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2006年03月11日

『菩提樹はさざめく』三宅幸夫(春秋社)

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クラシック音楽には「歌曲」というジャンルがある。シューベルトの《冬の旅》という連作歌曲のタイトルは、ご存じの方も多いだろう。たとえ《冬の旅》は「?」でも、《菩提樹》となると「!」だろうか。《菩提樹》は、実は《冬の旅》に含まれる歌曲の一曲なのだ。

日本人はおしなべて外国語が不得意だ。何がダメかというと、ヒヤリング。外国旅行の道すがら、勇気を出して現地の人に質問するまでは良いが、返ってくる答えがチンプンカンプンでわからない、というこの悲哀…。

シューベルトの歌曲は格調高くドイツ語で歌われる。もともと外国語のヒアリングが得意でないところにドイツ語となると、ますますわけがわからない。いきおい曲名とメロディーの雰囲気でその内容を推測し、鑑賞することになる。

この方式で《菩提樹》を味わってみると、幸せそうな歌に聞こえる。菩提樹…憩い…緑…そよ風…幸せ…といった連想だ。ところが、真実はまったく別の所にある。雪の舞う真冬の深夜、黒いシルエットになった菩提樹が、葉の落ちた裸の枝をさざめかせて旅人に語る言葉とは何か?

ドイツ語の詩を解き明かし、さまざまな言葉に託された隠喩や背景、それらを通じて詩人が伝えんとしていることは何か、そしてそれを音楽で彩っていくシューベルトの手腕は…? それをこの本は語ってくれる。

この本を読むにあたって音楽とドイツ語に関するある程度の基礎知識があるに越したことはないが、必須ではない。詩人がいかに言葉を扱い、作曲家がそれをどのように感じ、音で表現していくのか、という驚異の創造行為とその緻密さをかいま見るだけでも、こうした歌曲を見る目(聞く耳?)が変わるだろう。昨今ちょっと波に乗ってマスコミにもてはやされるソングライターなどくそくらえだ。奥行きがまったく違う。藝術とはこういうものなのか、と実感できるだろう。

なお《冬の旅》に関しては、笠原潔が編纂した放送大学教材『西洋音楽の歴史』にある記述も示唆に富んでおり、興味深い名文である。あわせてお奨めしたい。

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