« 心理/認知/身体/臨床 | メイン | 情報/メディア/コミュニケーション »

2006年02月07日

『図書館力をつけよう』近江哲史(日外アソシエーツ)

20060207.jpg →bookwebで購入



   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 図書館が便利で使いやすくなると、著作権をもっている者にとって、敵になるのか味方になるのか。電車の中で本を読んでいる人を見て、こんな本まで図書館で借りて、「買えよ」と言いたくなることがある。この本を読んで図書館力をつけられると困る、でも最新の図書館事情も知りたい、そんなことを考えながら本書を開いた。

 著者、近江哲史は、略歴によると、「社史・自分史の制作・研究、市民としての図書館利用問題などに関心・関与」とあり、『図書館に行ってくるよ』(日外アソシエーツ、2003年)の著書もある。本書を読むと、「最寄りの図書館に出入りする「初級」から、いろいろな図書館を知り、日々読書にいそしむ「中級」、調べもののため図書館を使いこなす「上級」へ、図書館力をアップし」、やがて「市民の立場で運営に参加、仲間と共に改善提案・実践する「達人」の域に」達することのできる「実践的図書館使いこなし術」が学べるという。しかし、たんなるハウツーものではない。本書の特色は、「中級」にあるだろう。古今東西の図書館、公立図書館から特定の本を集めた私立図書館、内外の小説に登場する図書館まで紹介してある。

 なにか欠けていると思ったら、大学付属図書館がない。今日、国公私立を問わず、市民に開放している大学付属図書館は少なくない。たいていは、登録料(カード作成料)だけで利用できる。とすると、大学付属図書館も、本書でとりあげられた図書館と同じか。ここで考えなければならないのが、司書の問題だろう。本書でも、「一九九九年現在、全国で大学短大を併せて一九四校が司書養成の課程を持っている」「資格を取得した人の数は年間一万人以上に上るが、実際に図書館に就職した人の数は七四校で二一〇人である」「通常、国家資格にはつきものの試験がともなわない」などと、司書のことがほかの本から引用して書いてある。日本では、司書の資格は容易に取得できるが、職に就いている人は少ない。それにたいして、欧米では図書館学の学士号や修士号がないと、図書館員とはよばれないことが多い。たとえば、アメリカではほとんどの図書館員が、図書館情報学などの修士号をもっている。われわれ研究者の専門的な問いにたいしても、手紙やメールで答えてくれるので、ほんとうにありがたい。

 本書でとりあげられたいろいろな問題も、多くは図書館学の専門家がいると解決できるものであって、利用者の「実践的図書館使いこなし術」は必要ない。本書が存在すること自体が、日本の文化的貧困さを証明しているとも言える。本書の副題は、「憩いの場を拡げ、学びを深めるために」である。これが、著者の考える図書館の存在意義だろう。しかし、私立図書館はともかく、公立図書館はこれだけではすまないだろう。社会に基本的情報を提供するという公共性が、もっとも重視されるはずである。とは言っても、公立図書館でも県立図書館と市町村立図書館分室では、その目的も利用者のニーズも違うだろう。大学付属図書館は専門性が問われることになり、一般利用者もそれを心得て利用し、受験生が自習室として使うことは遠慮すべきだ。そのようなそれぞれの公共性、専門性にかかわることができる図書館員を配置しておくことが、まず必要であって、そういう図書館員が本を選択・収集、配架して、はじめて利用者の要求・要望に応える体制を整えることができる。

 そうすると、本書の「初級」「中級」「上級」「達人」は、もっと違ったことになる。たとえば大学付属図書館では、人文科学系の「初級」は差詰めレファレンス・コーナーの存在と自分の専攻分野の図書の配架場所を把握し、利用することだろう。全学共通科目の学習ために利用できるようになることも、忘れてはいけない。「中級」は、自分の大学付属図書館を使いこなし、専門科目のレポートが作成できることだ。「上級」になると、自分の大学付属図書館の長所短所を理解し、他大学の図書館や国会図書館、さらには国内の専門文書館が使えるようになることだろう。この「上級」資格がとれれば、立派な卒業論文が書けるはずである。

 最初に戻って、図書館力は著作権をもつ者にとっての敵か味方かであるが、味方になると考えたい。図書館力を身につけて、読書力と調査力がつけば、さらにそれらの力を高めようとして、本を買うようになるはずである。本がいつも身近にあり、書き込みをしたりすると、理解力がまるで違うことがわかる。そして、本を買うことによって、本にたいする目利きができるようになる。下手な本を買い、読むことは、お金と時間の無駄だからである。その「達人」の領域に達するには、失敗して本を買うという「授業料」も必要となる。

