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2011年10月04日

『聖なる学問、俗なる人生-中世のイスラーム学者』谷口淳一(山川出版社)

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 朝、アザーン(礼拝への呼びかけ)で目が覚める。なんだか心地よいひびきで、睡眠を妨げられたことも忘れてしまう。クルアーン(コーラン)の朗誦のコンテストもさかんだ。クルアーンはアラビア語で、ムハンマドが属していたクライシュ族の方言で統一されている。翻訳することが許されていないので、アラビア語がわからないイスラーム教徒の多くは、意味もわからずに朗誦することになる。そのことに疑問をもつ人が本書を読めば、クルアーンの朗誦には唱えている内容だけではないことがわかる。

 イスラームの活力を支えている「イスラーム学者について、少し考えてみようというのが本書の目的である」。ウラマーと総称されるイスラーム学者は、「たんなる知識人ではなく、「イスラーム諸学を修めた知識人、学者」を意味する」が、研究に勤しむだけでなく、「多くは、国政から庶民の生活にいたるまでさまざまな局面で、イスラームの教えにそって社会を導く役割もはたしている。例えば、イランの最高指導者は高位の学者から選ばれる。その一方で、日常的な問題に対する解決策を示し、庶民から頼りにされているイスラーム学者も各地に大勢いる」。

 そして、現代ではなく、中世の学者をあつかう意味を、著者谷口淳一はつぎのように説明している。「中世のムスリム社会を理解するためには、中世の学者たちがはたした役割を知っておく必要があるのはもちろんだが、現代について考えるさいにも、中世の学者について知っておいて損はない。例えば、社会における学者の役割や行動については、現代と中世のあいだに共通する点をいくつもみつけることができる」。

 本書は、4章からなり、前半の2章で「学問が「聖なる学問」すなわちイスラームという宗教に深くかかわる学問であったことがそれぞれの論点と深く絡み合っていることも示していく」のにたいして、後半の2章では「学者たちの「俗なる人生」をあつかう」。3章までは、「中世東アラブのイスラーム学者という比較的大きなくくりで論じることによって、この時代と地域に共通する特徴をとらえようとし」、「最後の第4章では、シリアの一都市に焦点をあて、特定の地域におけるイスラーム学者たちの役割と行動を時間軸にそってみていく」。

 その共通点の例として、著者は16世紀の中東のアラビア語の読み書きといった初等教育に携わった教師をあげている。かれらを悩ましたのは、「怠惰な生徒、学力不足の生徒、同級生に暴力をふるったりその持ち物を奪ったりする問題児の存在」だった。  冒頭のクルアーンの朗誦についての話に戻ろう。「クルアーンは朗誦されるべきものなので、一字一句にいたるまで、正しい読み・発音を決めることも重要であった」。正典テキストができても、文字で記録しておけば充分ということではなかった。「クルアーンのテキストを正しく伝えるということは、テキストの正しい読誦の方法を伝えるということ」だった。したがって、「写本が各地に送られたさいには、定められた読誦法を教える人物が一緒に派遣された」。その理由は、「耳で聞いたものは心にしっかり残るうえに、声に出すことによってより注意深く読むようになるからである」。あくまでも「学問上の知識の伝達は口承が基本で、書写テキストは口承を補助する道具にすぎないということになる」。そして、口承するという行為自体が、信仰に直結した。

 キリスト教においても、賛美歌に魅せられて改宗した者がいる。信仰内容だけでなく、その伝えられ方に本質をみる人たちがいる。書写テキストに重きをおく人たちが失ったものを、イスラームはクルアーンの朗唱を通じて守り継いでいるということができる。

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2010年12月28日

『ミャンマーの女性修行者ティーラシン-出家と在家のはざまを生きる人々』飯國有佳子(風響社)

ミャンマーの女性修行者ティーラシン-出家と在家のはざまを生きる人々 →bookwebで購入

 21世紀になって、ティーラシンはミャンマー(ビルマ)全土でそれまでの2万人台から急激に増加し、数年間で倍になった。尼僧院も、約3000ヵ所存在する。ティーラシンとは、ビルマ語で「戒(ティーラ)の保持者(シン)」を意味するように、「髪を下ろし在家の生活を捨て尼僧院や僧院で起居しながら、持戒し宗教的生活を営む女性を指す」。しかし、ティーラシンは、ブッダが認めた正式な出家者である比丘尼ではなく、在家のカテゴリーに含まれる。剃髪しているが、具足戒を受けた正式な出家者にしか許されない緋色の衣にたいして、薄桃色を基調とする衣を纏っている。現在のミャンマーでは、比丘尼は認められていない。

 「上座仏教において明確に区別される出家と在家のはざまで、彼女たちはどのように生き、出家生活をとおして何を目指すのか。本書はミャンマーのティーラシンに焦点をあてながらその宗教的実践や生活を示すとともに、彼女たちが宗教者として目指すものを追うことで、上座仏教社会にみられる多様な宗教的実践の一端を解明することを目的とする」。

 本書は、4節からなり、その内容はつぎのように「はじめに」の終わりにまとめられている。「第一節ではまずティーラシンとはどのような人々なのかを明らかにし、続く第二節で出家動機の変遷を軸にティーラシンの歴史について述べる。それにより、女性の出家の持つ意味が時代によって変化していることを示した上で、第三節では宗教者としての自らの価値を高めるためティーラシンがどのような努力をしているのかを、教学尼僧院における生活から明らかにする。最後に、近年国際社会で顕著な比丘尼サンガ復興運動がミャンマーの宗教界に与える影響を第四節で扱い、まとめを提示する」。サンガとは、ブッダを師と仰ぐ出家者集団のことである。

 本書の出発点としての素朴な疑問のひとつである「彼女たちはなぜ出家するのか」にたいして、著者は「問題設定そのものに誤りがあった」として、「彼女たちは比丘尼という正式な出家者として認められないにもかかわらず出家するのではなく、ティーラシンという出家と在家そして男性と女性のはざまのポジションを、誇りを持って敢えて選択していたからである」と、「にもかかわらず出家するのではなく」と「敢えて選択」に強調の傍点を打って答えている。そして、最後に、「仮にミャンマーのサンガが比丘尼サンガ復興を支持する立場を表明し、社会もそれを受け入れたとき、果たして最も保守的な彼女たちはどのような選択をするのだろうか。今後もその動向を注視する必要があるだろう」と結んでいる。

