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2006年01月16日

『いい音ってなんだろう』村上輝久(ショパン)

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「ピアノ調律師」という職業をご存じだろうか。平たく言えば「ピアノの音を合わせてくれる専門家」なのだが、この技術者なしでは世のピアニストは生きていけない。

ピアノは、楽器としてはとても複雑で大がかりな構造にできている。ふつうのピアノの鍵盤数は88だが、ひとつの鍵盤(音)に対して複数の弦が張られており、その総数は約230本、そして心臓部である打弦アクションは4,700〜5,000個もの部品で構成されているのだ。これらがなめらかに動くようバランス良く調整し、演奏家が心を込めて弾けるように整えるのは、生半可な仕事ではない。本来は聴覚が頼りの職業だが、手先の器用さはもちろん、音響学をはじめとする物理一般に対する知識も欠かせない。

ピアニストと調律師の関係は、車のドライバーと整備士の関係に似ている。車は運転できても、整備や修理は別問題だ。F1レースに登場するようなトップレベルのドライバーには、やはりトップレベルの技術者が必要となるのである。

本書の著者村上は、F1ドライバー級のピアニストを常に満足させてきたスーパー調律師だ。しかし村上ほどの達人の域に達するまでには、人知れぬ試練と誠実な努力の積み重ねがあり、その軌跡はNHKの看板番組「プロジェクトX」でも紹介されたほどだ。日本製のピアノが世界を舞台に活躍しはじめた歴史と同時進行する逸話の数々には「負けないぞ」という、昭和の日本の意気込みが感じられ、懐かしさを感じてしまう。

話のおもしろさは言うまでもない。語り口のリズムもいい。さすが音楽にたずさわる人の文章だと感服する。そればかりか掲載されているたくさんの写真も貴重なものばかりだ。ふだんは目にできない著名な演奏家の飾らない普段着姿や、コンサート会場の舞台裏などが存分に楽しめる。緊張せずに読める一冊だ。

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