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2006年12月27日

『渋谷』藤原新也(東京書籍)

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「死んでもええやん!」渋谷にたむろする少女たち

過日わが国におけるドイツ文学研究の大御所であられる某先生と、音楽の話を交えながら酒を酌み交わす機会に恵まれた。その席には他のお歴々もおられ、楽しい一時だった。私にとってラッキーだったのは、帰りの電車が某先生とたまたま同じであり、しばしこの大先生を独り占めできたことである。話は本のことに及び(某先生は読書に関する書籍も上梓しておられる)、私はおそるおそる質問した。

「書評のブログを担当しているのですが何か、これは、という本をご存じですか」

即座に答えが返ってくる。

「渋谷、という本がいいですよ」
「渋谷、ってあの若者達が集まるエリアのことですか?」
「そう。こういった感性にはなかなか巡り会うことがない。そしてその表現力がすばらしい」

某先生は電車を降りる時に「これです。お好きかどうかわからんが、読んでごらんなさい」と、わざわざ書名のメモまで下さった。ドイツ文学と渋谷とどんな関連があるのだろうか、といぶかりながらもここまで薦めてくださった本である、早速入手して読んでみた。

某先生はお年としては「名誉教授」だし、その膨大な業績や温厚な風貌からは思いもつかない内容の本だった。「ドイツ文学研究の第一人者」というとゲーテとかシラーといった作家に絡んだ「書斎に籠もる学者」という先入観がつきまとい勝ちだが、「トップレベルの研究者とはこんなに思考が柔軟で、何にでも興味を持てるのだ。だからトップレベルになるんだなあ」と、本の内容以上に妙なことに感激してしまったのである。

さて肝心の本の内容だが、私が解説するよりも、とりあえず読んでみることが最良の道だろう。おそらく誰もが一気に読み終えてしまうに違いない。

著者の藤原はカメラマンだ。子供から大人になりつつある若い少女たちを撮影する企画に先だって行われたオーディションを通じて、藤原は“今ふう”の少女と出会うことになる。そうした子たちの内面に隠された影の部分が、読んでいて痛いほどの表現で書きつづられていく。自分は常識人だと思いこんでいる大人からは「とうてい社会の役には立ちそうもないゴミのような若者」にしかみえない彼女たちの心に何が宿り、何をどう感じているのか──そうした世界をかいま見ることができる。いや、かいま見たような気がするだけで、本質は何もわからないままなのかも知れない。それでも良い。ぜひ御一読をお薦めしたい。

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2006年12月06日

『海峡を渡るバイオリン』陳昌鉉(鬼塚忠・岡山徹聞き書き)(河出書房新社)

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フジテレビ開局45周年記念企画として草彅剛の主演で2004年にテレビドラマ化されたので、それをご覧になった方も多いだろう。原著を構成した鬼塚と岡山の語り口は秀逸で、読み始めたらそのまま最後のページまで一気に読ませてしまう勢いがある。

物語は、貧しい環境で育った陳昌鉉が幼い頃に祖国韓国で体験したシーンから始まる。そして日本に行き、明治大学在学中にめぐり会ったストラディヴァリウスというヴァイオリン最高峰の楽器に関する講演をきっかけに、その後の人生をこの楽器製作のために捧げることになった経緯が語られるのだ。

「夢をかなえる」と口にするのは簡単だ。しかし日々の生活に押しつぶされることなく夢を持ち続けるのは、誰にでもできることではない。戦前戦後を通じて存在する韓国人と日本人との不公平な関係を考えれば、なおさらである。在日コリアン陳の人生は“波瀾万丈”の一語に尽き、これが映像化されたのも「さもありなん」とうなづける。しか本を読みながら覚える「はらはら、ドキドキ、すごいなあ」という興奮とは別に、ふと考えさせられたこともある。「充実した人生とは、どこにあるのだろう?」という漠然とした疑問だ。

「あなたが本当に好きなことは何ですか」と聞かれて即座に答えられる人は、果たしてどれだけいるだろうか。陳の場合はヴァイオリンの音であり、製作である。自分の手を動かして何か作り出すことが何よりも楽しいに違いない。「寝食を忘れて」という言葉があるが、本当に好きなことだからこそ、没頭できるのだろう。

私の場合は「文明の利器をコントロールして、五体だけでは不可能な体験を満喫すること」だろうか。車の運転も好きだし、スキューバダイビングも然り。ジョギングやウォーキングは不得手だが、マシントレーニングは嫌いではない。ただ泳ぐよりは、フィンスイミングの方が楽しい。本職であるピアノの演奏も「表現力の拡張」という意味で、同じ線上にあるものだ。

これから団塊世代が大挙して隠退生活に突入するという。これからの人生が充実するかどうかは「自分が心底からやりたかったこと」を、自覚しているかどうかにもかかっているはずだ(もっともそれが「飲む、打つ、買う」のいずれかだった場合はどうしたものか…。家族に迷惑をかけるのはルール違反である)。自分に「三度のメシより好きなこと」があるかどうか、考えてみたことはありますか?

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