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2018年02月19日

『戦後社会の変動と記憶(叢書 戦争が生みだす社会 Ⅰ)』荻野昌弘編(新曜社)

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 本叢書は、「二〇〇八年四月に発足した関西学院大学先端社会研究所の共同研究の成果である」。本叢書の特徴は、帯の裏につぎのようにまとめられている。「敗戦による日本社会の大変動と、新たに生まれた引揚者や米軍基地の文化を、多様な資料と調査データを駆使して読み取る。旧植民地の戦争被害者や在米被爆者への支援、沖縄と基地の問題にも取り組む。読みやすさを重視し、図表写真を満載。社会学・民俗学・社会福祉学・メディア研究・人類学の専門家が参加した、関西学院大学先端社会研究所共同研究の出版」。

 帯の表には、つぎのような本書の概略がある。「<空間・移動・他者>という戦争の分析概念 太平洋戦争の敗戦を経て、日本の戦後社会はいかに形成されたか。未曾有の人口移動、旧軍用地の跡地利用、メディア表象(戦争とアニメ)などの変動を明らかにするとともに、国家の境界のはざまに取り残された在米被爆者、日本軍レイプ被害者、日中戦争遺跡の丹念な調査によって、戦争の記憶と語りを掘り起こす。現在の隣国との国境紛争や核兵器の脅威に対して冷静な認識転換を求める」。

 本書は、「序章「戦争が生みだす社会」研究の課題」、全7章、「終章 近代社会における平和」からなる。「序章」と「終章」は、編者の執筆による。「序章」では、「戦争を社会学的に研究するには」、つぎの4つの「理論的視角から出発する必要がある」としている。「(1)すでに境界が設定された後の集合を社会としてとらえ、集合内における要素間の関係を分析するだけではなく、境界設定の過程自体に注目する必要がある。新たな境界設定は、新たな他者を認識することを意味する」。「(2)ひとつの境界設定は、つねにもうひとつの境界、第二の境界を創出する。それは、目立たない場合もあれば、積極的にそれが認識される場合もある(第二の境界の可視化)」。「(3)第二の境界の可視化は、近代国民国家の形成過程のなかで進む。国民国家は領土を拡げるため、さまざまな地域を領有しようとする。領土を拡げ、境界を再設定する企ては、不可避的に暴力を誘発し、国家間の戦争を招く」。「(4)ある国家に領有された地域のひとびとは、宗主国の正式なメンバーとは見なされない。そのため、ときには宗主国による包含、ときには排除の対象となる」。

 そして、つぎのようにまとめて、「序章」を締めくくっている。「本書は、以上のような前提のもとに、国民国家の戦争をめぐる経済的・文化的戦略だけではなく、国家において正式なメンバーシップを獲得していない他者たちの抵抗の戦略も、考察の対象とする。またそのために、多様な研究方法を導入している(方法の問題については、終章で論じる)。境界内存在の集合のみを対象とした、すなわち国民国家を前提とした社会学から、他者概念を通じて、その成立過程と存立基盤までとらえようとする社会学へと大きな転換を図ることこそ、二十一世紀社会学の課題となるであろう」。

 その「終章」で論じられた方法については、「他者問題の解明」の見出しの下、つぎのようにまとめられた。「第1章では、戦争が生みだす社会の変容を人口動態という客観的な指標から把握しようとした」。「第2章と第3章では、地図が積極的に利用されている」。「第5章は、在米被爆者との長期的な交流のなかで得られた膨大な語りのデータに基づいている」。「第4、6、7章では、映像や写真のようなイメージを分析のツールとしている。特に第6章では、暴力の記憶をかたちにするために、記憶をとどめる当事者たちによって写真を撮影するフォトボイスという方法が用いられた」。

 共同研究の成果として、多様な見方、分析方法が論じられ、新たな総合的理解を期待させるものとなっている。

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2018年02月08日

『大日本帝国の崩壊と引揚・復員』増田弘編著(慶應義塾大学出版会)

大日本帝国の崩壊と引揚・復員 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 本書の内容は、表紙見返しに、つぎのように的確に要約されている。「大日本帝国崩壊後、アジア・太平洋地域の残留日本人が早期に帰還できたのはなぜか? 各国の一次資料を基にした国際政治の観点から、連合国の思惑のなかで各地の日本軍と民間人がたどった帰還の実態、そして戦後日本社会へ与えた影響を多角的に明らかにする」。

