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2010年02月25日

『挑戦するピアニスト──独学の流儀』金子一朗(春秋社)

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「どう練習したら上達するのか悩んでいるピアノ学習者のために」

著者の金子はピアニストとして活躍中だ。デビューは2005年、彼が40代になってからで、年齢的にはかなり遅かった。しかしデビュー後の演奏は多くの人を魅了し続け、ファンの数も半端ではない。中でもドビュッシーは金子のレパートリーの核となるもので、CDもリリースされている。

ところで金子の本職は、驚くなかれ、数学の教諭なのだ。中高一貫の某超有名普通校で教鞭を執っている。出身も早稲田大学理工学部数学科で、音楽大学ではない。海外留学経験もない。この経歴と、彼が数学の先生としての多忙な現職を放棄することなくコンサートピアニストという二足目の草鞋を履き、現に大活躍中であるという事実には、大きな戸惑いを覚えてしまう。

数学でメシを食っている金子が余暇の趣味としてピアノを楽しんでいる、というならば、どこにでもある話だ。世間では「アマチュアなのに、プロはだしの腕前なんだよ」というケースも珍しくないだろう。しかし「プロはだしの腕前」と「プロとして通用する腕前」の間にはとてつもなく大きな差がある。金子はそれをどのようにクリアしたのか──その秘密がこの本に書かれているのだ。「少年時代はピアノとどんなかかわりを持って育ち、それがいかなるきっかけでプロデビューに至ったか」という物語も、自身の言葉で綴られている。

小中学生を多く教えているピアノの先生方と話していると「算数ができない子はピアノもぱっとしない」あるいは「ピアノが上手な子は学校の成績も優秀であることが多い」としばしば耳にする。もちろん例外もたくさんあるだろうが「ある程度の分析力がないと、ピアノのように複雑な動作を要求され、音楽自体も入り組んだ構造になっているものを扱うのに苦労することがある」という論理には、それなりの説得力がある。音楽は決して直感だけに依存して作られるものではなく、その構造をきちんと理解し、把握することなくしては、説得力のある演奏はできない。

「右脳と左脳」という概念がしばしば話題にされる。人間の脳はその部位によってさまざまな役割をこなしていくが、右脳はどちらかというと直感と結びつく機能を分担し、左脳は分析をベースにした作業に長けている、というものだ。その観点からとらえれば、金子が日常行っている音楽へのアプローチや練習方法は、左脳を中心にしたシステムとして構築されているように見受けられる。まさに数学の専門家ならではだ。その方法論は、多くのピアノ学習者にさまざまな刺激とヒントを与えてくれるだろう。「何が問題かを的確に把握した上で、それを順序立てて解決すれば、制約された時間の中でもここまで効果的に練習できるんだ」という驚きも覚えるに違いない。さて、あなたの左脳の性能は?

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