 ところで、専門性が強くなり特定の本となると、それほど多くの読者はいない。大学付属図書館の所蔵図書で、見覚えのある字で書き込みがあったりすると、それまで尊敬していた先生や先輩に大いに失望することになる。図書館の本に書き込みをすることは、マナー以上にその人の人間性を問われることになる。「使いこなし術」以前の問題である。

→bookwebで購入

2005年09月27日

『いま、この研究がおもしろい』岩波書店編集部編(岩波ジュニア新書)

いま、この研究がおもしろい →bookwebで購入



   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 テレビや新聞の「子どもニュース」を見たり読んだりすると、ハッとさせられることがある。ものの基本がわかっていなかったからである。基本がわかり最先端がわからなければ、「子どもニュース」の解説はできないだろう。このジュニア新書についても同じことがいえる。それだけ学ぶことも多いだろうと考え、本書を開いた。

 本書でとりあげられた14人の専門家は、それぞれ自分のしていることを「おもしろい」と感じているから、本書の執筆を引き受けたのだろう。その「おもしろい」はなにに支えられているからなのだろうか。まず共通していることは、自分がいちばんになろうとしていることだろう。そして、それが自己満足に終わらず、社会的な評価を得ている。つまり、だれかの役に立っていると実感している。ということは、本書に登場した人びとは、いまの社会になにが必要かがわかっている、ということができるだろう。最先端の科学を研究している人も、平和な社会を構築しようとしている人も、地域密着の活動をしている人も、人びとの生活を豊かで楽しいものにしようとしている人も、それぞれが最善の成果があがり、人びとが喜んでくれることを考えて、日々研究に励んでいる。

 本書全体から感じたことは、まさにいまわれわれが近代から離陸しようとしているということだ。その離陸に必要な知恵・知識を求めて、「おもしろい」研究をしているのが、本書の14人ということができるだろう。さらに、この14人に共通するものはなにかを考えた。まず、根気のある人たちだということだ。近代では、ものごとを単純、合理的に考えようとした。しかし、いまや単純に理解しないでじっくり考え、行動することが必要になってきている。つまり、直感で要領がいいだけでは、通用しなくなっているということだ。つぎに、基礎力・技術力があることだ。その近代科学の基礎力・技術力をもとに、自分の専門からはみ出して、発展・応用することによって、新しいなにかを求めている。ものごとが複雑になればなるほど、基本に忠実にひとつひとつ解決し、積み上げていくことによって、新しいものがみえてくる。また、通説や常識をわきまえながら、それらにこだわらない柔軟性をもっていることも、共通するものだろう。よく世界的な大発明が偶然のものだったといわれるが、通説や常識を信じ切っている人にそのチャンスは訪れない。発想の転換ができるだけの柔軟性は、いろいろなことに興味をもつ「雑学」から生まれてくるのかもしれない。

 そして、大切なことは、「知らない」ということを知ったことが、「おもしろい」研究のスタートになっていることだ。そこから探求心が生まれ、その成果が社会貢献につながると、もう研究は止まらなくなる。しかし、「知らない」ということを知ることは容易なことではない。日々なんとなく過ごしていては、気づかないからだ。研究蓄積のある分野は、これまでの成果を学べ、その限界を知るのに重要だが、そこで留まっていては新しい研究への突破口は開けない。研究蓄積のない、あるいは乏しい分野への挑戦が必要だ。グローバル化と多元文化社会の到来とともに、地域的にも分野的にも広い視野が必要になっている。「知らない」ことを知るためには、まず継続して本を読み、日々のニュースに耳を傾けることがひとつの方法だろう。生身の人や社会に関心をもち、そのなかに入って実際に活動することも、そのきっかけになるだろう。なににでも好奇心をもち、大人が嫌になるほどひつこく訊きまくった子ども時代に戻ることも必要だろう。「知らない」という発見は、「子どもニュース」にあるかもしれない。

→bookwebで購入

2005年04月26日

『教養のためのブックガイド』(東京大学出版会)
『大学新入生に薦める101冊の本』(岩波書店)
『歴史研究と地域研究のはざまで−フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局)

教養のためのブックガイド 大学新入生に薦める101冊の本 歴史研究と地域研究のはざまで
→「教養のためのブックガイド」bookwebで購入
→「大学新入生に薦める101冊の本」bookwebで購入
→「歴史研究と地域研究のはざまで」bookwebで購入



   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 新学期ということもあり、大学新入生のための読書案内が2冊出版された。ともに「教養」を意識しての企画である。

