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2008年02月12日

『フリーペーパーの衝撃』稲垣太郎(集英社新書)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 2007年11月29日、マニラでクーデターが起こった。そのとき、わたしは人口5万ほどのミンダナオ島北部のタングブ市にいた。クーデターのことを知ったのは、同じ会議に出席していたフィリピン人研究者の携帯電話に入った家族からのメールだった。翌朝、クーデターのことが知りたくて、新聞を探した。見つからなかった。近くには人口11万のオサミス市しかなく、ジェット機が着陸できないために一時閉鎖され、再開してまもないオサミス空港には、週4便昼ごろマニラから到着する便しかない。フィリピンの地方では、人口数千に1局あるといわれるくらい、以前から異常にラジオ局が多い。そのうえ、テレビやインターネットの普及で、新聞の存在価値はなくなってきている。いっぽう、欧米の大都市に行ったときは、地下鉄の駅に行けば、簡単にフリーペーパーが手に入り便利だった。日本では、新聞の宅配が普及していて、まだそれほど変化を感じないが、若い世代だけの世帯では確実に固定電話と新聞がなくなってきている。近代を代表するメディアである新聞は、都市でも地方でも消えようとしている。

 本書の「はじめに」で問いかけている「フリーペーパーは、有料を前提にした出版業界の経営のあり方に大きな影響を及ぼす悪魔なのか。それとも、大量の情報を流すデジタルメディアに対抗する紙媒体の救世主なのか。その答えは、本書を読み終わってから見つけていただきたい」という答えは、「悪魔」しかないように思える。しかし、こう書くということは、「救世主」になるヒントが本書にあるのだろう、と期待しつつ読みはじめた。本書は、朝日新聞の研究部門で働く著者、稲垣太郎が、2年間調査した結果である。

 フリーペーパーは、タダである。しかし、タダだからといって、それだけでフリーペーパーがターゲットとしている若者は受け取ろうとしないし、読みもしない。受け取って、読んでもらうために、各種アンケートを実施し、その結果を基にターゲットを絞り、より効果的な広告を提供することで、発行を可能にしている。そのアンケート結果が、現代の世相を反映していておもしろい。

 新聞を購読しない若者の間に浸透しつつある生活スタイルは、「娯楽情報は無料で、一般ニュースはテレビとインターネットから、地域と生活の情報は、フリーニュースペーパーから得る」というもので、「朝はぎりぎりまで寝ていて朝食も取らずに家を飛び出し、コンビニや立ち食いの店で朝食を取り、満員電車に揺られて出社すると、すぐに仕事。帰りはコンビニで夕食を買い、帰宅するとテレビとパソコンの電源をオンにし、テレビをつけたままパソコンで一時間か二時間遊んで、風呂に入って寝る」というものだった。新聞社で働く著者は、「団塊ジュニア世代の場合、一日のどこにも新聞をじっくり読む時間帯はなかった」と危機感を抱く。

 そして、調査にもとづき、情報への接触態度によって彼らを五つ(「①新聞を毎日読み、情報を咀嚼する力がある人たち(全体の二〇%)、②好奇心旺盛だが、学生気分が抜けず、新聞情報は必要ないと感じている人たち(同一〇%)、③新聞やテレビ、ネットで大量の情報に接するが咀嚼力がなく消化不良である人たち(同五〇%)、④新聞では情報が遅いと感じ、ネットで自分が欲しい情報をいち早く入手したいと考える人たち(同一五%)、⑤結婚して仕事と家のことしか関心が向かず、情報に興味を失った人たち(同五%)」)に分類し、「新聞を読まなくてはいけないと思っていても実際は読んでおらず、一方で不安を感じている」50%にも達する③の層に注目している。

 わたしも、この③の層に、「はじめに」の問いかけの解答をみた。学生の多くが、安直にネットで検索してレポートなどの執筆に利用しているが、実は不安をもっていることを知っているからだ。図書館に行って、百科事典で調べるほうがいいことは知っていても、面倒だし、たいして変わらないと思っている。しかし、それでも不安なのだが、結果的にそれでレポートの評価が大きく下がることはないので、そのままにしているのが実情だろう。書いたことに責任がないからだ。

 そこで、本書「第六章 だれでも出せる「紙のブログ」」が注目される。無責任なネット上のブログにたいして、「紙のブログ」であるフリーペーパーは責任をともなう。ネットで調べるだけでなく、百科事典や専門書で確認することの重要性を身をもって体験することになるだろう。学生に不安の意味を知ってもらうためには、フリーペーパーを発行してもらうこともひとつの手段だ。そして、その体験は社会に出て、③に分類されず①になる可能性を高くする。フリーペーパーが、「悪魔」になるのも「救世主」になるのも、社会に出る前の教育しだいだということができるかもしれない。

