2007年01月21日

『絵本の心理学〜子どもの心を理解するために』佐々木宏子(新曜社)

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美術大学を卒業するためには四年間の勉強の成果を作品というカタチにまとめることが必要です。武蔵野美術大学には日本画、油絵、彫刻といったファインアート系の学科や工芸、建築、映像、グラフィックスなどのデザイン系など合計11学科があり、卒業間近ともなると学内は多種多様な作品であふれかえります。そういう活気のある卒業制作展を毎年見ることができるのも美大勤めの楽しみのひとつです。


さて、私の所属するデザイン情報学科の卒業制作ですが、旧来の学科のような専門の表現領域を持たないため、インスタレーション風な映像や彫刻、CG、書籍デザインから陶芸まで様々な作品が展示されます(もちろん質もいろいろですが)。なかでも女子学生に根強い人気があるのが絵本です。

彼女たちは、イラストが好きだから絵本を作りたい、書籍のデザインがやりたい、物語が好き、本当はアニメをやりたいけど……といろんな動機で絵本に取り組むのですが、学科が独自に課した卒業制作の条件をクリアするのに苦労することになります。条件というのは、「4年間学んできたはずのデザイン情報学的立場から作品を制作しなさい」ということで、具体的に言えば、「ただ作品を作って提出するのではなく、同時に企画理由と制作プロセスでの工夫を明らかしなさい」ということになります。

近年は技術の高度化と必要な情報/知識の普及によって、ちょっとだけクリエイティブな作品作りを助ける環境が整ってきています。たとえば、デジカメの普及によって、シャッターを押せば映像(らしきもの)が記録され、写真(らしきもの)が簡単に出来てしまいます。
もちろん、見るにたえる質の作品がそんなに簡単にできるわけではないのは明らかです。だからこそ表現のための技能や構想の訓練が求められ、専門の学科が設けられているのです。

さて絵本作りも、パソコンの普及や簡易製本サービスの普及によって、幸か不幸か、カタチだけはそれらしいモノが簡単に出来てしまいます。しかし、趣味で楽しむならともかく、作家としてずっと絵本づくりに携わりたいのであれば、まずは「思いつきで出来てしまうモノ」を作品と呼ぶのではなく、「狙いをもってモノを作り始めること(そして、結果的に予想外の展開を体験すること)」から始めなければなりません。
実は学生を指導するうえで、ここをどうスタートすべきかは大きな問題で、いつも悩むところなのですが、この本に出会うことで多くの示唆を得る事ができました。

著者の佐々木宏子さんは、子どもの言葉の発達と読書の関係の研究を経て、「絵本心理学」を提唱されています。講座を持っている教育大学の付属図書館児童図書室に絵本のデータベースを設け、絵本のタイトルなどの基本的な書誌項目の他、主人公のプロフィール、さらに6つの大主題(生活と自立、自我・自己形成、友達・遊び、性格、心、家族)と280の主題に基づいて検索することができます。
さらにすばらしいことに、この内容がインターネットを使って公開されており、私たち学外の人間も利用させていただけるようです。

本書では、ナラティブ(語り)モデルをベースに、子どものみならず人全体の発育/発達にとって絵本はどのような役割を担うべきか、優れた絵本作家のすばらしさとは何かといった点について、多くの絵本を取り上げながら説明されます。その際の資料として、授業に参加した学生による遊びの回想記録リポートが取り込まれており、そこで語られる様々な経験談が解説を生き生きとしたものにしています。

絵本という表現の持つ多様な可能性に気付かせてくれるという意味で、児童心理や幼児教育に関心を持つ人のみならず、表現という立場から絵本をとらえるデザイナーや作家志望者にもお勧めしたい好著です。


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