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2007年09月16日

『地平線に』前田隆平(幻冬舎ルネッサンス)

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某内閣は「戦後レジームからの脱却」というスローガンを掲げ、「原爆投下はしょうがない」という某大臣の発言が徹底的に糾弾されるなど、いまだに第二次世界大戦の記憶が私たちの意識下にくすぶっているのは、紛れもない現実だ。

私自身は戦後生まれである。著者の前田も同世代だ。西岸良平『三丁目の夕日』にある情景の中で育ち、戦争の辛苦を実体験したわけではない。小学生の頃愛読していたマンガ週刊誌には戦争を舞台にした作品も多く、ちばてつやの『紫電改のタカ』(〈1〉〈2〉〈3〉〈4〉)などには胸を躍らせたものだ。また“プラモデル”の全盛期だったが、その多くは戦車や戦闘機などだった。戦争の悲惨さを心の底から感じていたか、と問われれば「否」と答えるしかない。

しかし一世代前、つまり私の親の世代となると、話は違う。徴兵の赤紙が届き、個人の都合はお構いなしに軍に配属され、人権などまったく認められない環境で兵卒として訓練された。戦争が常に身近にあり、戦争の語り部たり得る世代である。しかし多くの人々は、それを語りたがらない。

実は著者、前田と私は高校が同級である。クラスメートの中でも彼の優秀さはずば抜けており、東大法科を出たと思ったらすんなり国土交通省に入った。現在もその中枢で活躍しており、役所でまともに仕事をしているならば、本を書く暇などありそうには見えないエリートである。そんな前田が仕上げた600ページもの大著には、特別の思いと情熱がこめられているに違いない。尊父が自身の実体験を克明に書きつづった資料をもとに書いたという。「帝国陸軍とはどういうところだったのか」が生き生きと再現され、戦地という極限状態の中で人間の理性と感情がどう反応するかが小説風に肉づけされ、展開されていく。赤裸々に語られる階級社会における矛盾は、それがそのまま現代にも当てはまるし、昨今話題になっている「慰安所」の描写も鮮烈だ。

第二次世界大戦というと太平洋戦争、つまりアメリカとの対戦が語られることが多いが、本来この戦争の発端となった支那事変から始まって、中国大陸における戦線が時系列に沿って正確に語られていることも貴重である。登場人物は実名ではないし、小説としての脚色が施してあることはもちろんだが、戦闘そのものの経緯、成果や損害などは、すべて正確な史実だという。単なる戦争小説を越えた、歴史書としても価値ある本として、ここにご紹介したい。

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