 東京大学教養学部は、1994年に出版した『知の技法』以来、教材開発事業をすすめており、だんだん洗練してきた感がある。図書紹介も、本が主人公ではなく、執筆者の個性が前面に出ていて、こんな先生のこんな話の授業を聞きたいという気にさせる。「読んではいけない本15冊」があったり、「教養がなくってごめんなさい」というコラムがあったりで、目次を見ているだけで楽しい気分になる。専門を度外視して、本全体を読んでみたくなる。読んでみて、いろいろな発見もあった。
 物理学は「時間と空間の本質」を追求しており、次元が違うとはいえ歴史学と同じだと驚いた。ビジュアル情報は想像力と思考力を貧困にさせるという記述は、「視聴覚教材の使用は、学生をバカにしているだけだ」と言って、文字を読ませる授業をしているわたしを喜ばせた。ひょっとすると、この本は執筆者たちの「同僚の再発見」という副産物を生んだかもしれない。

 それにたいして、広島大学総合科学部の読書案内は正攻法だ。両開き2頁で1冊の本を紹介している。学部として「一〇一冊の本プロジェクト」を立ち上げて議論を重ね、「時代を超える基本教養」「人間の記録」「越境する知」「現代の重要問題」というわかりやすい4つの章にわけて、バランスよく紹介している。難易度にあわせて、★マーク数1〜3をつけているのも親切だ。
 感心したのは、「著者とその時代背景」欄があることだ。東京大学の本で紹介されている「読んではいけない本」のなかにも、いま読んではいけない本であって、出版された当時は「読んでいい本」だったものもある。本には「旬」があり、最近出たものでなければ、どういう時代背景でその本が書かれたのかを知る必要がある。その助けになる欄があることで、古色蒼然とした本がいまに通用するものとして蘇ることもある。
 そして、最終章の「本の買い方選び方」も魅力的だ。これで本をとりまく世界の広がりが一気にわかり、「本の目利き」ができるようになって、世の中がわかったような気分になること請け合いだ。そうなると、いまの世の中も、だんだんおもしろくなってくる。

 問題は、このような読書案内を手にとって、実際に本を読むことになる新入生がどれだけいて、在学中にどれだけの「教養」が身につくかだ。まずもって、インターネット世代の新入生は、本を丸ごと1冊読まない。インターネットで検索して自分のほしい情報だけを得るように、興味ある部分だけを拾い読みするという読み方をする。ましてや、お金を出して本を買うということはしない。本を丸ごと1冊読むことの効用、本を買ってマークを付けたり線を引いたりメモしたりすることによる読解力の違いなど、本を読むことの基本的意味づけも、案内には必要だったかもしれない。それでも、読書習慣のない学生は、本を読まない。
 授業科目もかつての必修科目が減り、「自己責任」で選択して自分にあった能力をつける、いまの大学カリキュラムでは、学生が共通に読む本はあまりない。とすると、もう強制的に読ませ、買わせるしかないか。授業科目ごとに最低1冊の本の書評を要求することも、ひとつの方法だろう。
 わたしが実践しているのは、試験のとき「本2冊まで持ち込み可」で、本さえ読めば単位がもらえるというのも、学生にとってはありがたいことのようだ。まずは、本を丸ごと1冊読む体験をしてもらうことから、始めなければならないようだ。

 3冊目は、挨拶がわりに自分の新刊書を紹介します。これは、はじめて論文(卒論・修論)を書く学生・大学院生のためのマニュアル本です。わたしの専門のフィリピン史を具体例としていますが、ほかの分野・地域で論文を書こうとする人も、すこし設定を変えるだけで充分に役立つはずです。
 論文指導をしていて気づいたことは、学生は言われたときには納得してわかったつもりでも、実際に自分で書こうとしたときにそれをなかなか活かせないことです。また、学生によって、論文作成の進捗状況が違い、個々の学生にあった指導するのは難しいということです。教師が、思いつきで話をするのも、学生を混乱させる元になっています。そういったときに、いつでも読むことができるマニュアル本があると学生も教師も便利、ということで書いてみました。
 ところが、この本の最大の欠点は、第1章「はじめて論文を書くためのスケジュール」の最後に書かれています。「このガイドに書かれたアドバイスの意味がよくわかるようになるのは、論文を完成させて提出した後でしょう」と。この本の刊行で、もっともウケがよかったのは、すでに論文を書いたことがあり、博士論文に取り組んでいる人たちでした。

 従来の日本の大学では研究が中心で、教材の開発にはあまり熱心ではありませんでした。いま時代の転換点にあって、研究者自身も研究の基礎や学説史の確認、学際・学融合的研究のためのほかの分野の基本知識の必要性を感じるようになってきています。このような読書案内や論文作成マニュアル本の開発は、学生のためだけでなく、新しい科学への基礎力となっていくことでしょう。

→bookwebで購入