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2018年04月10日

『ASEAN共同体-政治安全保障・経済・社会文化-』鈴木早苗編(アジア経済研究所)

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 本書は、「2003年にその構築をめざすことが合意され、当初の計画通り、2015年にその設立が宣言された」「「ASEAN共同体」とは何かを紹介し、ASEAN共同体の名のもとになされている協力の実態と課題を分析するものである」。しかし、宣言と同時に、「2025年までの行動計画が示されたことから、2015年は共同体構築に向けたひとつの「通過点」ととらえられる」。ASEAN加盟国は、構築に向けて「具体的にどのような協力を進めようとしてきたのか、またその協力はどの程度進み、残された課題は何なのか。2015年をひとつの節目として、本書の各章はこれらの問いに応えようとするものである」。

 本書は、「序章 ASEAN共同体とは何か?」と全6章からなる。全6章は、ASEAN共同体の3つの柱であるASEAN政治安全保障共同体(APSC)、ASEAN経済共同体(AEC)、ASEAN社会文化共同体(ASCC)において、「それぞれふたつの協力分野あるいは側面から分析を実施している」。各章の要約は、「まえがき」につぎのようにまとめられている。

 「第1章と第2章は、APSCにおいて注目されている分野として、域外国との安全保障協力と人権に関する協力を取り上げている」。「第3章と第4章は、AECでめざされる経済統合について、それぞれ制度面と実質面から分析している」。「第5章と第6章はASCCにおける協力を扱っている。ASCCでは多岐にわたる協力が展開されているが、協力が進展する一方、課題も多く残るとされる環境協力と移民労働者の権利の保護に関する協力を取り上げた」。

 ASEAN共同体の全体像については、「第4章 ASEAN経済共同体の効果」の冒頭で述べられている「三つの誤解」を理解することによって、早わかりできるかもしれない。第4章執筆者の磯野生茂は、つぎのように列挙している。「第一の誤解は、AECが欧州連合(EU)や前身の欧州経済共同体に匹敵する経済統合であるとみなすものである。第二は、2015年12月31日に抜本的な制度変更があったというものである。第三は、AECは自由化のレベルが非常に低く、企業にまったく役に立たない、と結論づけてしまう逆の誤解である」。

 磯野は、それぞれの誤解にたいして、まず第一にたいして、つぎのように説明している。「AECはEUよりも、広義のFTAないし経済連携協定(EPA)に近い。単一通貨、共通域外関税、政府調達、非熟練労働者の移動等、EUでは統合や自由化が行われていても、AECでは扱われていないものが多く存在する。扱われている分野においても、関税撤廃・消費者保護・域外FTAの締結の3項目はAECブループリント(以下、青写真2015)の想定どおりないし想定以上に達成したが、ほかの項目は例外が多く限定的で、EUと比較できるレベルにはない」。「AECを議論するにあたっては、なにがどこまで行われ、なにが行われなかったのかを正確に把握しなければならない」。

 第二については、「2016年以降重大な影響がASEANに及ぶだろう、という誤解も存在する」とし、つぎのように説明している。「AECは青写真2015で定められた施策を段階的に施行してきたものの積み重ねからなり、2015年末に劇的な変化をもって訪れたものではない」。「AECの創設は、継続的・段階的な経済統合プロセスの通過点にすぎない。また、後述する事例のように、AECにかかる効果は2016年以降を待つまでもなく、すでに現出している」。

 第三については、つぎのように説明している。「AECの施策と直接関係のない各国独自の国内措置改革、二国間協力やGMS[大メコン圏]のようなサブリージョンの協力による措置がAECの措置のレベルを上回っていることがあり、AECの各措置がどう実質的な変化につながっているかがみえにくい」。

 このような誤解を生む土壌がASEANにあるにもかかわらず、本書ではさまざまな試みがおこなわれていることが紹介されている。編者は、つぎのように「まえがき」で書いている。「互いの利害が対立する面があるにもかかわらず、また、国際社会全体から見れば小国であるASEAN諸国が協力しようとする姿を示すことができたならば、幸いである」。

 編者は、「序章 ASEAN共同体とは何か?」において、その評価と課題をつぎのようにまとめている。「全体的な評価としては、青写真2015で計画された措置の多くは実行に移されているといってよい。しかしながら、内政不干渉原則との相克や合意の履行・実施能力の低さから、ASEANで合意が成立してもその合意を国内でなかなか履行できないといったことや、新設された制度や締結された条約が形式的なものにとどまり実効性が低いといった問題が生じている」。

 このような問題に対処するためにASEANがなにをしようとしているのか、編者は青写真2015と青写真2025を比べ、つぎの4つの変化をみとめた。「第一に、APSCとAEC、ASCCがめざす世界についてやや後退あるいは抽象的とみられる表現が目立っている。こうした変化は、青写真2015で掲げた目標や計画が大胆すぎたことへの反省があるのかもしれない」。

 「第二に、事務局などの組織の強化が掲げられた。ASEANの合意の国内履行を着実に進めるためには、各国が履行能力を高めるだけでなく、ASEANの組織の履行監視機能などを強化する必要があるとの認識がその背景にあると考えられる」。

 「第三に、人々中心のASEANが強調されている。ただし、「人々」(people)といった場合にどのような人間集団を指すのかについては、青写真2025では具体的には明らかにされていない。ASEAN域内ではNGOやCSO[市民社会団体]がASEAN諸国政府に対して、さまざまな要求をするようになった。こうした要求に対して、政治体制などの国内諸制度が異なるASEAN諸国の政府がどのようにASEANの方針を策定するのか注目される」。

 「第四に、複数の共同体にまたがる協力が存在することがより明確に示された。青写真2015にもそうした分野はあった。移民労働者は、熟練労働者についてAECで、非熟練労働者についてASCCで扱われており、災害管理はASCCとAPSC(の非伝統的安全保障)の両方で扱われている。青写真2025では、人権や環境問題なども実質的にそうした分野の仲間入りをしている。人権は、APSCの組織であるAICHRを中心に取り扱われているが、ASCCでも協力項目として登場した。環境分野は、ASCCだけでなくAECでも重要な協力と位置づけられるようになった。共同体間にまたがるこうした分野において協力を進めるためには、各共同体の垣根を超えた省庁間の連携や調整が必要である」。

 このような変化を認めたうえで、編者はつぎのように「序章」を結んでいる。「青写真2025では、ASEANの組織能力を向上させることや分野間別の政策調整を強化することなどが謳われた。また、人々中心のASEANが強調され、CSOの参画を促すことや人々の生活や安全にとって重要な協力を進めることが謳われた。人々中心のASEANが「絵に描いた餅」に終わるかどうかは、加盟諸国がどの程度、国内制度や国内問題に密接に関わる協力を実質的に進められるかにかかっている」。

 青写真2025のほうが、「後退」「抽象的」になったということは、より現実的になったということだろう。できることとできないこと、したほうがいいこととしないでもいいこと、したほうがいいが無理にしないほうがいいことなど、具体的な事案を想定しながらまとめられたのが青写真2025であるといえるかもしれない。はっきりしていることは紛争を回避し、いまの経済発展に影響を及ぼすようなことは域内ではしない、ということだろう。戦争をしないことの恩恵を、ASEAN加盟国は充分に経験したということができるだろう。

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