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2006年07月04日

『八月十五日の神話-終戦記念日のメディア学』佐藤卓己(ちくま新書)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 今日、日本人の多くが、「終戦記念日はいつか?」と問われれば、「8月15日」と答える。著者も、「あとがき」で「八月一五日に戦争が終わったわけではないと気づいたのは、それほど前のことではない」と正直に告白している。では、ほんとうの「終戦記念日」はいつで、いつから8月15日が「終戦記念日」になったのだろうか。著者は、この問いに答えるために、「「玉音写真」、新聞の終戦報道、お盆のラジオ放送、歴史教科書の終戦記述などを取り上げ、「終戦」の記憶がいかにして創られていったかを」、メディアの検証を通じて明らかにしている。

 本書によると、終戦の「世界標準」は、「ポツダム宣言を受諾した八月一四日か、降伏文書に調印した九月二日」である」。しかし、ソ連や中国は9月3日、台湾は10月25日、タイは8月16日だという。日本国内でも、北方領土が完全に占領されたのは9月5日で、沖縄の日本守備軍の組織的戦闘が終わったのは6月23日である。大本営は8月15日の玉音放送の後に「積極的進攻作戦の禁止」、翌16日に「自衛戦闘を除く即時停戦」を発令している。そして、「全面的な停戦を実施する予告が、海軍で同一七日、陸軍で同一八日に発せられた。実際に内地部隊の全面的な戦闘停止(同一九日発令)は同二二日に実施された。北海道と外地部隊の全面的な戦闘停止(同二二日発令)は同二五日に実施された」。また、サンフランシスコ講和条約が発効した1952年4月28日が「終戦」の日だという考えもある。

 8月15日が終戦の日になっていくのに大きな役割を果たしたのが、メディアであることを、著者は実証的に明らかにしていく。まず、「玉音写真」が人びとの記憶を印象づけ、新聞の特集報道、ラジオのお盆番組、さらにテレビで甲子園球児の黙祷シーンが放映され、8月15日は日本人にとって決定的な「終戦の日」になっていった。そして、1963年の「全国戦没者追悼式実施要項」で法的に終戦記念日が8月15日に定められ、82年には正式名称「戦没者を追悼し平和を祈念する日」が閣議決定された。

 「本書は、「終戦」をめぐる歴史的記憶のメディア研究である」。著者が「8月15日の終戦記念日」に疑問をもったことからはじまった数々の疑問は解明され、メディア研究としての本書の目的は達成されたことだろう。だが、まだ課題は残されている。とくに、歴史学として。

 まず、歴史学を研究している者にとって、近代文献史学では外交文書の調印・批准・発効が重要な意味をもつため、8月14日付の「終戦の詔書」、9月2日の降伏文書の調印、1952年4月28日の講和条約の発効が制度史としての節目になる。8月15日が重要な日となるのは皇国史観として、あるいは本書で明らかになったようにお盆と結びついた日本社会史としてである。また、外国史研究としては、現地日本軍が降伏し、武装解除した日などが終戦の日である。フィリピンでは9月3日、英領マラヤでは9月12日となる。このようにいくつもの「終戦の日」が出現するのは、学問としての歴史学でその基準をはっきりさせてこなかったことによる。教科書記述のばらつきも、この歴史学にたいする日本人研究者の曖昧さが原因と考えられる。

 つぎに、「玉音写真」がやらせであったり、時間的なずれがあったりした問題が本書で明らかにされたが、当時の報道のあり方について考える必要があるだろう。現在、ドキュメンタリー番組が、効果音などさまざまな技術で脚色されているように、読者にわかりやすく、印象深くするために工夫したことが、いまでは「やらせ」と言われたり、「正確ではない」言われて非難されているのかもしれない。その意味で、本書が歴史的に「メディアの検証を通じて、戦後日本を問い直」したことは、的を射ている。歴史事実ではない「玉音写真」が、「事実」として人びとに受け入れられ、伝えられていくことは、現在わたしたちが歴史事実と信じているものが、「事実」ではない可能性があることを示唆している。もはや検証すべき手段をもたない「歴史事実」を、わたしたちはどう考えていったらいいのだろうか。このことは、近代実証主義的文献史学の再考のきっかけになっても、歴史学そのものの重要性の否定には繋がらない。むしろ、歴史学の考察の範囲が広がり、歴史学の重要性が増すということができる。問題は、「世界標準」が近代文献史学に基づいているのにたいして、「日本標準」が学問としての歴史学としては明確さを欠いていることである。そして、歴史教育には、別次元の問題がある。「終戦の日」をめぐる混乱は、どうやら日本における歴史学、歴史教育の問題のようだ。

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