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2018年02月08日

『大日本帝国の崩壊と引揚・復員』増田弘編著(慶應義塾大学出版会)

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 本書の内容は、表紙見返しに、つぎのように的確に要約されている。「大日本帝国崩壊後、アジア・太平洋地域の残留日本人が早期に帰還できたのはなぜか? 各国の一次資料を基にした国際政治の観点から、連合国の思惑のなかで各地の日本軍と民間人がたどった帰還の実態、そして戦後日本社会へ与えた影響を多角的に明らかにする」。

 本書全体は、編著者の「序論 引揚・復員研究の視角と終戦史の見直し」に、よくまとめられている。本書は、「二つの新たな展望を求めて」意欲的に取り組んだ成果である。そのふたつとは、「第1は、マクロの視点に基づいた、従来のアジア冷戦の起源に関する歴史的定説の見直しである」。「第2は、ミクロな視点に基づいた、終戦直後の敗者である大日本帝国(政府・国民)と、新たな日本の支配者となった勝者アメリカならびに連合国軍最高司令官総司令部(略)など連合国側との相互作用に関する歴史の空白を埋めるとともに、これまでの個々の事例研究を再検証することである」。

 敗戦からの「引揚」と「復員」の状況は、つぎのように説明されている。「いわゆる内地の約720万に及ぶ軍人の復員や疎開していた民間人の郷里復帰は、終戦の年末までには完了したにもかかわらず、日本の植民地を含む外地の邦人約688万人(軍人約367万人、民間人約321万人)の本土帰還はかなり遅れ、とくにソ連・モンゴルでの抑留者や中国大陸での残留者の帰国は1950年代から60年代までずれ込むなど、一様に彼らは終戦以後に第二の苦難を強いられたのである」。本書は、この「いまだ不透明な終戦直後の諸々の実態に光を当てる」。

 本書は、「序論」と全7章からなる。各章の要約は、「序論」の後半でまとめられ、最後に本書で明らかになったことをまとめている。「終戦史に関する新たな事実の発見」は、たとえばつぎの7つである。「①海外邦人の引揚に対する日本政府の方針は「早期帰還」ではなく「現地定着」という冷淡なものであり、しかも情報不足に伴う現地の環境悪化への配慮のなさが判明したこと。②日本陸軍の「国体護持」の主張は「自主的武装解除」要求と理論上深く結びついていたこと。③米軍進駐以前に日本政府と軍は合同して、膨大な日本軍兵器を大手民間企業に横流しするなど民の中に隠す工作を図ったり、復員兵には糧食を分配するといった“終戦犯罪”を行ったこと。④日本政府は終戦直後には引揚者から現地収容所の状況や未帰還者の調査を主目的としたが、次第にソ連共産主義の浸透阻止へと重点を移していったこと。⑤朝鮮南部からの順調な日本人引揚には「日本人世話会」の隠れた支援や活躍ぶりがあったこと。⑥ラバウルの第8方面軍が終戦という衝撃にもかかわらず、統制を乱すことなく復員の完了まで一致結束した背景には、今村[均]司令官の卓越したリーダーシップの存在が大きかったこと。⑦終戦直後の日本本土への遺骨の送還は「宰領者」による優先権の下に実施されたものの、復員・引揚の進展に伴い遺骨の帰還が混乱して停滞していったことなどがある」。

 「他方、勝者連合国側の敗者日本側に対する終戦後の巻き返しの動向が明かされた」ことでは、たとえばつぎの7つがある。①終戦当初に復員や引揚に消極的であったアメリカ側が、マーシャル、ウェデマイヤーという本国と現地トップ間の合意を軸に中国残留の日本人送還を決定し、大統領の命令下にそれを迅速に実施していったこと。②終戦前のアメリカが日本政府・国民と軍国主義者・戦犯との間に一線を引き、前者が後者を引き渡した上で、日本軍を完全に武装解除すれば、連合国の対日占領は終了すると展望していたこと。③その文脈から「天皇利用計画」が浮上し、東京帝国大学のファースと南原・高木らとの水面下の連携が天皇聖断に隠された要因であったこと。④終戦直後に帰還日本人への尋問調査には準備不足であったGHQ側は、1947年以降にソ連地区から引き揚げてきた日本人に対しては、日本語に精通する日系二世を動員するなど万全の態勢を敷き、ソ連内の軍事機密に関する情報を収集したものの、朝鮮戦争時には北朝鮮軍の進攻や中国軍の介入を予測できずに終わったこと。⑤中国内部の日本人戦犯(ソ連側から引き渡された日本人戦犯も含まれる)に対しては、周恩来の命令によって人道主義的で寛大な保護措置が取られた結果、日本軍将校の「認罪」の動きが次第に拡大するなど、その粘り強い政策が効果をもたらしたこと。⑥GHQはアメリカの戦没者処理を優先したため日本戦没者への対応が遅れがちとなり、太平洋戦争の激戦地フィリピンからの日本人戦没者の送還に関しても、米軍側の意向に従い米軍側の手で日本人の遺体が輸送されて本土上陸後に日本側代表に引き渡されるとの方法を採らざるを得なかったことなどである」。

 そして、つぎのように結論して、「序論」を結んでいる。「要するに、今回の研究を通じて、「終戦」と「戦後」との間には一定の隙間、いわゆるタイム・ラグが存在したことが判明した。つまり終戦がことごとく戦時期を断絶させたわけではなく、また終戦が直ちに戦後に直結したわけではないことが改めて確認できた」。「終戦[後]の一定期間はいまだ戦時体制の連続線上にあり、多くの日本人(とくに内地の政府関係者)の意識内には戦後という新たな時代への切り替え(いわば終戦から戦後への非連続性)があったわけではない。終戦期はかなり戦後期まで食い込んでいるといえよう。今後もそのような日本人の意識の推移にも関心を向けつつ、終戦史を見つめ直す必要があると思われる」。  この結論部分のひとつの例をあげれば、敗戦後40年たったころから日中間に「歴史問題」がおこり、中国は日本の軍国主義の復活を攻撃するようになるが、本書から敗戦後に中国共産党軍とともに転戦した日本人が少なくとも3万人おり、そのなかには多数の元軍人が含まれていたことがわかる。日本の軍国主義の徹底した根絶は、戦後それを利用した中国共産党によっておこなうことができなかった。また、日本軍がもっていた情報等をアメリカも利用したため、軍国主義者を徹底的に排除することができなかった。政界に満洲閥が復帰し、超党派で「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」ができたのも、中国やアメリカが戦後に軍国主義の「根絶」をできなかったからともいえる。この「不透明な終戦直後の諸々の実態」を把握することによって、さまざまな今日の問題の起源をたどることができそうだ。

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