 本書全体は、編著者の「序論 引揚・復員研究の視角と終戦史の見直し」に、よくまとめられている。本書は、「二つの新たな展望を求めて」意欲的に取り組んだ成果である。そのふたつとは、「第1は、マクロの視点に基づいた、従来のアジア冷戦の起源に関する歴史的定説の見直しである」。「第2は、ミクロな視点に基づいた、終戦直後の敗者である大日本帝国(政府・国民)と、新たな日本の支配者となった勝者アメリカならびに連合国軍最高司令官総司令部(略)など連合国側との相互作用に関する歴史の空白を埋めるとともに、これまでの個々の事例研究を再検証することである」。

 敗戦からの「引揚」と「復員」の状況は、つぎのように説明されている。「いわゆる内地の約720万に及ぶ軍人の復員や疎開していた民間人の郷里復帰は、終戦の年末までには完了したにもかかわらず、日本の植民地を含む外地の邦人約688万人(軍人約367万人、民間人約321万人)の本土帰還はかなり遅れ、とくにソ連・モンゴルでの抑留者や中国大陸での残留者の帰国は1950年代から60年代までずれ込むなど、一様に彼らは終戦以後に第二の苦難を強いられたのである」。本書は、この「いまだ不透明な終戦直後の諸々の実態に光を当てる」。

 本書は、「序論」と全7章からなる。各章の要約は、「序論」の後半でまとめられ、最後に本書で明らかになったことをまとめている。「終戦史に関する新たな事実の発見」は、たとえばつぎの7つである。「①海外邦人の引揚に対する日本政府の方針は「早期帰還」ではなく「現地定着」という冷淡なものであり、しかも情報不足に伴う現地の環境悪化への配慮のなさが判明したこと。②日本陸軍の「国体護持」の主張は「自主的武装解除」要求と理論上深く結びついていたこと。③米軍進駐以前に日本政府と軍は合同して、膨大な日本軍兵器を大手民間企業に横流しするなど民の中に隠す工作を図ったり、復員兵には糧食を分配するといった“終戦犯罪”を行ったこと。④日本政府は終戦直後には引揚者から現地収容所の状況や未帰還者の調査を主目的としたが、次第にソ連共産主義の浸透阻止へと重点を移していったこと。⑤朝鮮南部からの順調な日本人引揚には「日本人世話会」の隠れた支援や活躍ぶりがあったこと。⑥ラバウルの第8方面軍が終戦という衝撃にもかかわらず、統制を乱すことなく復員の完了まで一致結束した背景には、今村[均]司令官の卓越したリーダーシップの存在が大きかったこと。⑦終戦直後の日本本土への遺骨の送還は「宰領者」による優先権の下に実施されたものの、復員・引揚の進展に伴い遺骨の帰還が混乱して停滞していったことなどがある」。

 「他方、勝者連合国側の敗者日本側に対する終戦後の巻き返しの動向が明かされた」ことでは、たとえばつぎの7つがある。①終戦当初に復員や引揚に消極的であったアメリカ側が、マーシャル、ウェデマイヤーという本国と現地トップ間の合意を軸に中国残留の日本人送還を決定し、大統領の命令下にそれを迅速に実施していったこと。②終戦前のアメリカが日本政府・国民と軍国主義者・戦犯との間に一線を引き、前者が後者を引き渡した上で、日本軍を完全に武装解除すれば、連合国の対日占領は終了すると展望していたこと。③その文脈から「天皇利用計画」が浮上し、東京帝国大学のファースと南原・高木らとの水面下の連携が天皇聖断に隠された要因であったこと。④終戦直後に帰還日本人への尋問調査には準備不足であったGHQ側は、1947年以降にソ連地区から引き揚げてきた日本人に対しては、日本語に精通する日系二世を動員するなど万全の態勢を敷き、ソ連内の軍事機密に関する情報を収集したものの、朝鮮戦争時には北朝鮮軍の進攻や中国軍の介入を予測できずに終わったこと。⑤中国内部の日本人戦犯(ソ連側から引き渡された日本人戦犯も含まれる)に対しては、周恩来の命令によって人道主義的で寛大な保護措置が取られた結果、日本軍将校の「認罪」の動きが次第に拡大するなど、その粘り強い政策が効果をもたらしたこと。⑥GHQはアメリカの戦没者処理を優先したため日本戦没者への対応が遅れがちとなり、太平洋戦争の激戦地フィリピンからの日本人戦没者の送還に関しても、米軍側の意向に従い米軍側の手で日本人の遺体が輸送されて本土上陸後に日本側代表に引き渡されるとの方法を採らざるを得なかったことなどである」。