 ミャンマーという国は、1988年以来軍事政権下にあって、その実態がなかなか見えてこない。そのようななかで、「ビルマらしさ」を求めて調査・研究する人びとがいる。本書も、その成果のひとつで、ミャンマーの人びとの日常生活と切っても切り離せない上座仏教とのかかわりが描かれている。とくに本書でとりあげられたティーラシンは、聖俗の境界に生きることから、世俗社会との関係にも敏感である。著者、飯國有佳子が注視するのも、個人主義的な価値観や男女平等といったものを超えた「ビルマらしさ」が見えることを期待しているからだろう。

 世界から孤立しているかのように見えるミャンマーでも、確実に新たな動きがある。本書第四節でとりあげられた比丘尼サンガ復興運動も、国内だけでなく海外からの影響がある。これからミャンマーの人びとが選択すること、とくに「最も保守的な」ティーラシンが選択することは、ミャンマーだけの問題ではなく、わたしたちの将来と密接に結びついているのかもしれない。その意味で、2007年9月に起こった軍事政権にたいする仏教徒の抵抗で、薄桃色の衣を纏ったティーラシンの行進する姿を、どう理解したらいいのかも書いてほしかった。

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2010年09月07日

『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒』菅瀬晶子(山川出版社)

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 人口の99%以上がイスラーム教徒である中東において、キリスト教徒などとるに足らない存在にすぎなく、研究する価値などないように思うかもしれない。本来、まったく無視してもいい人はひとりもいないのだが、マイノリティのなかには、社会への影響という点において、マジョリティの人びとと大差なくあまり存在感のない人びともいれば、数において少数であっても大きな存在感のある人びともいる。中東のキリスト教徒は、後者である。

 著者、菅瀬晶子は、中東のキリスト教について、つぎのように紹介している。「ユダヤ教の一分派として誕生したキリスト教が、独自の聖典であるギリシャ語の七〇人訳聖書を掲げてユダヤ教から正式に分離したのが、イエスの死後およそ七〇年をへた紀元一世紀末のことである。その後教会は幾多の分裂を繰り返し、現在にいたっているが、とりわけ中東には初期の頃に分派し、ヨーロッパで発達したローマ・カトリック教会やプロテスタント教会諸派とはまったく異なる道を歩んだ教派が、数多く残っている」。

 本書は、3章からなる。著者は、「まず第1章では、じつは数多い中東のキリスト教の諸教派について、その歴史と特徴を簡単に紹介してゆく。続く第2章では、キリスト教徒が具体的にはどのような人びとなのかを、衣食住など可視的なものからアイデンティティをめぐる精神的なものまで、さまざまな実例をあげて説明する。彼らの隣人であるムスリムとの対比と、彼らのアイデンティティのあり方がおもなテーマとなる」。「第3章では、キリスト教徒たちが中東の近代化から今日にいたるまではたしてきた役割と、今後の展望について述べる」。

 アラブ人と言えば、アラブ語を話すイスラーム教徒だという印象が強いが、第3章のタイトル「アラブ・ナショナリズムとキリスト教」が示すとおり、近代ナショナリズムの形成にキリスト教徒が重要な役割を果たした。「アラブ・ナショナリズムは十九世紀中葉、オスマン帝国治下の東地中海地域で産声をあげ、二十世紀中葉に大きな飛躍をとげるが、じつはその初期段階でリーダーシップをとった者の多くがキリスト教徒であった」。キリスト教徒の知識人や政治家のなかには、ヨーロッパ式の近代的な教育を受けた者もおり、アラビア語復興運動などナショナリズムの担い手となった。

 サッダーム・フセインに率いられたイラク・バアス党は、イラク戦争後事実上解党されたが、「復興」を意味するバアスを最初に掲げて党を結成したシリアでは、現在も健在であり、そのシリア・バアス党の生みの親とされるミシェール・アフラクも、キリスト教徒であった。アフラクをはじめ、キリスト教徒のアラブ・ナショナリストは、「他者を拒絶する父系親族集団への執着心や、マイノリティとしてのキリスト教徒アイデンティティの負の側面、すなわち自宗教、教派至上主義とからみ合うことによって、ムスリムやユダヤ教徒、さらには他教派のキリスト教徒に対する拒絶」するという根深い問題を乗り越えて、パン=アラブ主義を主張した。

 また、プロテスタント諸派の付設学校を卒業した富裕層の子弟のなかから、多数の著名人が排出した。なかでも、『オリエンタリズム』『文化と帝国主義』などの著者として知られ、ポストコロニアリズム理論の第一人者となったエドワード・サイードが有名である。

 これだけ中東で存在感のあった人びとを生み出したキリスト教会も、衰退に向かっているとささやかれるようになった。それにたいして、著者はつぎのように単純に同意しない。「教会の礎が末端の一般信徒たちである以上、少なくとも中東のキリスト教会は続いてゆくであろう。なにしろ中東のキリスト教徒は、とにかく粘り強い。ビザンツ帝国による弾圧やイスラームの伝播によるマイノリティへの転落など、度重なる苦難にも耐えて生き残りつづけてきたのである。それどころか、中東史の重大な局面において、キリスト教徒たちはつねに時代を牽引してきた。そのような偉大な先人たちが、中東全体のよりよい未来をめざして活動しながら、一方でキリスト教徒としてのアイデンティティを強く意識し、そこに誇りを見出していたことは、すでに[本書で]述べてきたとおりである」。

 こうみてくると、「アラブ」が宗教より上位にあるかぎり、中東のキリスト教徒は存在感を示しながら存続することが予想できる。それも、キリスト教徒とイスラーム教徒とが互いにわかりあえる「近親関係」にあるからだろう。

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2010年06月01日

『聖なる家族-ムハンマド一族』森本一夫(山川出版社)

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 本書の目標とからめて著者、森本一夫は、つぎのように読者に問いかけている。「信徒の平等を標榜する宗教であると聞くイスラームに、どうやら特別な宗教的意味をもつ一族が存在するらしいことに興味を惹かれはしないだろうか。もし答えが「イエス」であるならば、ぜひこの本を読み進めてみてほしい。というのも、この一族のなんたるかを解き明かすことこそが、この小さな本の目標だからである」。

