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2018年01月24日

『ベトナムの基礎知識』古田元夫(めこん)

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 「ベトナムはどんな国か」、章ごとにそのポイントが載っている最初のページに、つぎのように書かれている。「臨機応変、融通無碍なベトナムの特質を「水」にたとえるベトナムの研究者もいる。自動車やオートバイが一見無秩序に自分の行きたい方向に突っ込んでくる運転が基本のベトナムの大都市の道路で、それなりに交通が流れているのも、「水」の流れのようなものと考えると納得がいくような気もする」。

 本書は、全10章とそれぞれの章末の「ベトナムの10人」からなる。「1ベトナムはどんな国か」の後、「2地域区分」「3主要都市」「4歴史 先史からベトナム民主共和国独立まで」「5独立ベトナムの歩み Ⅰ戦争の時代」「6独立ベトナムの歩み Ⅱドイモイの時代」「7政治」「8経済と社会」「9隣人との関係」「10日本とベトナム」とつづく。

 「10日本とベトナム」では、つぎのような説明がある。「日本とベトナムの関係は、日本人とベトナム人が閉鎖的に形成する関係である必要はない。むしろ、過去に日本とベトナムの関係が最も発展した一七世紀の歴史に学ぶならば、多様な担い手が参入できる「開かれた関係」であるほど、発展が期待できるのではなかろうか」。

 本書は、著者の古田元夫が「定年を迎え、これまでのベトナム研究のまとめになるような仕事をしてみたいと思っていた」矢先の依頼で執筆したものである。ところが、著者が「ハノイに開設された日越大学の学長をやることになり、二〇一六年六月からハノイに常駐することに」なったため、その地の利を活かしてよかった面と、逆に悪い面がでた。

 よい面は、「ベトナム社会の現実に触れる機会ができ、現地の体験を生かした執筆ができるようになったことである」。「本書は、「3主要都市」で取り上げているのが古田が実際に訪問したことがある都市であることなど、古田の現地体験をもとにして執筆しているが、ベトナムに常駐しながら執筆できたのが、こうした手法を思い切って採用した一つの理由になった」。「「1ベトナムはどんな国か」で言及した「歩道解放大作戦」など、現地に滞在していなければ見落としたかもしれない最新の動向を、ある程度反映できたのも、現地滞在の利点だったと言えよう」。また、「古田が日越大学の学長をしていることは、「1ベトナムはどんな国か」で触れた大学での意思決定のあり方であるとか、「7政治」で触れた、ベトナムでの政策決定のプロセスなどの執筆には役立った」。

 悪い面は、「いかに現地にいるからといって、変化の激しい現在のベトナムの動向の、最も新しい情報を本書が網羅的に反映できているわけではない」。「8経済と社会」など、原稿を執筆した二〇一六年までの状況しか反映しておらず、本書の出版の時点では、やや古色蒼然とした内容になってしまっている部分もある」。「特に困ったのは、ハノイでは、日本のベトナムの主だった成果が、最新のものを含めていっぺんに見れるような図書館が存在しないことである」。

 東南アジア研究では、もちろん国によっても違うが、その国に行けば効率よく研究ができるかといえば、そうではない。テーマにもよりけりだが、アメリカ植民支配下のフィリピンのことだと、アメリカのフィリピン研究が発展している大学の図書館のほうが、利用しやすい。わたしの博士論文執筆のときも、アメリカの文書館・図書館で資料収集した後、アメリカにはないものをフィリピンで収集する方法をとった。もちろん、フィリピンで研究者と交流しながら、収集することには大きなメリットはある。もうひとつ重要なことは、アメリカやオーストラリア、日本などでは東南アジア全体の図書が揃っていて、東南アジアという地域の視野でみることができる。アジア経済研究所図書館や京都大学東南アジア研究所図書室などは、多くが開架式で利用できるので便利だ。

