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2006年02月08日

『福野礼一郎の宇宙(甲・乙)』(双葉社)

福野礼一郎の宇宙 甲 →福野礼一郎の宇宙(甲)を購入
福野礼一郎の宇宙 乙 →福野礼一郎の宇宙(乙)を購入

デザイナーを志す人のための必読書というと小難しい理論書ばかりを連想するかもしれませんが、そんなものばかりでもありません。気軽に読めて奥が深いものの筆頭に、グラフィック・デザイナーの佐藤卓さんの「デザインの解剖」シリーズがあげることができます。
この本は定番となっている日用品、例えば「タカラ・リカちゃん」人形やフジフィルムのレンズ付きフィルム「写ルンです」などを取り上げ、プロダクトの細かな部分にまで目を向けると同時に、それらがどのように全体を構成しているか、そこに込められたデザインの秘密を明らかにするものです。
実際に商品として社会に出され、高い評価を得ているモノがどのような特徴を持ち、いかに構成されているかを平易に解説してくれる得難い書であり、佐藤さんという一流のデザイナーが、作り手ではなく一般の素人、つまり買う側の視点でモノのディテールに込められたデザイナーシップを指摘してくれるという点もユニークです。美大でデザインを教えている立場からすると、とかく思いつきで作ってしまおうとする学生にとって、モノをしっかり見ることの大事さ、デザインという行為の奥深さ、面白さに気づかせてくれる好著です。

さて、最近までこんな本は他にはないだろうと思っていたら、大変面白い本に出会い、自分の不勉強を思い知らされました。それがこの「福野礼一郎の宇宙」です。
著者の福野礼一郎さんは「自動車設計・生産技術・自動車工学・材料力学などに精通する自動車評論家」ですが、「クルマばかりではなく、航空機、兵器、銃、刀剣、機械式腕時計などにも造詣が深い」(本書の著者紹介による)とのこと。本のサブタイトルには「キカイの本質を理解すればクルマの偉大さがわかる!」(甲)、「クルマとは何か。どこへいくのか。クルマの未来が見えてくる」(乙)と書かれていますが、単に自動車評論家がクルマについて語った本ではありません。
「デザインの解剖」がグラフィックデザイン的な視点から大量に消費される日用品を取り上げているのに対して、こちらは工業デザイン的な視点からクルマを代表とする耐久消費財を取り上げていると言っても良いでしょう。航空機や時計、バッグ、家具、電化製品などあらゆる人工物を通して、モノ造りという局面で心すべき事柄が述べられている、と言っても大げさではないと思います。

さらにデザインをする(あるいはデザイナーになろうとする)人間にとって、この本が興味深いのは、それが消費者・利用者の中にいる最も恐るべき存在、「目利き」の立場で書かれているからです。
「デザインの解剖」は、一流デザイナーが一般消費者の立場をとって商品を見つめるスタイルから、なんとなく身内への優しさが感じられような気がします(佐藤さんのキャラクターもあるのでしょうが)。
それに比べ、「福野礼一郎の宇宙」はどちらかというと消費者、つまり作る側ではなく使う側、その中でも「うるさ方」というか、クオリティの分かる数寄ものの視点からの鋭い切り込みが目立ちます。
ホンモノの持つ質感への気づき、モノに封じ込められた造形の秘密、モノづくりの現場を通して知った人工物のありうるべき姿、そしてそれを作り出すアルチザンの哲学がいろんな場所にちりばめられていることに気づきます。こう書くと、退屈な話が続くかのように思うかもしれませんが、真剣ながら歯切れのよいスピーディーな口調そのままの文章は快感でもあります。

それにしても、いったいどのようにしてこうしたスタンスの本が書かれることになったのか。そう考えて、この本や福野氏の他の仕事、例えば「クルマはかくして作られる」や「極上中古車を作る方法」といった他の著書を読んでみたら、かつて街中にいた頑固だけれど子どもには優しかった職人さんのことを思い出しました。どのような方かは存じ上げないのですが、福野さんはおそらくそうした存在を知る最後の世代なのではないか。著書を読む限りでは、どうやらこの本の原点は福野さんが学校等の教育制度を通してではなく、現場の優れた眼を持つ職人さんたちとの会話から、彼らの技を通してモノ造りの秘密を教わったからではないかと思います。

本書の一節に「美大だか何だかを卒業して10年もたたないデザイナーと称する人間が、ぺらぺらとよく回るその口で『感性』だの『あたしのイメージ』だのという言葉を乱発するのを聞いていると、だからつくづくアホらしい」とありますが、そうした学生を指導する立場として耳の痛い一言です。
4年間程度の美大教育では、どうしても知識的に中途半端な状態で学生を世の中に送り出すことになってしまうのは避けられません。それはしょうがないとしても、常に市井のモノづくりの哲学者たちに耳を傾ける謙虚さを失わない卒業生を送り出したい。卒業式を前に、そんなことを考えさせられた本でした。


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2006年02月05日

『現代デザイン事典(2005年版)』(平凡社)

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IT業界ほどではありませんが、ここ数年、デザインの世界も急速に姿を変えています。変化の激しい分野のほとんどがそうであるように、この動きは一つの方向からだけ眺めていたのでは理解できません。デザインの場合、少なくとも素材等の技術革新、それによって生じる人とモノとの関係の見直し、さらにそれを裏から支える構造、そして応用分野の広がりといった具合に、モノ・生活・経済・社会という多様な観点からデザインを眺めることが必要でしょう。

この本は1986年に「諸分野のデザインに関する基礎知識と最新情報を把握できる唯一の実践的な事典」として企画された本ですが、2000年に時代変化を積極的に取り込むよう大幅な見直しが行われました。それ以降、「ベーシック」、「コミュニケーション」、「インダストリー」、「スペース」といった章を持つデザイン年鑑的な存在として生まれ変わり、毎年新たに加筆・再編集が行われています(手元には05年版しかありませんが、近々最新版が出ると思われます)。

「ベーシック」はデザイン全体について知っておくべき、歴史・情報・美学的な基礎知識を解説したもの、「コミュニケーション」はグラフィックデザイン、イラストレーション、アニメーション・コミックス、映像、写真、広告、タイポグラフィー、エディトリアルといった領域での動きを俯瞰する内容、「インダストリー」はプロダクトデザイン、現代クラフト、テキスタイル/ファッション、パッケージ、紙と印刷、新素材とデザインといったモノ寄りの領域をとらえ、「スペース」は環境デザイン、現代建築、ライティング、インテリア、空間演出、舞台美術といった空間的広がりを扱っています。
このほか、コラムやデザイン賞グランプリ、コンペ、関係団体リスト、20世紀のデザイン界における「WHO WAS WHO」とブックガイドなどの資料も充実しており、関心領域をより深く知ろうとする際には重宝します。

かつて「デザイン」と言えば、もっぱらポスターなどのグラフィックか家電製品などの意匠のことでした。しかし今や「デザインから新しい時代が見えてくる」と言われるように、デザインという「世界のまとめ方」は、私たちの生活に大きな影響力を持っています。拡大するデザインの全体像を知るうえでも、また新たな可能性を見過ごさないためにも、年に一度は読んでおくべき本と言ってよいでしょう。

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