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2010年01月31日

『JOHNNY TOO BAD 内田裕也』モブノリオ、内田裕也(文藝春秋)

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 『JOHNNY TOO BAD 内田裕也』は、モブノリオの書き下ろし小説「ゲットー・ミュージック」と内田が1986年に「平凡パンチ」で行った連載対談「内田裕也のロックン・トーク」を一冊に収めた特異な書物である。装丁は二冊が一枚の表紙でとめられた作りになっており、それをはがすとそれぞれの独自の本となっている。
 「ゲットー・ミュージック」は、『十階のモスキート』、『コミック雑誌なんかいらない』のシナリオ、ドゥボール、ブレヒト、ピーター・トッシュ、スウィフト、バンスキー、サイードの引用から始まり、老アントニオによって締めくくられる内田裕也の「評伝的(な要素を含んだ)小説」である。言い換えれば、小説による内田裕也論と呼ぶことができよう。そして、「ロックン・トーク」は、動労千葉の委員長・中野洋から始まり、新右翼の野村秋介、大日本愛国党の赤尾敏、岡本太郎、中上健次、武智鉄二、黒田征太郎、堤清二、戸塚宏、アン・ソンギ、スパイク・リーと左右両陣営、文化、経済人から海外の作家まで、あまりに多岐に渡り、全体像を掴むことさえ難しい。しかし、冒頭でこう宣言されている。

「硬派でいく。ウジャジャけた人間は登場しない。ロックン・トークは、アホもオチャラケも大好きな我がパンチのなかで、独立区として異彩を放つ。パワフルな男、ステキだぜ。過激、いいじゃねーか。内田裕也だッ。文句あっか! とりあえずロックだ。ロックのノリで各界で活躍している人々を、ロック・バカ、裕也が直撃する。ハート・ビート・バイブレーション(心うつ衝撃派)ーこいつを感じさせてくれる人なら、右・左・タテ・横・ナナメ・有名・無名、関係なしに登場してもらいたいと思っている。なんか世の中、ツマンネエと感じているキミ、ホントにそーかな。スリリングに生きることだって可能だってことを、この対談を通して知ってもらいたいネ。」

 そして、宣言通り「ロックンロールをやっている内田裕也です。」という自己紹介から始まり、内田のロックンロールという「倫理」によって、対談者の思想、表現、行動が評価され、話が進められていく。80年代半ばという高度消費社会の形成過程で、このような人選の対談シリーズが成立していたことに大きな驚きを覚えるが、しかしこの対談が標的にしていたのが、まさにそうした発展していく日本の資本主義であったのだ。よって、徹底して暴力が、革命が肯定され、内田、中上対談は、一国主義的な表現ではなく国際主義を称揚しながら、中上の以下の発言で締めくくっている。

「サミット警備で検問なんかしてたけどさ、爆弾持っているかどうかより、ここに俺がいること自体が非常に危ないとね。爆弾なんかよりも、もっと危険だと。で、事実、俺たちは爆弾よりもずっと危険なんだな。」

 80年代以上に、自主規制や自己検閲が進み、政治的、社会的発言が難しくなった現在、あまりに率直でラディカルな発言の数々から学ぶところは大きいだろう。最近、80年代の再評価が進められているが、映画、音楽はもちろん、本書のような活動を含めた内田裕也を検証することなしには、可能性としての80年代を見過ごすこととなるだろう。   

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『シナリオ別冊 作家を育てた日活ロマンポルノーシナリオ選集』(シナリオ作家協会)

