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2010年11月20日

『日本1852』チャールズ・マックファーレン、渡辺惣樹訳(草思社)

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「ペリー遠征計画の基礎資料」

1852年7月に、日本に関する情報が集約された書籍がニューヨークで出版された。この4ヶ月後にペリーはアメリカを出航し、日本に向かっている。東インド艦隊司令長官であり日本派遣特派使節としての任務を負っていたペリーは、交渉相手となる日本の情報を可能な限り集めたに違いない。当然のことながらこの本も熟読したものと思われる。「日本とはこういう国か」「日本人とはこのような国民性なのか」と想像をたくましくし、策を練ったことだろう。著者のマックファーレン自身に訪日の履歴はないが、その時点までの数世紀にわたって伝えられてきたさまざまな文献や情報を整理し、それらの信憑性を精査してまとめた功績は大きい。本書はその邦訳だが、今まで訳されていなかったのが信じられないほどの重要文献だ。

本書とは関係のない蛇足ながら、ペリーは太平洋を横断して日本に来たのではなかった。東海岸に位置するバージニア州ノーフォークを出航したのち、大西洋のマディラ島、セントヘレナ島、その後アフリカ南端のケープタウンを回り、セイロン、シンガポール、香港、上海、琉球、小笠原諸島経由で浦賀沖に現れたのだ。理由は簡単。このルートでないと、ペリー船団に含まれていた複数の蒸気船への石炭補給ができなかったのだ。この時のペリーが負っていた任務は日本との交渉と共に、太平洋横断航路の開発のための石炭補給地を見つけることでもあった。事実、日本からの帰路に琉球に寄り、貯炭所を設置している。

話をもとにもどそう。本書を読んでの素直な感想は「言語も、習慣も異なる国家をよくここまで詳細に観察し、客観的に評価したものだ」ということにつきる。文化の相違や地理的な距離を考えれば、圧倒的な精度と言えるだろう。ペリーが日本に来るまでも、日本とポルトガル、スペイン、オランダ、そしてイギリスなどとはそれなりの外交実績があり、交易も行われていたが、それらの経緯やそれぞれの国の力関係に関する洞察もするどい。日本の歴史はもちろんのこと、徳川家と天皇家による権力の二重構造についてもきちんと把握できている。

何よりも驚くべきは、とうてい満足できるようなレベルではなかったと思われる訪問者側(諸外国)の日本語と、その相手となりながらも、片言程度の言葉しか話せなかっただろう日本側の通訳を介して、どうやってここまで複雑な日本事情を解明し得たか、という点だ。アジア諸国経由の情報もそれなりに役立ったものと思われるが、西欧人のコミュニケーション力と、貪欲なまでの探求欲には脱帽するしかない。

こうして当時の欧米諸国が把握していた「驚くほど客観的に整理された日本事情」と、日本が得ていた諸外国に関する「感情論的な面も含まれる情報」には質量共に雲泥の差があったとしか言いようがない。その後まもなく日本は開国を余儀なくされ、明治維新となった。日本は今日に至るまでどこかの国の植民地になってしまうことなく、よくぞ発展できたものだ。最近の報道記事に接していると、外交面における危機管理能力の脆弱さは日本人の民族性なのでは、とも思いたくなる今日この頃である。

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