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2006年05月25日

『バッハとの対話─バッハ研究の最前線』小林義武(小学館)

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前回にひきつづき、もう一冊バッハに関する書籍を紹介したい。生涯における逸話など「バッハの話題」が中心だった礒山の著書とは少し趣を変え、本書は多岐にわたるバッハ研究そのものを中心に紹介したものだ。「バッハに関する話題を考証する手続き」と言いかえると、わかりやすいかも知れない。

「研究」と一言で片付けてしまうのは簡単だが、その対象と内容、手順、そこから得られる知見にどのような意味があるのか、といった舞台裏をのぞけるばかりか、門外漢にもわかるように解説してもらえるチャンスは、そうないだろう。音楽に関する研究は地味なものが多いだけに、研究の成果よりも「どのようにするとそのような結果に至るのか」という裏話の方が興味深いかも知れない。犯罪に使われた凶器と犯人の特定に至るまでのさまざまな分析や、法医学の手順の話にわくわくするのと同じである。

著者の小林は四半世紀ものあいだ欧州に滞在し、そのうちかなりの期間をゲッティンゲン(ドイツ)にあるバッハ研究所の学術研究員として過ごした。“バッハ研究の世界最先端”とも言うべき環境で切磋琢磨された考察力と長年の経験をもとに、生き生きとしたシーンが次から次へと語られる。五線紙として使用される紙の研究、筆跡鑑定、楽譜や楽曲そのものへの考察など、いわば「音楽の考古学」といった世界が繰り広げられるのだ。

ここ数年、バッハの演奏に対するアプローチが大きく変わりつつある。従来のように「規則にがんじがらめにされた音楽」ではなく、もっと自由な発想を大切にするようになったのだ。バッハ当時の古楽器を使用した演奏も、そのひとつのあらわれだろう。当初はなかば実験として開始された演奏形態だったが、「未発達な楽器では不完全な表現しかできないだろう」との予想をくつがえし、今までとは違った美しさが新鮮な驚きと感動をもって受け入れられるようになった。歴史の流れの中で楽器が「発達」したのではなく「変化」してきた、とのとらえ方が一般的になりつつあるのだ。音楽も同じである。

こうした変化を陰から支える大きな力が、小林をはじめとする音楽学者たちの地道な研究の積み重ねなのである。

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