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2013年10月11日

『ギャンブラー・モーツァルト』ギュンター・バウアー(春秋社)

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古今の偉人たちの人生は、とかく神格化されてしまい勝ちだ。自らに課した課題のために他のあらゆることを犠牲にし、天から与えられた使命に没頭する姿が描写され、人並みはずれた集中力について語られる。こうして一旦誰もが納得するレッテルが貼られてしまうと、その人物への大きな先入観が形成され、他の側面が見えなくなってしまう恐れがある。

たとえば音楽家でありながら聴力を失ったベートーヴェンに貼られた「苦悩の英雄」というレッテルはその典型だろう。ベートーヴェンに苦悩があったことには間違いないが、人間としてのベートーヴェンにはもっといろいろな側面があった。お茶目なところもあったし、まずは何と言っても「色まめ」だったと想像される。色まめ、とは辞書に載っていない言葉だが、女性との交友関係においてまめな性格、という意味だ。ベートーヴェンは恋多き男としても鳴らしたのである。

19世紀、たぐいまれなヴィルトゥオーゾピアニストとして空前絶後の大人気を博したフランツ・リストも「女たらし」という眼鏡を通して見るか「敬虔なキリスト者」という眼鏡を通して見るかによって、その評価はまったく違うものになってしまう。

モーツァルトの場合は「神童モーツァルト」というレッテルが有名だ。だがここからは、大人になって成熟したモーツァルトの姿が見えてこない。「モーツァルトは天才だ」というフレーズもよく見聞する。確かにそうだろう、異論はない。しかし、その呪縛があまりに強すぎるあまり、「うかつに反論できない」という状況も窮屈ではある。不用意に「モーツァルトは本当に天才だったのかなあ…」などとつぶやけば、即座に「それは君がモーツァルトの音楽を理解していないからだ」と返されるに違いない。

モーツァルトの音楽があまりに素晴らしいので「崇高なモーツァルトは音楽人になるべくしてこの世に生を受け、音楽のために生きた真の芸術家である」と信じている人も、皆無ではなさそうだ。公正で優秀なモーツァルト研究家たちも、「音楽家としてのモーツァルト」を調査・探究し、その業績と人間像を評伝としてまとめていく。音楽の天才としての姿になじまない俗世間の影には──それが作為的かどうかは不明にせよ──距離が置かれ、うわべだけの表現になり勝ちだ。

近年の研究ではこのように偏った見方が是正されつつあり、さまざまな視点からの資料の再評価が進んでいる。そんな中、モーツァルトはトランプなどの「カードゲームと賭博」にとどまらず「ビリヤードやボーリング(ケーゲル)」「言葉の遊び」「舞踏会」「富くじ」などが大好きで、「新しいゲームを耳にすると居ても立ってもいられない性格だったようだ(403ページ)」という視点からの研究書が出版された。演劇畑で活躍する、モーツァルトと同じザルツブルク生まれのギュンター・バウアーによる著作である。原著は研究書特有の堅い論調でまとめられているそうだが、翻訳を担当した吉田耕太郎と小石かつらの尽力によって、読み物としても充分に楽しめるものになっている。

遊び人としてのモーツァルト像とともに興味深いのは「モーツァルトはいったいどのぐらい稼いでいたのか」という試算である。当時の通貨の単位はわかりにくいものの、およそ大学教授の年収の数倍以上の金額を稼ぎ出していたのは紛れもない事実のようだ。しかし、確たる証拠はないものの、そのほとんどはゲームへの掛け金として失われてしまったらしい。モーツァルト時代のカードゲームにはお金が賭けられていた。社交の達人となるにはカードゲームにも精通している必要があり、モーツァルトもこの点において後塵を拝することはなかった。時と場合によってはモーツァルトが音楽よりもゲームに夢中になっていた姿も描写されている。

「ぼくの唯一の目的は、できるだけお金を稼ぐことにあると信じて下さい。だってお金は健康に次いで最上のものなのですから」「ぼくの願いと希望は、栄誉、名声、そしてお金を得ることにあるのです」とは、二十歳過ぎのモーツァルトが旅先から父へ宛てた手紙に書いていることであり(14ページ)、「音楽のために生を受け、音楽芸術がすべてに優先する」とは、モーツァルトの場合にはどうも的外れな見解のようである。

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