 本書は、まえがきにあたる「聖なる家族を知る意味」と4章、そして、あとがきにあたる「ムハンマド一族研究の将来に向けて」からなる。4章の概略は、まえがきにあたる部分の最後にある。「まず、歴史や地域を縦横に横切りながら、この「聖なる家族」に属したさまざまな人びとを紹介する(第1章)。ここに登場する多様な人びとの姿をつうじて、「聖なる家族」がどこにでもいるというその意味をつかんでいただければと思う。ついで、「聖なる家族」成立の歴史を振り返る(第2章)。ムハンマド一族というような考え方はどこから出てきたのか。ムハンマド一族とされる人びとの範囲はどのようにして決まったのか。ムハンマド一族はいつ頃から各地にみられるムスリムに身近な存在となったのか。こういった問題を考えてみよう」。

 「続けてあつかうのは、「聖なる家族」にたいする特別扱いのあり方である(第3章)。「聖なる家族」も、なにもしなければ皆から敬われるとは限らない。彼らの特殊性を訴える言説が再生産されつづけ、それを固定化する制度が作動しつづけることが、彼らの地位の維持に重要な意味をもってきた。そうした言説と制度にはどのようなものがあったのかをみてみたい。そして最後には、この「聖なる家族」が現在ではどこにでもみられる存在となった理由を解き明かす(第4章)。なかでも注目するのは、「血統」の社会性をあますところなく示す現象、すなわち、本来はムハンマド一族でもなんでもない人びとが、いつのまにかそうなっていった仕組みである」。

 海域東南アジアには、イスラーム諸国中最多のイスラーム人口2億以上を抱えるインドネシアがあるが、口述を含め多くの系図が残されている。流動性の激しい海域社会にあって、自分が何者であるかを示すことのできる系図は、死活問題になることさえある。系図を語れないことは、奴隷出身であることを示すことになるからである。その系図のなかには、イスラーム教徒であれば、ムハンマドに通ずるものがある。アレクサンダー大王やチンギス・ハンに通ずるものもあれば、バスコ・ダ・ガマなどポルトガル人やスペイン人、中国人や日本人漂着民に遡ることができるものもある。インドを通じてイスラーム化した東南アジアの人びとは、インド人の系図にムハンマド、アレクサンダー大王、チンギス・ハンが登場することから、それを引き継いだともいわれる。では、ヨーロッパ人や中国人、日本人は、どう解釈したらいいのだろうか。人口密度の低かった海域東南アジアでは、対人関係を重視して、よそ者を新しい知識や技術をもたらす有益な人びととみなし、自分たちの社会に招き入れた。その証しとして、系図に組み込まれた。血統とは違う論理が、そこにはある。

 本書で語られている「血統と世論」も、人びとが認めればいいということになる。事実よりも、どういう社会をつくるかが重要となる。しかし、受け取り手が多数になる年金と免税の特権がムハンマド一族にあることは、国家としては財政的に重い負担となる。それだから、著者は、「少しずつムハンマド一族たちにたいする理解、それをつうじたムスリム諸社会やイスラームにたいする理解、ひいては人間にたいする理解を深めていきたい」という。

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2009年08月18日

『ヒューマニティーズ 哲学』中島隆博(岩波書店)

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 帯に、「哲学が問うてきた本質的な問題とは何か。呼びかけへの応答から、概念の創造へ。救済のための、平和のための、未来の哲学へ。他者との共生にむけた哲学の実践。」とある。

 著者、中島隆博は中国哲学が専門である。そして、「東西の哲学伝統における「共生哲学」構築の試み」などのテーマのもとに、世界を飛びまわり、議論しながら、本書を書いた。「共生哲学」は簡単にみえながら、そう簡単ではないことを思い知らされながら、「哲学とは何か」という常軌を逸した問いにも答えようとした。

 著者は、まず「一、哲学はどのように生まれたのか」で、「(一)哲学の始まり」と「(二)中国哲学の始まり」にわけて、ギリシャ哲学と中国哲学の誕生から、今日に及ぶ影響を考える。つぎに、「二、哲学と翻訳そして救済-哲学を学ぶ意味とは何か」では翻訳を通して哲学とは何かを問い、「三、哲学と政治-哲学は社会の役に立つのか」では「西洋によるロゴスの支配」と近代東アジアとがどう結びついていったのかを、西田幾多郎や台湾で活躍した新儒家とよばれる哲学者を通して考える。そして、「四、哲学の未来-哲学は今後何を問うべきなのか」では、つぎの見出しを列挙すれば、著者が語ろうとしたことが想像できるだろう。「奪われた声/被植民者の沈黙に言葉を返す/「新しい戦争」の時代なのか/正義の戦争の原光景/放にして祀らず/歓待と暴力/入植する者と国家を逃れる者/終末論とメシア的平和/近さと国家/他者と遭遇する戦争」。

 著者が、本書で語ろうとしたことは、「はじめに」の最後のパラグラフにつきる。「では、「哲学とは何か」と問うことはどうなのだろうか。やはり、それもまた、終焉に位置し、時代錯誤的であることが不可欠なのだと思う。調和・和解・完結に向けて哲学を整序することではなく、猛り狂って限界をはみ出す哲学の力を解放すること。しかし、それによって、何が実現するというのだろうか。本論で考えたいのはこのことである。それは、現在の哲学というよりも、未来の哲学、哲学の未来に関わることだ。わたしはそれを最終的には、救済もしくは平和だと考えたい。どちらも容易に口にすることのできない言葉であることを承知の上で、あえて猛り狂ったスタイルでそう述べてみたいのである」。

 そして、「四」の最後を、つぎのように締めくくっている。「来るべき哲学は、自らの暴力性に震撼しながらも、行為遂行的に、このことを他者とともに考え、他者とともに発明していく。そのとき、戦争で遭遇した他者の声を聞かずにすませてきた耳の体制は一新され、わたしたちは他者の声を聞くのである。他者との共生は、哲学の目標であると同時に、哲学のあり方、哲学の実践そのものである」。

 正直言って、具体的に議論されていることは、よくわからなかった。しかし、どういう姿勢で、哲学に取り組む必要が、今日そして未来にあるのかは、すこしわかったような気がした。

 哲学を学ぶことは、どうもだれにでもできることではなさそうだ。だから、純粋に哲学をテーマとした博物館はなかった。本書にも登場した西田幾多郎の故郷にある石川県西田幾多郎記念哲学館が、世界で初めてだという。この哲学館では3つの展示室「哲学へのいざない」「西田幾多郎の世界」「西田幾多郎の書」で、それぞれ工夫を凝らして解説しているが、それでもけっしてわかりやすいわけではない。さらに、わかりにくくしているのは、この博物館を設計した安藤忠雄の「工夫」である。建物のテーマは「考えること」で、丘の上に立つ建物の配置から建物内部の迷路や意味不明の空間まで、「おや?」と思ってくれればいいのだろうか。

