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2014年04月19日

『今井顕よりごあいさつ』

2005年4月に《書評空間》が開設されて以来、細々とながらも継続して投稿して参りました。

当初は投稿の頻度も文の長さも手探り状態でしたが、そのうち「無理してもしょうがない」と思いなおし、毎月1冊のペースを維持することを目標にしました。月に1冊は決して多くないながら、追い詰められた月もありました。しかし「継続は力なり」とはよく言ったもので、投稿数が積もりに積もって118冊になった事には、我ながら驚いております。

このブログは残念ながら今後しばらく休止になるとのこと。閲覧は維持されるものの、更新ができなくなるそうです。しかし、せっかく身につけた読書習慣ですので、折に触れて読んだ本の感想は、自分のブログにて公開しようと思っています。「書評」のカテゴリーにまとめておくようにします。今後も今までのペースを守れるかは少々心配ですが…。

ブログの名前は《かやにかパパの打ち出の小槌》です。私の本職である音楽に比重を置いたブログを、と思って始めたものの、それ以外の雑談の方が華やかになりつつあります。URLはhttp://imaiakira.jugem.jpですが(スマートフォン対応)、私のオフィシャルサイトhttp://atwien.comからもお入りいただけます。

長い間ご愛読いただき、ありがとうございました。いつかまた別の形でスタートできるのであれば何よりです。それまで、皆様、お元気にお過ごしください!

2014年04月13日

『モーツァルト家のキャリア教育』久保田慶一(アルテスパブリッシング)

モーツァルト家のキャリア教育 →紀伊國屋ウェブストアで購入

カバーにはかわいいイラストがあしらわれ、副題は「18世紀の教育パパ、天才音楽家を育てる」となっている。思わず「楽しい娯楽本か?」と期待してしまいそうだが、内容はとても手堅い、立派な研究書である。とは言うものの、読んでいて眠くなるようなことはない。モーツァルト父子の間で交わされた数多くの手紙を軸に、モーツァルト家における「音楽をビジネスとしての捉えるための心構え」が生き生きと語られているからだ。

モーツァルトに関する書籍も数多い。先月紹介したベートーヴェンの交響曲第9番にまつわる書籍(『〈第九〉誕生』)の時と同様に国立音楽大学図書館でタイトルに「モーツァルト」を含む和書を検索してみたところ570冊、「Mozart」を含む洋書は973冊がヒットした。洋書はモーツァルト、ベートーヴェンともほぼ同数だが、和書の数ではモーツァルトがベートーヴェン(379冊)を凌駕している。しかし本書のような切り口でまとめられたモーツァルト研究は初めてだろう。メイナード・ソロモンによる大著『モーツァルト』(新書館)にもモーツァルト父子のあいだに生じていたストレスを「親離れ・子離れ」という視点から捉えた考察が提示されていたが、久保田の解析レベルには達していない。

本書ではまずモーツァルトの父、レオポルトの生い立ちや家庭環境が詳細に紹介される。「天才児モーツァルトを育てた教育者としてのレオポルト」がどのようなキャリアを積み、どういう価値観の持ち主だったか、という情報は、息子ヴォルフガングの成長を評価していく上で欠かせない重要事項だ。そればかりでなく、実はこの本の主人公は息子ではなく、父親レオポルトなのである!

昨今は日本の大学で「キャリアガイダンス」なるものが重要視されるようになり、「キャリア支援センター」などを設置しているところもある。巷の大学は「教育と研究の場」というよりは「社会人として生計を成り立たせるために必要なスキルを授けるところ」に変化しつつあるようだ。就職率が高く、報酬が有利な分野が注目され、就職率が良い大学に人気が集まる。

著者と私はたまたま同じ音楽大学で教えているのだが、『ビヨンド タレント:音楽家を成功に導く12章』(水曜社)を上梓したアンジェラ・ビーチング女史(音大生のキャリア支援におけるエキスパート)の講演会を学内で開催するなど、久保田は学生向けのキャリア支援も推進するキーパーソンだ。モーツァルト家のキャリア対策を語るに最適な研究者であることは間違いない。

本書の帯には「子供を芸術家に育てたい親、必読!」というキャッチコピーがあるが、「子供が芸術家になってしまいそうな親、必読!」とした方が当たっているかも知れない。子は親の思い通りには育ってくれないからだ。だが帯の続きをたどって行きつく本の背表紙の部分に印刷されている「現代のキャリア心理学の視点からモーツァルト父子の手紙を分析。時代の荒波のなか、懸命に自己実現をめざしたふたりの姿から、芸術家にとっての成功とは何かが見えてくる!」というフレーズは正鵠を得ている。