 現在、当然の如く国ごとに語られる東南アジアの歴史を、すこし違った角度からみることも必要である。著者もそのことに気づいていて、つぎのように問題を投げかけている。「ベトナムのベトナムとしての独立は自明の理であったかのように聞こえるが、これには留保が必要である。世界でも、東南アジアでも、植民地国家がその後の独立国家の枠組みとして継承されているケースは多数ある。オランダ領東インドがそのままインドネシアに継承されたのにフランス領インドシナはなぜそうならなかったのかは、改めて問うても不思議ではない設問である」。また、「ASEANの中のベトナム」も重要になる。「アジアの基礎知識」シリーズも、シンガポール、タイ、インドネシアにつづいて4冊目になる。これらを横断する「基礎知識」があってもいい。

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2018年01月16日

『アキヒト天皇と戦後日本』河西秀哉(羊泉社歴史新書)

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 「床に座っている被災者に対して、わざわざ床に膝をついて同じ目線で話を聞く天皇・皇后の姿」を、何度われわれはテレビや新聞で見たことだろう。本書は、「なぜ天皇はこうした行動をとるのだろうか」という「疑問を解くために、現在の象徴天皇性のありようを規定している明仁天皇に焦点をあてて、その戦後のあゆみを概観」することを目的としている。

 著者は、つづけてつぎのように述べている。「それによって、現在の天皇の行動の意味が明らかになるはずだと考えるからである。また本書の試みによって、象徴天皇制が戦後社会にあってどのような位置づけにあり、それがどのように変化しているのかもわかるはずである。明仁天皇のあゆみを通して、戦後社会の姿や象徴天皇制とは何かを明らかにする試みとしたい」。

 この天皇の姿は、安倍首相とずいぶん違う。『朝鮮日報』(chosun Online 2017年12月21日)などで、つぎのように報道された。「安倍晋三首相が首相官邸を訪れた外賓に会う時、「いすの高さ」を巧妙に調節して相手国やその外賓に対する態度を意図的に示す外交手法を使っているという見方が出ている。特に韓国に対しては、現政権関係者を含め第1野党の代表に会う時も、ほぼ例外なく安倍首相の方がやや高いいすに座り「見下ろす」の位置関係を取っていることが確認された」。目線をどこにするかは、人の上下関係を表す。天皇はなぜ、被災者と同じ目線にしたのか。たしかに、明仁天皇を語るポイントになる。

 本書は、「はじめに-「平成流」の皇室と国民意識」、全4章と終章「慰霊への思いと戦後日本」からなる。全4章は、「新しい皇太子像の創出」「ミッチー・ブームとその後」「次期天皇への芽生え」「新天皇の意志」と時系列で話が進む。

 本書の特徴は、「あとがき」でつぎのふたつがあげられている。「第一に、長い皇太子時代を描くことである。敗戦直後にヴァイニングから受けた民主主義教育を明らかにし、それが現在の明仁天皇の思想と行動に繋がっていることを示す著作は多い。本書が示したようにそうした側面はたしかにあるし、その経験が原点となっていることは間違いない。しかし人は連続して生きている。その間に考えが次第に変化したり、より深まっていくことはあるだろう」。

 「第二に、マスメディアにおけるイメージを描くことである。これはこれまで私が象徴天皇制を検討する際に用いてきた方法である。その結果、明仁天皇の実態とイメージの差が明らかになったと思う。先に記したように、皇太子時代、国民から期待感がかけられたのち、急速に「憂鬱」感を与えられていく。しかし皇太子の実態はそれほど変化していなかった。マスメディアや国民が時代の雰囲気からそう捉えたのである」。

 そして、終章をつぎのように結んで、本書の結論としている。「皇太子の行動に魅力を感じなかった」のが、「明仁皇太子が天皇に即位したことで変化する。天皇が変わったことによって、再び天皇制が変化したという新しさのイメージに注目が集まるようになるのである。そのなかで明仁天皇は皇太子時代と基本的には変わらず、戦争の記憶の問題に取り組み、国民との接触を重ねていく。バブル経済が崩壊し、社会にさまざまな不安が広がるなかで、次第に天皇・皇后の動きや考えに注目が集まるようになった。そこに国民は理想的な人物像を見たのである。その一貫した姿勢に、人々からの関心が寄せられたともいえる。こうした傾向に大きく寄与したのがマスメディアの報道であった。報道で何が伝えられるのかによって、国民の意識も変化する。明仁天皇はこのような国民の意識と関係しながら、戦後社会とともに生きてきたのである」。