シナリオ別冊 作家を育てた日活ロマンポルノーシナリオ選集

 『シナリオ別冊』の「作家を育てた日活ロマンポルノーシナリオ選集」は、日活ロマンポルノの優れたシナリオ10本が、脚本家、関係者の対談、解説などによって紹介されている。神代辰巳『一条さゆり 濡れた欲情』(71、監督・神代辰巳)、中野顕彰『牝猫たちの夜』(72、監督・田中登)いどあきお『㊙色情めす市場』(74、監督・田中登)、荒井晴彦『新宿乱れ街 いくまで待って』(77、監督・曽根中生)、桂千穂『ズームアップ 暴行現場』(79、監督・小原宏裕)などの代表的なシナリオが取り上げられている。
 日活ロマンポルノは、1960年代に入り、テレビメディアの普及などによって、日本映画の観客動員数が激減していくなかで、大映の倒産についで経営危機に陥った日活が、1971年に自らの生き残りを賭け、大きな路線転換を計った結果として誕生したジャンルであった。60年代前半にピンク映画が登場し、60年代半ばには大手では東映のエログロ路線なども始まるが、大手による本格的な成人映画の制作はこれが始めてとなった。それまでの日活映画を支えて来たスターや作家、職人たちの多くは去り、若い制作者、スタッフらがロマンポルノという新しい日活映画を担っていくこととなった。そうした逆境のなかで、数々の新しい才能が誕生し、日本映画史的な傑作が送り出されたのである。


 本書は、そうした日活ロマンポルノの軌跡に、シナリオ、脚本家の側から焦点をあてている。これまでも日活ロマンポルノをめぐる書籍は少なくないものの、作家主義による監督・作品分析、あるいは女優紹介が主であるため、このようにシナリオを中心にした構成は珍しいと言えよう。数年前からロマンポルノのDVD化が劇的に進んでいる現在においてはーただ傑作、秀作と言われながらソフト化されていないものも少ないがー、シナリオと映画化された内容との比較検証も容易となったため、また本書の対談やエッセイで強調されているシナリオを優先した制作経緯などからも明らかなように、今後の日活ロマンポルノ史においては、作家主義にとどまらない多様なアプローチが必要となってくるだろう。


 そして、混沌とした映画状況のなかで、奇跡的に生み出された日活ロマンポルノという映画群を検証することは、日活という日本で最初に設立された映画企業の栄華と衰退の歴史のみならず、日本映画史そのもののを考えることと同義であるに違いない。一方で、ポスト68年としての70年代という時代において、ロマンポルノ裁判という文字通り政治的事件=出来事のみならず、日活ロマンポルノというジャンルが果たした政治的、社会的、運動的役割についての分析も待たれるところである。


 また、巻末の日活以外の制作作品を含めた「日活ロマンポルノ全作品リスト」は、資料的に重要である。プリマ企画など他社の制作を含めた日活ロマンポルノの全体像は、更に次の段階の映画史的課題となるだろう。
 
 

『「芸術」の予言!! 60年代ラディカル・カルチュアの軌跡』(フィルムアート社)

「芸術」の予言!! 60年代ラディカル・カルチュアの軌跡 →bookwebで購入

 『「芸術」の予言!! 60年代ラディカル・カルチュアの軌跡』は、1968年10月から1972年12月に刊行された全13号の『季刊フィルム』と1973年7月から1974年6月に隔月刊となった全9号の『芸術倶楽部』に掲載されたテクストの選集の第一弾である。
 『季刊フィルム』は、1968年に映画、芸術の批評誌として創刊された。国内外の実験映画、アンダーグラウンド映画のみならず、音楽、演劇、美術、デザインといったあらゆる表現を積極的に紹介し、前衛芸術の拠点となっていた草月アートセンターから、雑誌刊行のために、フィルムアート社が立ち上げられた。ちなみに、草月アートセンターは、草月流の二代目で、同時に映画『砂の女』(64)などでも知られる勅使河原宏によって、草月会館が完成した直後の1958年に設立されている。
 『季刊フィルム』の編集は、同人による編集委員体制が取られ、勅使河原を中心に、映像作家の松本俊夫、飯村隆彦、表紙のデザインを手掛けた粟津潔、音楽家の武満徹、映画評論家の山田宏一、美術評論家の中原祐介ら、多様なジャンルで横断的に活躍する芸術家、批評家が参加した。『芸術倶楽部』に引き継がれる過程で、石崎浩一郎、今野勉、寺山修司が入れ替わりで参加している。一号は、『中国女』、『ウイークエンド』(67)の自主配給と合わせたジャン=リュック・ゴダール特集で、つづいてピエロ・パオロ・パゾリーニ、グラウベル・ローシャ、アンディ・ウォーホール、ジョナス・メカスなど、同時代のニューウェーブやアンダーグラウンドの世界的潮流を積極的に紹介するほか、溝口健二、ルイス・ブニュエル、ジガ・ヴェルトフの再評価、そして日本映画の未来、映画メディアの理論的、哲学的考察について論じられた。それらの内容は、現在においても刺激的であり、また映画の宣言特集や最終号での「現代映画状況辞典」などの映画史、映画学的アプローチも極めて先駆的である。おそらく、その後に刊行されている映画雑誌において、この水準に匹敵するものはほとんど存在しないだろう。
 『季刊フィルム』は、映画雑誌でありながら、映画という枠を越え、1960〜70年代前半という激動期において、一つの芸術的、理論的極を形成したのである。そうした横断的な実践と理論の可能性を再提起することが、この選集が編まれたことの意図であり、現在の批評や理論、実践の在り方に対する強い挑発となるに違いない。しかしその一方で、同時代において、優れた映画誌や思想誌が他にも数多く存在していることも事実であり、そうした相互の影響関係や論争のなかで、様々な理論や実践は生み出されて行ったのである。そうした意味では、こうしたテクストが、古本屋や図書館を探すのではなく、新しい選集として手軽に入手できるようになったことは非常に喜ばしい。また、草月アートセンターの軌跡については、『輝け60年代ー草月アートセンターの全記録』(「草月アートセンターの記録」刊行委員会)に詳しいので、そちらも参照したい。   