 この哲学館は、それほど行きやすいところにあるわけではない。JR金沢駅から七尾線に乗って25分ほどで、宇野気駅に到着する。駅前には、西田幾多郎の像があり、歩いて20分ほどの哲学館の途中には、移築した西田幾多郎の書斎「骨清窟」(寸心園)があり、すぐそばのかほく市立宇ノ気小学校の校庭には頌徳記念碑がある。校舎の壁には意味不明のものが書かれてあるが、「無」である。「西田先生を讃えるうた」まである。ここには、西田が教鞭をとった京都大学近くの「思索の小径」とは違う、もうひとつの「哲学の道」がある。

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2007年11月20日

『思考のフロンティア 公共性』齋藤純一(岩波書店)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 著者、齋藤純一は、「公共性」という言葉の意味合いをつぎの3つに大別している:1)「国家に関係する公的な(official)ものという意味」、2)「特定の誰かにではなく、すべての人びとに関係する共通のもの(common)という意味」、3)「誰に対しても開かれている(open)という意味」。そして、この3つは、「互いに抗争する関係にもある」という。

 わたしが、本書から学ぼうとしたのは、この「抗争」にある。近代では、1)の国民国家という閉鎖的な「公共性」が幅をきかせ、しばしば権力をともなって人びとを苦しめたことがあった。それが、グローバル化とともにNGOやNPOの活動が国境を越えて活発になり、3)の「公共性」を優先して、1)と対立するようになった。著者のいう1)2)3)の「公共性」の意味を充分に理解しなければ、この「抗争」「対立」がわれわれの生活に深刻な影響をもたらしかねない状況になっている。

 著者は、「公共性とは、閉鎖性と同質性を求めない共同性、排除と同化に抗する連帯である」とし、「現在、提起されている「公共性」の理念は、異質な声に鎖され、他者を排除してはいないだろうか」と問いかけている。そして、「互いの生を保障しあい、行為や発話を触発しあう民主的な公共性の理念を探る」ために、「第Ⅰ部「公共性-その理念/現実」では、公共性をめぐる近年の言説を概観しながら、公共性の条件とは何かを明らかに」し、「第Ⅱ部「公共性の再定義」では、カント、ハーバーマス、アーレントの公共性論の核心と思われるものを浮かび上がらせ、さらに、社会国家や親密圏が公共性とどのような関係があるのかを生/生命の保障という視点も組み入れながら検討して」いる。

 本書では、タイトルの「公共性」とともに「公共的空間」(public space)という言葉が頻繁に使われている。いま「公共性」が問題となっているのは、その「空間」が見えないからだろう。国民国家のように鎖された空間は容易に「想像」できるが、開かれた空間は「想像」を超えたところにまで広がっている。あるいは、「想像」したほど広がっていないこともあれば、ある特定の場所や時間に突如出現することもある。NGOやNPOの活動の影響は、活動している当人でさえわからなくなっている場合さえある。著者もそのことを充分に認識しているからこそ、「あとがき」の謝辞の前で、「公共性という問いに相応しく、理論と現実が接合する場面にもっとしっかりと足をつけて考えていきたいと思う。理論の空間と行為の空間との間を往復するようなスタイルを身につけることはかなわないとしても……」と述べている。

 「政治理論・思想史」を専門とする著者は、現代の「公共性」をめぐる問題を考える基本的知識を与えてくれた。さらに「踏み込んで論じる」ためには、「孤独という問題、社会的連帯という(眼に見えない)資源の問題、感情の政治という問題など」、「行為の空間」からの具体的な事例が必要となる。著者のいう「公共性-複数性というパースペクティヴ」の理解が、「抗争」「対立」を回避する大きな要素となるだろう。

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2007年10月23日

『人種概念の普遍性を問う-西洋的パラダイムを超えて』竹沢泰子編(人文書院)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 以前にも書いたことがあるが、基本的に論文集は、単著であっても編著であっても、この書評ブログでとりあげないことにしている。全体に一貫性がなく、ひとつの書物として、読んで学んだことがまとめにくいからである。しかし、本書は違った。著者の問題提起に、各執筆者が応え、まとまりのあるものになっており、読んで学ぶことが多かった。

 本書は、京都大学人文科学研究所の共同研究会「『人種』の概念と実在性をめぐる学際的基礎研究」を基本に、ふたつの国際シンポジウムの成果をまとめたものである。この「基礎研究」と銘打ったところに、本書の成功の鍵があるようだ。本書の執筆者の多くは、すでに個々の研究において、まとまった成果を単行本として発表している。基本が充分にできている人たちが、「人種」というキーワードのもとに集まり、「基礎研究」をしたのである。しかも、代表者である編著者の竹沢泰子は、メンバーを引っ張っていくだけの基礎概念を打ち出している。それは、100頁を超える総論「人種概念の包括的理解に向けて」で、手際よくまとめられている。

 本書は、「I.総論」と4部(「「白色人種」「黒色人種」「黄色人種」」「近代日本における人種と人種主義」「植民地主義とその残影」「ヒトの多様性と同一性」)からなり、それぞれ冒頭で各部の構成を述べ、3本の個別論文の後に、各部を総括するコメント(補論)が付されている。それぞれの執筆者は、編者の提起する3つの位相(小文字のrace、大文字のRace、抵抗の人種)を意識しつつ、「新たな共通語としての人種概念をめぐり、その歴史的検証と包括的理解に向けて」協働した成果を、専門性をいかしてまとめている。

 20世紀初頭にはじまった遺伝学は、「集団内の多様性が集団間の多様性よりはるかに大きいことを示す研究成果」をつぎつぎに発表し、「人種概念に生物学的根拠が存在しない」ことを明らかにした。にもかかわらず、人種問題が現実に存在することから、編著者は「普遍説」と「近代西洋起源説」の2大学説を紹介して、その陥穽を指摘している。人種問題は、生物学的ではなく、ほかの科学によって、なにが問題かを問わなければならないものになった。