 このように移ろいがちな「国民的関心」とともに、「象徴」としてのあり方を模索しつづけてきた結論が、国民と同じ目線であった。この移ろいやすい「国民的関心」に、これからの天皇が順応できるのだろうか。一抹の不安を感じる。

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2018年01月09日

『歴史から理論を創造する方法-社会科学と歴史学を統合する』保城広至(勁草書房)

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 本書の概要は、つぎのように表紙見返しにある。「本書では、方法論の基礎と最先端をかみくだいて説明しながら、より優れた研究をするための新たな方法論を提示する。自分の理論に都合のいい資料しか使わない社会科学者と、狭い研究対象に埋没してしまう歴史家のあいだに横たわるギャップとは? それを解決する歴史分析の理論化とは? 専門用語をやさしく解説する「ショート解説」つき」。

 「国際関係や戦後日本外交を専門とする国際政治学者である」著者は、「はじめに」でつぎの「三つのレベルを、なるべく偏りなく盛り込むことを意図して」、本書を書いた。「第一に挙げられるレベルは、社会科学や歴史学の方法論初学者を対象とした、基礎的なそれである。社会科学と歴史学では、どのような点が異なると一般に考えられているのか。ある社会現象を「説明」するとはどういうことなのか。帰納法と演繹法とはどのような推論の方法なのか。自分の主張を裏付けるために、どのような社会現象を分析するべきか。そもそもなぜ、学術的な文章を書くには方法論を意識する必要があるのだろうか。このような、大学院生レベル以上には半ば常識だと思われる内容も、なるべく万人が理解できるように本書では詳しく解説している」。「第二のレベルとして挙げられるのは、近年アメリカの政治学界で発展がめざましい社会科学の定性的研究の手法を、なるべくわかりやすいかたちで解説しつつ、本書の随所で取り入れてある点である」。「第三のレベルは、社会科学方法論に対して、本書なりに新たな学術的貢献を行うことである」。

 本書は、序章「歴史と理論:古くて新しい緊張関係」、全5章、終章「さらなる議論を!」からなる。「本書の目的」「本書の構成」が「序章」の最後で語られており、各章の内容がまとめられている。「終章」でも「本書で論じてきたこと」で各章が要約されている。そして、「本書の意義と限界」で、「社会科学と歴史学とにはらむ問題は、両者を統合することで解決可能なのである」と結論し、つぎのようにその意義を強調している。「現代社会で生じた問題を解くためには、従来のように自分の研究分野内で培われた手法を使うだけでは、不十分なものになりつつある。この点においても、歴史学と社会科学を別々の枠の中に閉じこめておく必要性はどこにもない。両者の長所を活かすかたちでの積極的な融合は、今後も奨励されるべきなのである」。

 そして、最後につぎのような「本書の方法論にもいくつか限界があることを告白」している。「ここで提示した方法を実践するためには、ある程度の記述量が必要不可欠である。つまり残念ながら、小論文の執筆には向いていないことになる。そして歴史研究につねにつきまとう問題ではあるが、資料の開示状況によって、事例を選択する範囲の幅は大きく左右されてしまうだろう。仮に資料にアクセスできたとしても、適切な事例を発見し、記述説と因果説を満足させることは決して容易ではなく、かなりの根気強い努力が要求される。また、第1章第4節で論じた中範囲の理論形成法では、多国間比較は定義上不可能であり、研究の幅が制限されてしまうという欠点がある(44頁)。さらには、第5章第3節(144頁)で論じたように、複数事例間の分散があまりにも大きく、何のパターンもそこに見出すことができなければ、中範囲の理論構築は断念せざるをえないだろう」。