 そして、つぎのように結論して、「序論」を結んでいる。「要するに、今回の研究を通じて、「終戦」と「戦後」との間には一定の隙間、いわゆるタイム・ラグが存在したことが判明した。つまり終戦がことごとく戦時期を断絶させたわけではなく、また終戦が直ちに戦後に直結したわけではないことが改めて確認できた」。「終戦[後]の一定期間はいまだ戦時体制の連続線上にあり、多くの日本人(とくに内地の政府関係者)の意識内には戦後という新たな時代への切り替え(いわば終戦から戦後への非連続性)があったわけではない。終戦期はかなり戦後期まで食い込んでいるといえよう。今後もそのような日本人の意識の推移にも関心を向けつつ、終戦史を見つめ直す必要があると思われる」。  この結論部分のひとつの例をあげれば、敗戦後40年たったころから日中間に「歴史問題」がおこり、中国は日本の軍国主義の復活を攻撃するようになるが、本書から敗戦後に中国共産党軍とともに転戦した日本人が少なくとも3万人おり、そのなかには多数の元軍人が含まれていたことがわかる。日本の軍国主義の徹底した根絶は、戦後それを利用した中国共産党によっておこなうことができなかった。また、日本軍がもっていた情報等をアメリカも利用したため、軍国主義者を徹底的に排除することができなかった。政界に満洲閥が復帰し、超党派で「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」ができたのも、中国やアメリカが戦後に軍国主義の「根絶」をできなかったからともいえる。この「不透明な終戦直後の諸々の実態」を把握することによって、さまざまな今日の問題の起源をたどることができそうだ。

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2018年02月06日

『日本帝国崩壊期「引揚げ」の比較研究-国際関係と地域の視点から』今泉裕美子・柳沢遊・木村健二編著(日本経済評論社)

日本帝国崩壊期「引揚げ」の比較研究-国際関係と地域の視点から →紀伊國屋ウェブストアで購入

 本書は、「第二次世界大戦中から日本が講和条約を締結するまでの時期を中心に据え、日本による戦争の遂行、敗戦によってもたらされた「引揚げ」、及びこれに関連する動きを、「引揚げ」の前提をなす「移民」の進出過程や、そこに形成された地域社会との関係から考察する」。

 本書が便利なのは、「序章 近年の「引揚げ」研究の視点と本書の課題」に加えて、「補論 研究動向」に「補論1 韓国における朝鮮人「帰還」研究」「補論2 日本人の引揚げに関する近年の研究動向」があり、この分野の研究状況が詳細にわかることである。そして、2部全7章で、具体的な事例研究が示されている。

 「序章」では、まず「一 「引揚げ」研究への関心の背景-植民地研究、移民研究を中心に」で、「1 戦争研究、戦後史研究との関係」「2 植民地・移民社会における民衆像の再検討とその方法」「3 現代日本社会における「多文化」、「多民族」、「共生」への関心」が整理され、「二 「引揚げ」研究の研究史と論点」では、「1 「引揚げ」研究史の整理にみる論点」「2 「人流」としての「引揚げ」研究」「3 「境界論」としての「引揚げ」研究」「4 地域史としての「引揚げ」研究」の4つのキーワードを指針として視点と方法を整理している。

 「序章」で、筆頭編者の今泉裕美子は、つぎの3つの「引揚げ」研究の特色をあげている。「「引揚げ」研究は、アジア・太平洋戦争研究の発展と密接に関わって発展した。それは第一に、戦後日本社会を規定した同戦争の「記憶」のなかで封印、あるいは漏れ落とされた対象であったこと、しかも第二に、植民地支配とその延長線上に生みだされた戦争に関して、戦後日本が加害者の視点を欠落させてきた要因の一つとして「引揚げ」研究の不在があった、と認識されたことである。それゆえに第三に、東アジアの中の日本という視点で、しかも戦時と戦後の関係性を追求するテーマに「引揚げ」研究の必要性が自覚化された」。

