さ、無謀、夢、希望……人により種々のイメージが浮かんでくるだろう。だが実際に「女子高校生」という人間もいなければ、「男子高校生」という人間も存在しない。いるのは「はるな」、「あい」、「ゆうた」、「ひろし」などという固有名詞を持った一人のかけがえの無い存在だけである。

 大人になると(一体何歳から大人になるのかは別として)往々にして我々は高校時代のイメージを抽象化してしまう。そして、その中に今の高校生の姿を捉えようとする。しかし、彼らはそこにはいない。一人一人が違った世界を持っているのに、彼らが共通の世界の中にいると思うのが間違いなのだ。

 私は仕事柄休日を除いて毎日高校生たちと一緒にいるが、彼らの全てが爽やかなわけではないし、無謀なわけでもない。肉体的に若いのは確かだが、精神的には個人差が大きいし、夢や希望に関しても千差万別だ。つまり、大人とさほど違いは無いのである。しかし大きな違いは、彼らの持つ可能性だ。全員が長生きするわけではないにしても、現時点において彼らは間違いなく私たちよりも大きな可能性を持っている。

 佐藤多佳子の『一瞬の風になれ』は、まさにその可能性が表現された作品だ。その意味において、「高校生」を良く捉えた小説であると言える。主人公の神谷新二は、サッカー気狂いの両親と天才的なサッカー選手である健一を兄に持つ高校生である。自身もサッカーをやっていたが、天才の兄に対するコンプレックスがあり、高校入学と同時にやめてしまう。

 幼馴染の一ノ瀬連は、中学2年の時、陸上100m.の全国大会で7位になるが、その後活動をやめてしまう。二人は高校で再会し、一緒に走りたいという気持ちで陸上部に入る。天才的スプリンターだが体力の無い連と、陸上は素人だが体力には自信がある新二。言葉はがさつだが情熱のある顧問の三輪先生、個性的な先輩や仲間たちと出会い、二人は陸上に夢中になる。

 初めは連に追いつくことはありえないと思っていた新二が、素晴らしい力をつけてきて、連と競うようになる。同時に名門鷲谷高校の全国的スプリンター仙波を目標にして、厳しい練習に耐えながら努力を続ける。バトンの受け渡し方、スタートの方法、その時の心理学等、綿密な取材の元に書かれたと思われる描写には、非常に説得力がある。

 最後には二人とも自分の苦手分野を克服して、仙波と競い合うようになるのだが、この作品の面白さは「巨人の星」のような「スポ根」物ではないことだ。スポーツを扱う小説は往々にしてそういった傾向が漂うものだが、どんなにきつい練習をこなしていても、そのような雰囲気は無い。100m走やマラソン等を除けば地味な分野である陸上というスポーツを舞台にしているのが楽しいし、はでな恋愛劇が無いのも臨場感がある。

 もちろん、新二が仙波と競うようになるまでには、多くの紆余曲折がある。怪我があり、兄の事故があり、仲間との確執がある。だが、それらが上手く調和している。そう、確かにこの作品にはタイトルのように爽やかな「風」が吹いているのだ。本来私は読後感の良い(爽やかと言う意味で)小説は好かないのだが、これは素直に心地よかった。そして、私が毎日会っている高校生たちの姿が重なっていった。一服の清涼剤として、素晴らしい物語だと言えるだろう。


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