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2010年07月21日

『ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール』吉原真里(アルテスパブリッシング)

ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール →bookwebで購入

「市民が育む芸術イヴェント」

毎年世界各地で若いピアニストの登竜門となる、大小さまざまなピアノコンクールが開催されている。しかし数の多さが災いし、たとえ上位入賞しても、それがプロのピアニストとしてのスタートに必要な「ピアニストとしての知名度」につながるケースは思ったより少ない。そのため「プロとしてのデビューに直結するコンクール」が求められるようになった。「プロとして通用する」ということは、本人の実力もさることながら、メディアを介して広く一般の人々に自分の名と評価を知ってもらう、ということでもある。「世界に向かってアピールさせる」のであれば、そのための仕掛けは緻密かつ大規模な、経費もかかる一大イベントとならざるを得ない。日本人が優秀な成績をおさめた場合にNHKの全国放送でも報道される海外の音楽コンクールと言えば、ワルシャワで開催されるショパンコンクールやモスクワを舞台に行われるチャイコフスキーコンクールあたりだろうか。

そんな状況の中、2009年5月から6月にかけてテキサス州のフォート・ワースで第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールが開催された。このコンクールは4年に1回のサイクルで開催されるが、「プロデビューが約束される」コンクールの中でもトップレベルのもののひとつで、要求される技量も生半可ではない。今まで日本で報道されてこなかったのは、日本人が上位入賞しなかったからに過ぎない。ここで今回、見事一位の栄冠を勝ち取ったのが弱冠20歳(当時)の辻井伸行だ。日本人が優勝したのも初めてだったし、視力にハンディキャップがあるにもかかわらずの快挙ということで(辻井は全盲である)、日本でも大きく報道された。余談になるが、このビッグニュースが報道されてから半年経過した今年2月に行われた全国の音楽大学の受験者数は、ほぼすべての大学で前年比減だったのに対して、唯一辻井の在籍している某大学だけは前年比増だったという。

「ピアノコンクールの現場とはどのようなものか、どんな判断基準で評価され、それらにはどのような意味があるのか」などといったことは、業界関係者をはじめ、将来は演奏家たらんとして日夜切磋琢磨しているアーティスト志望の若者以外にはわかりづらいだろう。日本には日本の風土に合った「お勉強の役に立つコンクール」とでも言うべきジャンルのイベントがある。夏休みを利用して行われるもの、また四季折々さまざまなタイミングで開催される単発のオーディションや「持ち曲1曲だけでも参加できるコンクール」など、その形態やレベルは千差万別だが、これらをトップレベルの国際コンクールと同列に論じることはできない。

すでに述べた通り、ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールはプロのソリストとしてデビューするためのコンクールだ。1位にならずとも、40名中6名のファイナリストとして選ばれただけでマネージャーとの契約が約束され、コンクール終了直後からピアニストとしての人生をスタートさせることになる。このコンクールのファイナリストたちが得る賞金も1〜3位は2万ドル、4〜6位は1万ドルと、これまたクラシック音楽のコンクールの中では群を抜いて高額だが、それよりもその後3年間に提供される数多くのコンサートの方に価値がある。しかし入賞者の新進ピアニストとしての賞味期限は、さし当たっては次回の優勝者が出るまでだ。その後も生き残れるかどうかは、本人の運と実力とに託されている。

コンクールの歴史、音楽ビジネスでは何が求められているのか、何がどのように運営されているのか、そして実際のコンクールにおけるさまざまなシーンに加え、出場者や審査員、またボランティアも含めた主催者側のスタッフたちへのインタビューその他さまざまな視点から構成された本書は、成功を夢みる若者たちが直面している現実を垣間見せてくれる。一握りのスターが誕生する裏に、どれほどのエネルギーが渦巻いているかをのぞくことは、音楽関係者に限らず、誰にとっても新鮮な体験となろう。特異な世界のことをきめ細かく、かつわかりやすく構築した吉原の生き生きとした執筆力は賞賛に値する。

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