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2009年06月30日

テレビの青春 今野勉(NTT出版)

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 演出家、脚本家の今野勉が、1959年のラジオ東京(現TBS)入社から1970年にテレビマンユニオンを設立するまでに到った詳細が綴られている。TBS発行の『新・情報調査』に1999年から2007年まで、9年に渡って連載されたテクストがまとめられ、500頁を越す内容である。

 いまや人々の日常生活に欠かすことができないだろうテレビメディアが、一般に注目されたのは、1959年4月10日の皇太子(現天皇)の結婚式の生中継からである。そのブームによって、テレビは200万台を突破し、62年には1000万台を越え、普及率は50%近くになった。そうしたテレビの黎明期において、テレビのヌーヴェールヴァーグと呼称された今野を含む、演出部の若き6人(村木良彦、実相寺昭雄、並木章、高橋一郎、中村寿雄)の作家を中心に、当時のテレビ人が苦闘が様々な角度から細かに論じられている。また、大島渚、石堂淑朗、佐々木守ら創造社グループ、松本俊夫、寺山修司、唐十郎、谷川俊太郎、内田栄一らがテレビとどう関わって来たかなどを、テレビ史の側から体系的に論じられるのは秀逸である。今野個人の活動として、国映でのピンク映画『裸虫』の監督、発見の会への戯曲、演出参加などのエピソードや、また多くの作家たちがあまり語りたがらない大阪万博について、会社側とのやりとりや謝礼も含めての詳細な記述も貴重である。 
  
 今野らを語るとき、どうしても1968年のTBS闘争が注目されるのだが、本書は、むしろ68年に至るまでが中心となっている。テレビ論として、いまなお最も重要な一冊だと言える萩元晴彦、村木良彦、今野による『お前はただの現在にすぎないーテレビに何が可能か』(田畑書店、朝日出版社より再販)が、TBS闘争のドキュメントであることの影響が圧倒的に大きいのだが、彼らのテレビ表現論的には、TBS闘争は始まりではなく終わりであり、逆説的に新しい一つの始まりであったことを、再度、捉え返す必要があるだろう。もちろんTBS闘争については一章が割かれ、新しい事実も明らかにされているのだが、60年安保闘争を経験せざるを得なかった日本においては、歴史論的にも言えることだが、テレビにとっての「68年」は、60年に、60年代前半にあったと考えることができるのではないだろうか。彼らに先行する演出家たちへのインタビューも交え、あまり一般的に手にすることが難しいテレビ関係の資料にも言及している本書は、まさにこれからのテレビ研究の中核をなすだろう。

 そして、ひるがえって現在のテレビは、『テレビの青春』が投げかけた問いにどのように応えることができるのだろうか? 1970年代以降に肥大化し、徹底的に資本主義化したテレビにどのような可能性、潜在性を見ることができるのだろうか? しかし、それはテレビだけに止まらず、他のメディアや様々な表現に当てはまることでもあるだろう。
 
 
 

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