 その密接にかかわったアジア・太平洋研究では、戦後50年、60年を契機として、つぎのような特徴が生まれた。「第一に、権力に押しつぶされた人びとの多様な経験、歴史を「記憶」から掘り起こそうとすること、第二に、従来の研究テーマや方法、研究主体の立場性に問い直しを迫り、歴史認識、戦争責任、「帝国」、「帝国意識」、「記憶」などを主題とする研究が増えたことである」。「また、「戦後処理」の観点から、外交史や東南アジア占領史においても「引揚げ」研究の前提となるような研究が進められた。さらに、慰霊や遺骨収集の視点から、引揚げ者や復員兵を取り上げる研究も始まった」。  そして、「三 本書の課題と構成」では、以上の整理を踏まえて、つぎの4つの課題をあげている。「第一は、「引揚げ」を歴史的なプロセスのなかで捉えること、「引揚げ」の前提となる植民地社会、移民社会の特徴を明らかにすること」。「第二は、「引揚げ」者を送り出した植民地社会、移民社会、引揚者を受け入れた地域社会にとっての「引揚げ」を考察すること」。「第三には、第二次世界大戦という人類にとって二度目の総力戦における日本の敗戦が、大戦後の日本の勢力圏、非勢力圏の植民地社会、移民社会をめぐる人の移動と新たな定着に与えた特徴を、総体として明らかにすることを念頭に、それぞれの事例分析をおこなった」。そして、「第四として、執筆者が個々に研究を積み上げてきた対象である国家、県市町村、都市、入植地や開拓村、島嶼、同郷者集団・民族集団が掲げる「出身地/本籍地/故郷」など、異なる性格をもつ「地域/地域社会」にそくして、「引揚げ」を分析した」。

 また、つぎの「四つの時間軸にそった特徴をふまえて分析した」。「①アジア・太平洋戦争における日本軍の劣勢化と総力戦体制の行き詰まり、②大戦中から戦後にかけての連合軍の占領による大日本帝国の勢力圏の縮小と各地域の「分断」、③植民地(委任統治地域を含む)・占領地住民の解放への動きと日本による支配体制の崩壊、以上のなかに準備される④「冷戦」体制の形成、である」。

 「引揚げ」について、海外に出ていた日本人が日本に帰ってくることを中心に語られてきた。だが、戦時体制下、あるいはそれ以前の日本の帝国形成にともなって、日本の勢力圏に入った人びとは勢力圏に入った地へ、広範囲に移動していた。それが、日本帝国の崩壊とともに、再度移動したのである。それは、故国・故郷に帰るといった単純なものではないことが本書からわかる。たとえば、第三章「パラオ諸島をめぐる民間人の「引揚げ」」では、アメリカ軍によってつぎのような分類の下、送還事業がすすめられた。「米軍は、"non-native Oriental people"を、"Japanese civilians"と"non-Japanese civilians"に二分し、後者については"Korean" "Taiwanese" "Okinawan" "Chinese"と区分した。中国人は日本軍に動員されてきたが、連合国側の人間として分類された。米軍が処遇が複雑だとしたのは朝鮮人である。カイロ宣言に基づいて「将来自由かつ独立が回復されるべき国家に属する者」であるため敵国人に分類しないとしたが、戦時中に日本軍兵士であった者はPOW[戦争捕虜]かDMP[武装解除軍人]に分け、軍属は民間人として扱うとした。一方、法的には「内地」であった沖縄県の沖縄人、植民地であった台湾の台湾人は、ともに長い間日本の統治下にあり、日本人とは"nationally indistinguishable"(国籍上の区別が困難)とし、内地の日本国籍保有者と同じ処遇にすべきか否かの検討が必要だとされた」。

 「引揚げ」研究は、いろいろな可能性がある。そして、研究が多様化、深化することによって、日本の帝国形成下に移動した・させられた人びとの実態が明らかになり、日本帝国史の一端が明らかになってくる。また、「引揚げ」後を理解することによって、日本の戦後史の一端が明らかになってくる。「引揚げ」研究は、日本の近現代史を問う重要なテーマのひとつであることが、本書からわかる。

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