 本書では、近代の人種概念では、想像できない事実を、個々の論文で紹介している。例えば、17世紀のアメリカ大陸では、「白人、黒人、インディアン、ムラート(白人と黒人の混血児」、その他の「混血の」人々からなる貧民層のなかでは、おそらくさらに徹底した平等が存在し」、「裁判記録に見られる膨大な事例にも、皮膚の色や出自が問題とされたり障害となった形跡はまったくない」と指摘している。いっぽう、内戦で多くの死者を出したルワンダ共和国のツチ人とフツ人は、肌の色では区別できないが、支配階層のツチ人は白人系で、被支配階層のフツ人は黒人系だということで、優劣に基づく泥沼の「民族紛争」が続いている。人種差別は、新たに創り出され、再生産を繰り返している。したがって、過去の問題も、今日的問題としてよみがえるのである。

 日本でも、1906年に発表された島崎藤村の小説『破戒』のなかで、「穢多には一種特別な臭気がある」と言い、別の作品では、「「新平民」には「high class」と「low class」の二種類があり、前者は容貌・性癖・言葉づかいなどなんら変わるところがないのに対して、後者は顔つきが異なり、「著しいのは皮膚の色の違つていることだ。他の種族とは結婚しない、中には極端な同族結婚をするところからして、一種の皮膚病でも蔓延して居るのではなかろうかと思われる」と記している」。

 「人種概念に生物学的根拠が存在しない」ということが明らかになった現在、人種問題はより深刻な社会問題になったということができる。アメリカ合衆国の人種問題は、日本の部落差別問題と同列に議論できるようになったのである。しかし、日本の人種差別問題にかんする意識は、世界的にみても低いと言わざるをえない。編著者は、そのことを「総論」のなかで、つぎのように指摘している。「日本が、一九六五年に国連で採択された人種差別撤廃条約を批准したのは一九九五年のことであり、これはじつに国連加盟国中一四六番目という遅さであった。しかも、条約締結国には法律による人種差別の禁止が義務づけられているにもかかわらず、日本は法的規制をもたず、法改正も行っていない。二〇〇一年三月には、人種差別撤廃委員会から「人種差別を禁止するための特別な法律を制定することが必要である」と、日本政府が勧告を受ける事態にまで立ちいたっている。なぜこれほどまで長く批准しなかったのか、なぜ今日においても人種差別を禁止する法律が存在せず、現職知事や政府高官による露骨な人種差別発言が容認されるのか-こうした状況の根底には、人種概念の理解をめぐる根本的な問題が横たわっているように思える」。

 なんとも、お寒いかぎりである。人種概念の理解の問題だけではなく、日本の知性が内外で 問われていると言ってもいいだろう。

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2006年06月06日

『思考のフロンティア 暴力』上野成利(岩波書店)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 「思考のフロンティア」シリーズの本を、この書評ブログでとりあげるのも、何冊目になっただろうか。このようなシリーズでは、最初に「刊行にあたって」というようなシリーズの主旨が、それぞれの巻の冒頭にあることが多いのだが、本シリーズにはそれがない。それだけ、各巻の執筆者は自由に書けるわけだ。

 本書の著者、上野成利は、「あとがき」で本書の体裁が「「思考のフロンティア」というシリーズの趣旨にふさわしいかどうかわからない」と吐露している。その理由は、「ここには最新モードの思想などほとんど登場しない」からである。だが、「「フロンティア」とは本来、開拓地と未開拓地との境界領域を意味しているのだとすれば、何がどこまで開拓されているかを見極めることは不可欠の作業であろう。本書が一歩下がった「後衛」の位置に橋頭堡を築こうと考えたのも、故なきことではかならずしもない。もとより少なくとも現在の政治哲学の分野では、上記の思想家たち[H. アーレント、C. シュミット、W. ベンヤミン、M. ホルクハイマー、Th. W. アドルノら20世紀前半のドイツ語圏の思想家]のテクストを読みなおす作業はそれこそ最新モードの一つでもある」と、断言する。

 その裏付けは、「本書の内容の大部分は、ここ数年私が勤務校で行なってきた講義とほぼ同じものである」というあたりにありそうだ。著者は、「最新モード」が基本から出発することをよくわきまえているからこそ、教育においてあえて学生にウケがいい話題性を振りまくようなことをしていない。「学生の授業評価」などを気にした「人気教授」の「おもしろいが、頭になにも残らない」ような授業はしていないようだ。まずは、拍手を送りたい。

 さて、本書の内容であるが、それほどやさしいものではない。「難しいけれども面白い」「この先をもっと知りたい」という学生の声は、著者の授業を実際に受けなければわからないのかもしれない。本書で著者が問いただしたかったことは、「はじめに-ヤヌスとしての暴力-」の最後の方で、つぎのように述べられている。「21世紀になっても暴力の世紀は依然として続いている。それどころか暴力の応酬は限りなく昂進し、いっそう拡大しているような観さえある。しかも、近代の政治の文法に取って代わるような新たな文法は、いまなお見出されてはいない。こうしたなかで私たちに求められている作業とは、ゲヴァルトを自明の前提としてよりよき政治のありかたを探るだけでなく、ヴァイオレンスの次元へと問いを差し戻し、政治的なものの概念を根本から問いなおすことだろう」。

 この問いに接近するために、本書の構成は、つぎのようになっている。「第Ⅰ部「暴力の政治学」では、まずゲヴァルトとしての暴力に焦点を当て、国民国家や戦争という近代の政治現象のなかでいかなる暴力が作働してきたのか、そしてそれが20世紀になってどのように変容していったのかについて、おおまかな見取り図を提示したい。そのうえで第Ⅱ部「暴力の弁証法」では、ヴァイオレンスとしての暴力にあらためて目を向け、統御不可能な法外な暴力がいかにして権力装置の内部に回収されてしまうのかを問い、それを可能にする条件を暴力そのもののうちに探ってゆく。そして最後にこうした一連の考察をふまえて、暴力批判の論理をどのように構想すべきなのかについて、多少なりとも思考を巡らせたいと思う」。

 暴力の質も変化してきている。ブログのトラックバックに、醜い猥褻画像などを送りつけるという攻撃もある。迷惑メールの削除で1日を費やすこともある。相手が見えない陰湿な暴力だ。相手が見えないだけに、インターネットでは無責任な発言、読む人を傷つけ不愉快にさせるものが、否応なしで飛び込んでくる。「いじめ」と同じで、加害者が意識していない暴力もある。「統御不可能な暴力が席捲する世界」に、われわれはいま「どのように向きあってゆけばよい」のか、それを考える1書である。

