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2012年05月23日

『教養としてのバッハ』礒山雅・久保田慶一・佐藤真一編著(アルテスパブリッシング)

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「生涯・時代・音楽を学ぶ14講」

私が教鞭を執っている国立音楽大学には、いくつか自慢できるものがある。そのひとつは図書館だ。http://www.lib.kunitachi.ac.jp/にアクセスした後にページ下部のWebOPACというバナーを押すと、誰でも簡単に検索ができる。アジア最大の音楽関連資料数を誇る図書館で、利用してみると「こんなものまでが所蔵されているのか」と感激してしまう。

もうひとつは「音楽研究所」である。所長として任命される教授の方針によって以前は「モーツァルト研究所」、その後は「ベートーヴェン研究所」そして「バッハ研究所」といったように研究対象が推移してきた。その研究所が主導する「プロジェクト」という企画では、国立音大に所属する学生はもちろん、外部からの受講生にも広く門戸を開いた連続講座が開講されるのだ。日本におけるバッハ研究の第一人者である礒山雅教授(現在は招聘教授)が中心になって立ち上げたバッハプロジェクトは、まさに所長自身がライフワークとするフィールドに分け入る非常に充実した内容のものとなり、そのフィナーレとして2012年1月15日にはバッハの《ロ短調ミサ曲》の日本初演80周年記念コンサートが行われた。この作品には、1931年に国立音楽大学の前身である東京高等音楽院によって日本初演が行われたという経緯がある。

ロ短調ミサ曲のみならずバッハにまつわる幅広い勉強をしようという目的で、異なる領域の先生たちによってさまざまな講座が開講された。演奏に関する解釈や音楽学の領域における最新情報の確認はもとより、歴史、言語、音響学など、広い視野からバッハを見つめ直す、貴重な機会が提供された。本書はそれらの講座内容を簡潔に、わかりやすく、読みやすくまとめたものである。

内容をざっと見渡してみると「バッハを知るために押さえておくべき基礎知識」から始まって「鍵盤音楽における諸問題」や「ロ短調ミサ曲に関して」という作品自体へのアプローチ、「バッハ時代の楽器」「音響学から見たバッハ」や「バッハの音楽における革新性」といった創作活動の背後にあった状況、そればかりか「バッハの家庭に関して」「次男エマーヌエルとのこと」のようなバッハファミリーの話題、そして「バッハの時代のヨーロッパにおける政治の動向」「ルターによる宗教改革」「バッハ当時の言語と文化」「19世紀のバッハ」といったバッハ時代のヨーロッパの状況やその後のことなど「広く、浅く」ではあるものの、いろいろな知識を得られるのが嬉しい。バッハが愛した「象徴」に関する情報が含まれていないのが惜しまれるが(数字へのこだわりに関しては簡単に触れられている)、これは「ないものねだり」かもしれない。

バッハの世界は奥が深い。緻密ゆえにハードルが高そうな音楽に思えても、素直に先入観を持たずに聞いてみれば、対位法と呼ばれる作曲技法を理解できるか否かを超越してダイレクトに心に訴え、感動を呼び起こす力が並外れて大きな音楽であることがすぐわかる。そこには宗教の力も関与しているのだろうか、それとももっと別の要素によるものなのだろうか。いずれにせよ、最新の専門的かつ広範囲な知識に触れることのできる、貴重なダイジェスト版バッハ入門書である。

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