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2012年09月17日

『どうして弾けなくなるの? 〈音楽家のジストニア〉の正しい知識のために』J. ロセー、S. ファブレガス(音楽之友社)

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演奏家に特有な局所性ジストニアという病気をご存知だろうか。4月の書評『ピアニストの脳を科学する』でも触れた病名だが、この疾患に関するきわめて詳細な書籍が出版された。バルセロナ(スペイン)にある音楽家専門治療施設「テラッサ芸術医学生理学研究所」の医師、そして理学療法士でもあるロセーとファブレガスによってまとめられた“Musician's Dystonia”の邦訳である。原著は2010年にヨーロッパで開催された医学会で無料頒布されたもので、そこに参加した東京女子医大脳神経外科の平孝臣教授が偶然に手にし、日本へ持ち帰ったものである。平教授も日頃からジストニアに苦しむ演奏家たちの診察に携わっている医師であり、教授の尽力によって日本語化が実現した。

内容は多岐にわたり、専門的な記述になっている。本書は一般向けの啓蒙書ではなく、医療に従事する専門家へのガイドとしてまとめられたものだからだ。とりわけ「どのように診断するか」は、患者よりも医師にとって大切なテーマだろう。以前この病気は演奏家が抱える「人前で演奏することに対する恐怖心」に由来する精神疾患として扱われることが多かった。しかし研究が進んだ今では神経内科医が扱うべきものとして認識が改められ、その方向での診断方法や治療方法が開発されている。

ジストニアに悩む演奏家にとっては一刻も早く手にして読みたい本だと思われるので、冗漫な感想を羅列することは避ける。しかし「演奏家のジストニア」がどんなものなのかだけは、簡単に紹介しておこう。たとえ自分自身はそうでなくても、家族や同僚がこの病変に直面している場合、その人を理解し、サポートするために少しでも役立てば、と思うからである。

演奏家のジストニアとは、高度の複雑さと正確さを必要とする反復動作を長年にわたって行ってきた身体部位に発症すると考えられている。ピアニストやギタリストをはじめとする器楽奏者の手指、管楽器奏者の唇、あるいは歌手の声帯などに機能障害が出現するもので、自分の意志に反して指が不自然に動いたり、あるいは自分の意志通りに動かせなくなり、演奏ができなくなってしまうのだ。最近の統計ではプロの演奏家の実に5%がこのようなジストニアに悩み、その半数がプロの道をあきらめなければならない、という結果が出ているそうだ。不思議にもこうした障害は楽器を持って演奏している時に限って出現し、演奏以外ではきわめて健康で普通の生活ができる、という特徴がある。極端な場合には、アコースティックギターは弾けないのにエレキギターでは何の問題もない、ということもあるそうだ。ピアニストの場合も、鍵盤上ではできなくとも、鍵盤の蓋の上ではまったく正常に同じ動作ができることが少なくない。

本書を手にしたら、まずは第7章、第6章、第5章あたりから読み始めると良いだろう。第7章の「ジストニアを改善するための一般的な注意」の項には、以下のことが書かれている。

音楽家のジストニアは、脳に問題がある。しかし、真の意味で疾患ではなく、脳に病変は存在しない。音楽家のみに起きていることは、非常に高度なレベルの演奏を何年間も続けた結果、脳が持てる力を最大限に発揮し続けて極限状態にさらされてきたという特殊な状況において、いくつかの間違いが脳に取りこまれたということである。体系的な練習によってジストニアを発症したのだから、適切な体系的練習によってジストニアから脱することができる。

そう、ジストニアは克服できるのだ。ジストニアを克服したばかりか、以前よりも演奏が上手になった人もいる。本書の内容を俯瞰できるよう、主要な目次を紹介しておこう。この本がジストニアに悩む演奏家たちへの朗報となり、困難でも正しいリハビリに立ち向かう勇気を与えてくるよう、望んでいる。

「音楽家のジストニアとは?」「どのように診断するか?」「ジストニアの原因は何か?」「ジストニアの心理学的側面」「予防対策」「ジストニアの症状が出たときに何をすべきか?」

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