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2006年05月16日

『思考のフロンティア 自由』齋藤純一(岩波書店)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 「自由」ということばは、心地よい。それだから「自由」に反対することは、悪いことをしているような錯覚を覚える。しかし、ちょっと考えてみれば、自分の自由のために他人の自由を奪うこともあれば、他人の自由のために自分の自由が脅かされることもある。「自由」とは、やっかいなものだ。だからこそ、本書のように、まともに考えなければならない。

 著者齋藤純一は、「「自由である」とはどういうことかを、それを個人的な問題として位置づけようとする思想や行動に抗して、私たちの<間>にある公共の問題としてとらえ直」そうとしている。そして、多義的な概念である自由を、著者はつぎのように定義する。「自由とは、人びとが、自己/他者/社会の資源を用いて、達成・享受するに値すると自ら判断する事柄を達成・享受することができる、ということを意味する(ただし、他者の同様の自由と両立するかぎりでその自由は擁護される)」と。

 本書は2部と「基本文献案内」からなり、「第Ⅰ部「自由概念の再検討」では、まず、近代の思想家が、「自由への脅威」をどのようにとらえてきたかを概観したうえで、現代において何を自由にとっての脅威と見なすべきかについて検討する」。「「自由の擁護」を主題とする第Ⅱ部では、自由を二つの次元-共約的次元および非共約的次元-に分節化し、それぞれの次元において自由はどのように擁護されるべきかを考察する。さらに、自己統治、安全といったトピックと関係づけながら、現代社会において自由を擁護することの意味を検討する。最後に、自由と公共性の関係を取り上げ、他者の自由を擁護する理由とは何なのか、そして、それを擁護する私たちの責任が何かをあらためて考えることにしたい」と、著者はまとめている。同シリーズの『公共性』の著者だけに、「自由」を「公共性」との関係で考えることによって、擁護しようとしている。

 「他者がその言葉や行為において現われる自由が奪われてはならない理由は、そうした政治的自由が剥奪されるならば、一つの「世界」が私たちの<間>から失われることになるからである。……他者の自由を擁護すべき最も重要な理由は、誰もがそれぞれ「他にない」自由を生き、生きようとするからであり……他者の自由は、私自身の利害関心を超えて、人びとが共有し、関心を寄せる「世界の自由」という観点から擁護される」と、著者が述べるのも、つぎのような背景が今日あるからだろう。「テロリズムへの恐怖が日々の生活に貼りつくようになったアメリカ合衆国では、治安権力に情報の収集、家宅捜査、外国人の処遇などに関して通常の法の支配を大きく逸脱するような権限を与えているし(2002年に制定されたいわゆる「米国愛国者法U. S. Patriot Act」……)、日本においても2004年に施行された「国民保護法」には、「武力攻撃事態」と定義される事態においては「国民の自由と権利に制限が加えられる」ことがありうる旨が記されている」。また、2006年4月には、組織的な犯罪にたいする「共謀罪」を新設する法案が審議入りした。

 アメリカ合衆国との関係でいえば、「自由貿易協定」に反対する中南米諸国の動きが活発になっている。かつて従属理論や世界システム論で語られた、近代の南北アメリカ関係ではなくなってきている。中央集権的な近代システムの考え方が、通用しなくなってきているからだろう。基軸通貨であるアメリカ・ドルを発行することによって、巨額の財政赤字を補うことのできるアメリカの経済力は確かに低下してきている。日本では、「ドル安円高」という表現がよく使われるが、このところドルはフィリピンのような経済力の弱い通貨にたいしてもドル安であり、円もドルにつられて安くなっている。円はフィリピン・ペソにたいして、この1年間で1割ほど安くなった。ほかのアジア通貨もユーロも、ドル・円にたいして高くなっている。アメリカと一緒に「自由」を唱えていると、知らないあいだに孤立しているかもしれない。ドルが基軸通貨でなくなったとき、「自由貿易協定」はアメリカにとっての「自由」ではなくなる。

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2006年01月31日

『臨床の知とは何か』中村雄二郎(岩波新書)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 「臨床」ということばを、『広辞苑』(第五版、1998年)で引くと「病床に臨むこと」とあり、「【臨床医学】基礎医学に対して、病人を実地に診察・治療する医学」と続いている。12月27日アップのこの書評ブログで述べたとおり、近年この「臨床」ということばが、「情報」「環境」「地域」などのキーワードとともに、近代科学の上に付くようになった。医学に端を発した「臨床」ということばが、なぜ医学以外にも使われるようになったのか、その源を知りたくて本書を開いた。

 著者、中村雄二郎が「臨床の知」ということを言い出したのは、1983年のことだという。著者を「その提唱へと」「促したのは、近代の学問や科学があまりに<機械論>モデルに囚われているのを痛感するようになったことであり、また、近代の学問や科学そのものが脱皮しようとして、在来捨象されてきた場や相互作用などを取り込もうとする動きが見られるようになった」からである。そして、「人類の運命を大きく変えた人間の所産はほかに例がない」ほど影響力のあった近代科学が、「あまりにつよい説得力をもち、この二、三百年来文句なしに人間の役に立ってきたために、私たち人間は逆に、ほとんどそれを通さずに<現実>を見ることができなくな」り、「文明の危機、地球の危機」をもたらしているという。

 「臨床の知の考え方が批判の対象とするのは、なんといっても近代的な<科学の知>」であり、著者は「科学の知が、達成されるに応じてどのような点で不都合になったか、を明らかに」していく。科学の知は「(1)普遍主義、(2)論理主義、(3)客観主義」の三つの構成原理からなっており、それらに対応して「臨床の知」は著者が「(1)コスモロジー、(2)シンボリズム、(3)パフォーマンス」とよぶ構成原理からなっている。そして、「科学の知は、抽象的な普遍性によって、分析的に因果律に従う現実にかかわり、それを操作的に対象化するが、それに対して、臨床の知は、個々の場合や場所を重視して深層の現実にかかわり、世界や他者がわれわれに示す隠された意味を相互行為のうちに読み取り、捉える働きをする、と」まとめている。

 最後に著者は、脳死や臓器移植などの医学的臨床の問題をとりあげ、具体的に「臨床の知」の有効性を語り、「あとがき」で本書は「医学的な臨床に限らず、もっと広い範囲で現代の新しい知のあり方を探り、新しい知のモデルの構想をめざしたものである」と結んでいる。