本書の内容は大きく五つの部分に分けられ、「引き裂かれたキャリア(若き日のレオポルト)」「したたかな処世術(経験に学ぶレオポルト)」「息子の就職問題(挫折するレオポルト)」「息子の結婚問題(破綻におびえるレオポルト)」「姉ナンネル(レオポルトとヴォルフガングのはざまで)」という構成だ。「今までは存在しなかったモーツァルト本」であることが、おわかりいただけるだろう。

あとは読むだけだ。読者の期待を裏切らない内容である、と信じている。

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2014年04月06日

『わかりやすく〈伝える〉技術』池上彰(講談社現代新書2003)

わかりやすく〈伝える〉技術 →紀伊國屋ウェブストアで購入

テレビのニュース解説でお馴染みの池上彰によるプレゼンテーション指南書だ。「テレビ」という特殊な環境の中での話術は、会社や学校といった一般的な環境における話術と同じではないことは容易に想像できる。その決定的な違いは「制限時間」にあるのだそうだ。テレビのニュース番組に出演しているコメンテーターに与えられている時間は通常20〜30秒。その中で的確かつ意表を突くコメントを披露しなければならない。

テレビでの話術に長けたニュースキャスターは──池上によると──久米宏とみのもんただそうだ。別格といえるほど巧みな話術をあやつり、視聴者の気を常に引きつけてやまない。そこにはある程度の天性もあるだろうが、経験を積み、試行錯誤とたゆまぬ努力によってスキル化していった話術が素晴らしいと語る。

池上の出身はNHKだが、記者としてのキャリアが長く、アナウンサーとしての発声訓練も受けたことがなかったという。池上の記者時代、「現場にいるレポーターがテレビカメラに向かって話す」という実況中継のスタイルはまだ確立されておらず、その多くが誰にも頼ることのできないぶっつけ本番だった。しかしそこでも常に「限られた時間の中で必要な情報を過不足なく伝えるにはどうしたら良いか」を考慮し、工夫を重ねたところから、多くのものを会得できたそうだ。またその当時に担当した「週刊こどもニュース」のお父さん役として子供に理解できる解説を組み立てることに明け暮れた経験も、池上に多くのものをもたらしたという。

実際、池上の解説はわかりやすい。聞いている側の思考回路に沿って話が展開していく感がある。あまりに明解なので、自分にもこうした解説がすぐできそうな気がしてしまうほどだ。しかし池上の「わかりやすさ」は、周到な準備を通じて綿密に組み立てられたもので、本書にその秘密が明かされている。

会社に勤めていれば、企画会議などでプレゼンテーションをしなければならないことがあるだろう。学生なら授業内での発表、先生ならば授業そのものがプレゼンテーションだし、職種によって濃淡はあろうが「何かを説明しなければならない」というシチュエーションは、誰にでも起こりうる。一介の主婦といえども油断してはいけない。交通事故の目撃者として、目にした状況を的確に説明しなければならないことだってあるだろう。臨場感たっぷりに(=あわてふためいて?)語る事故の目撃談はともかく、会社や教育現場での発表はきちんと準備をした上で、効果的かつ効率よくこなしたいものだ。そのための貴重なヒントの数々が本書を通じて提供されている。

パソコンで作成したスライドを提示しながら口頭で説明を進めるプレゼンテーション(いわゆる「パワーポイント」)も、今日では一般的になった。その際、何をどのように視覚化するとわかりやすくなるか、ということも本書90ページ以降にまとめられている。私自身もこうしたスタイルで講座を開講する機会が多いが、まだまだ改善の余地はありそうだ──と言うより、今までの方式はどちらかというと「良くないプレゼンテーション」だったようだ。大いに反省し、今一度見直してみたい。

「ポイントは三つに絞ること」「本題に入る前に提示しておくべき事」など、指摘されてみれば「ごもっとも」ということでも、言われなければなかなか気づくものではない。ましてや社会人になってから行うプレゼンテーションである。それが拙く、眠気を誘うだけのものであっても、それを親身に注意してくれる人は決して多くないだろう。自己を啓発し、さらにわかりやすいプレゼンテーションを目指すには自ら努力し、人の発表で良かったところは模倣し、実体験の感覚を大切にしながら経験を積んでいくしかなさそうだ。

テレビに登場する池上のように無駄なくすっきり説明できたらいいな、と少しでも思うならば、本書は「必読」だ。私自身もこの本に出会うことができて幸いだった、と感謝している。

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