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2007年11月26日

『漱石の妻』鳥越碧(講談社)

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「夏目鏡子は悪妻か?」

 毎年9年生(中学3年生)の一学期に、夏目漱石の『こころ』を教材として使用している。といっても、日本の教科書ではなく、文庫本だ。だから数頁を読むのではなく、冒頭の「私はその人を常に先生と呼んでいた。」から始まって、「先生」の遺書の「妻が生きている以上は、あなた限りに打ち明けられた私の秘密として、凡てを腹の中にしまって置いて下さい。」まで300頁近くを、一緒に読んでいく。


 文体や漢字等は多少難しいものの、結構皆興味深く読んでいるようだ。漱石の作品を「推理小説」のようだと言ったのは蓮實重彦だったろうか。確かに冒頭から「先生」には何か秘密がありそうだという事が分かるが、その秘密が明らかにされるのは「先生と遺書」まで待たなくてはならない。静をめぐるKと「先生」の確執と自殺。現代の中学生が読んでも、充分に面白いのだ。
 
 そんな漱石に関する評論や伝記は星の数ほど存在するが、妻の鏡子に関するものは少ない。鏡子自身の口述による『漱石の思い出』や血縁者達のエッセイ位か。彼女は長年「ソクラテスの妻(悪妻)」として有名だった。だが、少ない資料から判断する限り、どうもそうとは言えないのではないかと、常に考えていた。そこに鳥越碧の『漱石の妻』と出合った。

 鏡子を主人公に、晩年になって夫との結婚生活を回想するという設定だが、鏡子がまさに「女」なのである。夏目鏡子が漱石の妻であるので、時として彼女が女であるということを私たちは忘れがちだ。「漱石」という言葉がついた時に、彼女は「女」から別の生き物へと変身を強要されるのかもしれない。夏目「金之助」の妻である鏡子が、「漱石」の妻になりきれないところが、小宮豊隆や森田草平等、弟子たちによる「悪妻」評価に繋がる。

 鏡子は、肉親と縁の薄い漱石を「金之助を包み込みたい。」と想い、ロンドン留学中の夫の帰国を待ちわび「金之助が恋しくてならなかった。両腕で力いっぱい抱いてもらいたい。」と考える。漱石の作品に登場する女性に、漱石が慕っていた嫂登世の面影を見つけ、嫉妬する。神経を病み、妻や子供に暴力を振るう漱石のせいで、親類たちは鏡子に離婚を勧めるのだが、夫が病んでいるのだからこそ、そばにいてあげなくてはならないと言う。これは、どうみても一途に夫を愛する「普通」の妻ではないだろうか。

 調子が悪くなると、子供たちを殴り、蹴り、妻の「髷をにぎりその躰を投げ飛ばし」た。しかし、弟子たちの前ではそんな様子は全く見せない。外面が良いのである。誰も鏡子の苦しみは分かってくれない。ちょっとした言葉を誤解され、ますます悪妻のレッテルが明瞭となっていく。それなのに、修善寺の大患で死にかけた漱石が、蘇生した時にもらした「妻は?」の一言に喜び、凡ての苦労が報われたと思う。

 夫にとって自分は何なのか、妻が私でよかったのか。その疑問に答えを出すために一生連れ添ってきた。漱石の自伝的作品『道草』を読みながら、鏡子は夫が自分に「女」だけではなく、「母性の妻」を求めていたことに気づく。自分は女よりも「もっと強い、もっと深い、もっと大きな存在として、いつしか彼の中に棲みついていた」と、涙を流す。回想から我に返り、「夫には夫の、妻には妻の真実があった。それでいいのだ。」と考え、「別れられなかった―もしかしたら、それが自分達夫婦の真実であったのだろうか。」と結論付ける鏡子の人生こそ、漱石が最後に追いかけた「則天去私」そのものの境地であるように思えてしまう。


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