 同じく医学関係者である養老孟司も『毒にも薬にもなる話』(中公文庫、2000年)で、臨床諸学について語っている。初出は1991~93年だから、本書の初版と同じ時期だ。養老は、「「臨床学」は、私の造語である。「人間の考えることは、いずれにせよ脳の機能である」。そういう観点から諸学を見れば、学問はどう見えるのか。この作業を一般化して、臨床学と呼ぼう」と書き出して、「臨床時間学、臨床歴史学、臨床経済学、臨床哲学、臨床生物学的歴史学、臨床中国学、臨床歴史学的実在学、臨床政治学」について論じている。

 どうもこのふたりが考えている「臨床」の意味は、違うようだ。今日、人文・社会科学で考えられている「臨床」は、本書の著者の考えに近い。著者は、「序文」で「文化人類学と比較行動学という二つの領域と関係づけて、<フィールドワークの知>と名づけてもいいのである」とも言っている。フィールドワークは、「臨地研究」とも訳される。理論から入っていく演繹法より、まず現場を見てから考察する臨床・臨地的帰納法の手法が、重視されるようになってきていることは理解できる。しかし、元祖の臨床医学と基礎医学のバランスがとれて、患者にたいして有効な診察・治療ができるように、臨床学(臨床人間学)も基礎諸科学とのバランスのなかで成り立つ学問であろう。たとえば、わたしの専門とする歴史学では、従来の歴史学を「基礎歴史学」とよぶなら、「基礎歴史学」の充分な知識のうえに「臨床歴史学」という新しい学問を考える必要がある。いっぽう、「基礎歴史学」は「臨床歴史学」を意識し、理解したうえで研究をすすめる必要がある。そうでないと、従来の歴史学は、学問として無用視されることになる。

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2005年11月01日

『思考のフロンティア 変成する思考-グローバル・ファシズムに抗して』市野川容孝・小森陽一・守中高明・米谷匡史(岩波書店)

思考のフロンティア 変成する思考-グローバル・ファシズムに抗して →bookwebで購入



   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 1990年に東西ドイツが統一し、翌年ソ連共産党が解散、ソ連邦が消滅を宣言した。さらに、1993年に中華人民共和国が憲法に社会主義市場経済を明記して、市場経済化が加速度的にすすんだ。この流れに、わたしのように1970年代から80年代にかけて大学・大学院で教育を受けた者の多くは、すぐに対応できなかった。いま、2001年に起こった9.11が思考の変換点になろうとしている。

 本書は、ふたつのテーマ「文化と翻訳」と「民主主義と暴力」をとりあげ、それぞれふたりずつ問題提起し、4人で討論する形式をとっている。それぞれ専門が違い、真っ正面から意見がぶつかりあうということはなかったが、「緊急に語るべきことがあり、巨大な問題を可視化し、解決への道を探ろうとする意志において、われわれはたしかに結ばれていた」という状況のなかで議論がすすめられた。4人は1953、60、64、67年生まれである。

 まず「文化と翻訳」の「文化」が、近代日本では「文明開化」の略として認識されていたことから、文化は「西欧化」と同意義として日本人は了解することになったことを指摘する。その日本の「文化」発展は、ほかの東アジアへ思想連鎖していった。米谷は、このことにたいして、「日本近代のある特権的な中心性が揺るがない」研究への危惧を抱き、「日本近代をいかに脱中心化させる」かが、今後の課題だと唱える。

 「民主主義と暴力」では、市野川が「国民国家」を前提とする議会制民主主義は、「「多」なるものを「一」へと封じ込める暴力」と、つねに不可分の関係にあると指摘する。そして、「暴力」を回避するための「討論とは、異なる考えが互いにぶつかり合いつつ、討論以前には存在しなかった一つの場所に収斂していくこと、あるいは少なくとも、その場所に向かおうとする意志のことを言うのである」と述べている。

 これらの議論に共通するのは、1980年代前半までに大学教育を受けた者の基準だった「国家」の存在が希薄になっていることだ。「国民統合」や「国民文化」の発展にマイナスになるようなことを言うのが憚られた時代とは、もはや訣別していることが読みとれる。しかし、その訣別から新たな「思考」が生まれ、確立しているかというと、そのようなことはまったくない。だから、本書のタイトルは「変成する思考」であり、本書の結論は「この討議は延長され、さらに別の問題系へと接続され、別の方角へと送り出されることを望んでいる。もう一人のオルフェウスたる、あなたによって」で、結ばれることになる。

 この過渡期の時代にあって、多元文化主義の時代の流れに抗して、かつて支配的であった大文明中心主義の進歩史観が台頭し、画一化、中央集権主義的権力を握ろうとして、世界を戦争・紛争の渦に巻き込んでいる国がある。小森は、1947年以来アメリカ合衆国は数多の戦争・紛争に軍事介入したが、すべて"defense"と表現してきたことを指摘する。それが9.11では"War"に変わった。国家という目に見える存在ではない勢力にたいして、"War"という表現で可視化せざるをえなかったのだろう。イスラーム勢力も「テロ」という可視化によって、自己主張している。「巨大な問題を可視化し、解決への道を探ろう」とする本書の目的の達成は、容易ではない。日本でも、「「多」なるものを「一」へと封じ込める暴力」が、あるべき「討論」抜きにおこなわれている。それを「強いリーダーシップ」とも言われている。

 本書副題にある「グローバル・ファシズムに抗して」いくためには、なにが必要なのか、「もう一人のオルフェウスたる、あなた」とはだれなのか、本書は明確に語っていない。それは、充分な現状認識と明確な未来への展望をもった市民からなる、洗練された市民社会を築くことだろう。一人ひとりの責任が重い時代になったと言える。

 また、新しい時代の思考のためには、かつての思考を「精算」する必要がある。来春から刊行される「岩波講座 「帝国」日本の学知」(全8巻)に期待したい。しかし、かつての思考から学ぶだけでは、充分でないだろう。新しい思考を切り拓くためには、近代に発達した学問領域を超えた「データ」が必要である。わたしがよく言う「陸域、定着温帯の農耕民社会、成人男性」が主体ではない地域や分野の研究事例がもっともっと必要である。

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2005年09月13日

『思考のフロンティア 法』(岩波書店)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 前近代から近代へ法観念が根本的に変わったのであれば、いまわたしたちは近代からどのような新たな法観念に向かっているのだろうか、ということを知りたくて本書を開いた。残念ながら、わたしの期待したものを得ることはできなかった。しかし、本書からいまわたしたちが考えなければならないことを、たくさん教わることはできた。

