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2005年05月31日

『ウィーン音楽の四季』(音楽之友社)

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いろいろな資料をまとめただけのウィーン情報とはひと味違う、ウィーンに住んでいたことのある人の視点で書かれた、とてもおしゃれな内容の本である。私自身20年あまりウィーンに住んでいたからこそ自信を持って太鼓判を押せるのだが「あ、こんなところに気がつくなんて、この本の筆者はただ者ではない」と感服してしまう。

外国の街を旅行者として訪れ、ホテルに住みながらお客様として眺めるのと、実際にアパートを借りて生活してみるのとでは、その印象に雲泥の差がある。さらに補足しておけば、学生のように現地の住民と利害関係の生じない立場で生活するのと、ビジネスを通じて地元の人間と丁々発止のやりあいを演じながら生活しているのとでも、その印象は違う。人種、国籍や宗教に由来する差別なども、そこに生活してこそ感じるものだろう。

旅行者には「夢の街」のように見えたとしても、それだけではないのが現実である。負の面を持ち合わせない街など、どこにもない。著者の河野はそうした負の面を知っていたに違いないが、それに触れるのがこの本の目的ではない。隅々までほのぼのとした明るい、柔らかい光で満たされていて「ああ、やっぱりウィーンはいいなあ、また行ってみたいなあ、もっといろいろなことを体験してみたい」と思ってしまうのは私だけだろうか。

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2005年05月24日

『ウィーン・オーストリアを知るための50章』(明石書店)

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“音楽の都ウィーン”とは絶妙なネーミングである。私事で恐縮だが、長年住み慣れたウィーンから日本に本拠を移した際に、仕事整理用の法人を作って「アトリエ・ウィーン」と命名した。会社であるからには領収書を発行してもらうことが欠かせない。「お宛名は?」という問いに対し、「アトリエ」に関してはまず問題ないのだが、「ウィーン」に関しては「は?」と聞き返されることが少なくない。そんな時に「“音楽の都ウィーン”のウィーンです」と説明すると、誰もが即座にわかってくれる。

本書に含まれる音楽関連セクションの執筆を担当したから言うわけではないが、役に立つ本である。文化に関する“ウィーン本”は数多くとも、歴史はもとより政治、や経済のことまで網羅しながらコンパクトにまとまっている本はそう見かけない。

ところで『…を知るための○×章』はシリーズとして出版されているのだが、他に準じれば『オーストリアを知るための50章』でなくてはならない。それに反して一都市である“ウィーン”の名前を冠せざるを得なかったところにも、この地名のあなどれないパワーが感じられるのだ。

音楽や美術を初めとした文化面ばかりでなく、ウィーンとオーストリアの違った一面を知っていれば、その旅行が月並みなパック旅行とはひと味もふた味も違ったものになるに違いない。

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2005年05月19日

『モーツァルト』(新書館)

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久々にずっしりとした感触の本を手にした。

偉人や天才の伝記というと、おおよそ両親のルーツから始まり、その後時間軸を中心に話が展開されていく。この本も例外ではないのだが、それだけではない。“現代人の目から見たモーツァルト”という切り口が新鮮なのだ。たとえば「親離れ・子離れ」だ。

モーツァルトがどうしてコンスタンツェと結婚しなければならなかったのか、また父親はなぜそれにあれほど反対したのか。頑固な父レオポルトと、その心をときほぐそうと努力を惜しまない孝行息子ヴォルフガングの人間模様はこれまでも語られてきた。しかしこれを現代社会(特に日本)で問題になっている親離れ・子離れの視点から注目してみると、とてもわかりやすくて納得できるのだ。

稼ぎに稼いだにもかかわらず浪費がたたり、貧乏になって世を去った、といわれているモーツァルトの収入が現実にはどのぐらいあったのか、という詳細な研究も貴重だ。グルデン、ドゥカーテン、ギニー、クロイツァーといった当時の複雑な貨幣単位に関しては、ある程度訳注として説明されているものの今ひとつわかりにくいのが難点だが、これは他の本をひもといても同じである。

この本を楽しめたのは、石井宏による自然な訳に負うところが大きい。こうした学術書にあり勝ちな読みにくさをまったく感じさせず、読み物としても大いに満足できた。

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