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2010年01月08日

『プレカリアートの詩---記号資本主義の精神病理学』フランコ・ベラルディ(ビフォ)、櫻田和也訳(河出書房新社)

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 ここ数年、ポスト・ネグリともいうべきイタリアの思想家たちの紹介が開始されている。パオロ・ヴィルノ、マウリツィオ・ラッツァラート、そして今回紹介するビフォは、ともにアウトノミア運動でネグリと戦列をともにし、いまもそれぞれのかたちで現場での実践と理論を切断させることなく活動してきた。しかし、その思考はまったくネグリ的とは言えないばかりか、ネグリに対して容赦のない批判が行われている。日本国内では、学術的にも運動的にもねじれた形で受容されているため、より状況は複雑なのだが、ネグリの「偉大さ」もかれらの営為との対照の中でこそ語られなければならないだろう。ビフォことフランコ・ベラルディはイタリアで活動後、フランスにわたりガタリとともに行動した。その軌跡はおりしも本書のすこし前に刊行されたフランソワ・ドスの『ドゥルーズとガタリ 交錯的評伝』からうかがうことができる。日本での最も初期のアウトノミア運動とその弾圧の紹介である粉川哲夫の「イタリアの熱い日々」(1979)にもその名前があるが、それから30年がたってようやく初の日本語の訳書が刊行されたという形になっている。訳者の櫻田は、社会学者であると共にメディア・アクティビストとして知られており、まさにビフォの導入にふさわしい。本書はビフォがアウトノミア運動を総括しつつ、そこから現代資本主義がもたらす病理をガタリ的に分裂分析したものと言えよう。論旨は多岐にわたるが、その要旨は次のようなものだ。アウトノミア運動は資本主義を先取りすることによってユートピア的な叛乱となったが、資本主義はユートピアを反転させたディストピアとして、その末期をあらわにしている。抑鬱はその結果であり、したがって鬱、ひきこもりなどで苦しむ人々はいわば「前衛」たちなのである。実際、存在論の究極がある無意味性だとして、それはまさにかれらによってこそ生きられているではないか。現在のすぐれたアートがすべてディストピアを表現するのはこれと同期しているのであり、コミュニズムもまたこの先にこそ展望されるだろう。
 したがってビフォの基調はいたるところにコミュニズムを見いだすネグリ(ハート)のような明るさとは無縁であるが、だからこそ私たちはこれを信頼し得ると言えよう。この信こそドゥルーズのいう断片でしかなくなった「世界への信」であるのだ。こうしてビフォの思考と実践は、現代と格闘するアーティスト、他方で鬱、ひきこもりたちにも開かれたものとなる。そして、なにより新たなアナキズムを模索するアクティビストたちに限りない示唆を与えることとなるだろう。

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