 本書は、第Ⅰ部で「法の根拠をめぐる理論的考察から出発して、法と暴力、法と正義、法と神話の相互に絡み合ったある起源的ないし前-起源的な場面を経由した後」、第Ⅱ部で「「市民的不服従」「歓待」「死刑」を今日最も緊急な、避けては通れない問題系として取り上げ」ている。著者、守中高明は、まず「はじめに」で、アメリカ合州国の「対テロ戦争」における拘禁政策のために、「国際法のもとで認められるはずのほとんどすべての権利を剥奪され」た人びとがいることを紹介し、本書で「法の「根拠」について、法と「暴力」についてささやかな素描を試みよう」としたと述べている。そして、今日の日本における問題点について指摘している。

 1999年に法制化された「国旗及び国歌に関する法律」は、「戦後という時間を脱色し、かつての植民地主義的帝国主義の記憶を積極的に忘却しつつ、新たな国民国家の編制へ向けて象徴の政治を再-発動させようとする意図が明らかにこめられていた」とし、「職務命令」に従わず「処分」された教職員250名は、「「市民的不服従」の実践者であり、その行動は法に反する正義を表現している」と正当化している。この法制化にたいして、天皇明仁が、「やはり、強制になるということでないことが望ましい」と応答したことは、なんとも皮肉な話だ。また、人権「後進国」である日本は、難民にたいして「「難民条約」の締結国としてあってはならない」ことをしていると指摘している。この国際化、グローバル化についていけない日本の姿は、就職、参政権など外国籍の人びとの社会的権利の大幅な制限にもみられる。そして、死刑について、アメリカや中国とともに存置している、世界的にみても少数派になった日本が、「いつ、国家主権の名において殺人の罪を犯すのをやめることができるのか」と問うている。

 著者は、第Ⅲ部「基本文献案内」を、本書の結論としてふさわしい、つぎのような言葉ではじめている。「今日を生きるあなたが、現実の世界の中で法的思考を実践する際に参照し、携え、立ち戻り、あるいは批判的に乗り越えるための本、法の主体たるあなたがみずからを養うための本である」と。そして、「法はあらゆる分野に関わっており、あらゆるジャンル・形式・語りを要請するのだ。だから、ここから先はあなたの手にゆだねよう。法の姿を捉えるために、おのずと多数化しながら伸びてゆくあなた自身の手に」で終わっている。法は、権力者や国家から離れて、個人のものになろうとしている。それが、近代からの「脱構築」なのだろう。

 本書がわたしの当初の期待に応えてくれなかったのは、歴史性が感じられなかったからである。「思考のフロンティア」シリーズの1冊として、当然なぜ本書が「フロンティア」なのかの説明があるものとばかり思っていた。このシリーズのほとんどを読んでいるが、歴史性のある語りには、奥深さとわかりやすさがある。わたしのいう「歴史性」とは、過去のことを語ることではない。過去のことを語っていても、時代性やときの流れのないものは歴史ではなく、たんなる過去の語りにすぎない。それにたいして、現代のことを語っていても、ときの流れの到達点としての現代を語っているものは、歴史として充分な読みごたえがある。基礎研究としての歴史学の存在意義は、ほかの学問を深く豊かにする効果をもっていることである。

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2005年06月07日

『思考のフロンティア 教育』(岩波書店)

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   本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。


 「教育」という言い古された言葉が、なぜ「思考のフロンティア」シリーズの1書のタイトルになるのか、不思議に思った人がいるかもしれない。しかし、本書を読めば、教育が常に時代の最先端を歩まなければならない、宿命のようなものがみえてくるだろう。

 著者は、近代教育の基礎となっていた「普遍的・超越的な原理」がグローバル化とともに崩壊し、現在「教育」という思想の危機があると認識している。1980年代に近代教育の制度では現状に対応できなくなったことから、新たな教育学の枠組みの模索がはじまり、その「一つの解としての新自由主義教育改革」が進行しつつある。そこでのキーワードは、縦軸として「個人化」と「グローバル化」、横軸として「社会化問題」と「配分問題」であると説明されている。個人と制度との関係が逆転した今日、社会性のない青少年が増え、教育機会や知識の配分に格差が生じている。また、グローバル化にともなって国際理解教育や多文化教育への取り組みが本格化すると、文化的独自性が強調されるいっぽう、国民国家像が曖昧になるという問題が生じてくる。さらに、国際間の経済競争下で、財や資源の配分の問題もでてきた。このような現状のなかで、現在教育の現場で、複雑化する社会に対応するだけの理論と実践が必要となってきているのである。

 本書を読むと、教育がいかにすばやく現状を認識し、長期的に未来を見据えて対応しなければならないかがわかってくる。教育が常に「思考のフロンティア」でありつづけなければならない所以である。しかし、教育は現場からの反応が早く、顕著であるだけに、問題に気づきやすいという「恵まれた環境」にあるということができるかもしれない。学問分野によっては、時代の流れや要請に応えることなく、旧態依然の研究に満足していることに気づかない恐れがある。

 この「思考のフロンティア」シリーズは第㈵期全16冊・別冊1(1999-2002)につづいて、第㈼期全13冊・別冊1が2003年から刊行されている。正直言って、このシリーズのなかにはまずタイトルからしてわからず、なかを読むとさらにわけがわからなくなるものがあった。その原因は、わたし個人の能力にあるのだろうが、新しいキーワードが充分に成熟していないことから、その分野になじみのない者に理解されにくいということもあるだろう。その点、本書は教育学という長年の学問的蓄積のうえに論を展開しているだけにわかりやすかった。新しい学問には想像を超える論の展開があって啓発されることも多いが、この教育学のように着実に学べるという安心感はない。そう感じたのは、学問的性格だけでなく、本書の著者によるものも大きいだろう。

 著者広田照幸は、自身を「理論家というよりも実証研究者である」と「あとがき」の最初で述べている。旧来の原理が崩壊しているようなとき、大切なことは「実証性」を離れた「空論」がひとり歩きすることを避けることだ。その点、本書には、安心して読むことができるだけの「実証性」があった。それでいて「既存の教育学の理論を足場にしてこれからの教育学を考えるかぎり、既存の理論では考えられてきていない範囲にあるものが見えなくなってしまう」という観点から、大学院生と「ずいぶん風変わりなテキスト」を読んでいるという。このような教師の下なら、「教育の未来に向けて」「一つの代案」を出せる人材も、着実に育っていくことだろう。

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