 まだまだ限界はある。歴史学を専門とする立場からいえば、実証主義的文献史学を基本とするかぎり、「木を見て森を見ない」ことから脱出することは不可能である。文献資料が比較的多く残されている陸域の温帯の定着農耕民社会を対象とする研究者が、文献があまり、あるいはまったく残されていない分野の研究を軽視しているため、狭い範囲に埋没している状況にまず気づかないので脱出しようがない。原資料にもとづかないことを議論しようものなら、ひとつひとつ間違いや不正確な記述を指摘していい加減なことを言うと非難し、その長所を認めようとしない。埋没しオタクと化した歴史研究は、ほかの分野の研究者には近寄りがたく、統合することなど不可能である。と言ってしまえば、身もふたもなくなってしまう。統合することで、従来できなかった研究を示すしかない。

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2018年01月03日

『共生への道と核心現場-実践課題としての東アジア』白永瑞著、趙慶喜監訳、中島隆博解説(法政大学出版局)

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 本書は、著者が「常に韓国語・日本語・中国語を話す読者を同時に意識して」発表し、書いたものから13を選んだ論文集である。おもに韓国で刊行された2冊の本から選び、中国語で刊行したものと部分的に重なる。「すべての文章は、東アジアに関するさまざまな会議で発表したり、雑誌の依頼に応じて書かれたものである。つまり、歴史研究者である著者が韓国内外の社会的要求に応じて執筆したものである」。

 本書は、「プロローグ 核心現場から問い直す「新しい普遍」-東アジア分断構造克服への道」、3部(「東アジア論」「中国-韓国-台湾」「社会人文学と批判的学問」)全12章、「解説と対話 白永瑞-同時代の証言者」からなる。各章の要約は「解説」で要領よくまとめられており、さらにわかりやすくするために「対話」で著者自らかみ砕いて説明してくれている。それでも、本書を読むためには、著者自ら創りだしたものを含め、いくつかのキーワードを理解しなければならない。

 まず、本書のタイトルにもなっている「核心現場」とはなにか。帯に、つぎのような説明がある。「「核心現場」とは、沖縄、朝鮮半島、台湾のように歴史的矛盾が凝縮された「分断」の場所であるとともに差別において苦しみのあるすべての現場を指す。分断構造と構造的差別を解体し、既存の学術制度を超える「共感と批評としての歴史学」と「社会人文学」を提唱。そこに生きる人々の苦しみを受けとめ、現実に触発された実践的な共生への道を提示する」。

 プロローグには、タイトルにある「新しい普遍」だけでなく、見出しに「新天下主義」と「複合国家論」がある。「新しい普遍」を構想する必要性を、著者はつぎのように説明している。「まず取り上げたいのは、西洋近代が体現してきた普遍主義の克服という、(すでに繰り返し論じられてきたが、いまだまともに解決されていない)古い課題を新たに遂行しようとする中国での意欲的な試みについてである。最近の中国の論壇は、欧米中心の普遍主義に対する代案として、もう一つの普遍を模索することに躍起になっている。それが「北京コンセンサス」を超えた中国モデルを構築しようとする議論であるが、その目標がまさに普遍的価値なのである。この中国発の普遍に対して、中国の外にいる人々がどのような立場をとるべきかは、近隣の東アジア知識人の課題であるだけでなく、世界的規模の課題でもある」。「また同時に、最近の東アジア諸国のあいだで生じている相互嫌悪感情の沸騰と、それに連動して各国内部で深まりつつある対立もまた、「新しい普遍」への探求を求めている。交流と協力の積み重ねによる相互理解の増進だけでは解決は難しい。より根本的な構造の変化とそれを説明しうる認識の枠組みが必要とされているのだ」。

 「「新天下主義」は、中国で自由主義派の知識人または「公共知識人」と呼ばれる許紀霖が近年力説している言説である」。天下主義を「「脱中心と脱ヒエラルキー化」するとともに、「新しい普遍性」を創造することで」新たな天下主義に生まれかわり、「その新天下主義が今日の中国内外の状況に適用されると、次のような五つの圏域において重層的に現れることとなる。第一に、中国大陸の核心区域では「一つの制度、互いに異なるモデル」を施行し、第二に、辺境区域では「一つの国家、互いに異なる文化」を実現し、第三に、香港・アモイ・台湾地域では「一つの文明、互いに異なる制度」を実験し、第四に、東アジアにおいては「一つの地域、互いに異なる利益」を認め、第五に、国際社会では「一つの世界、対外に異なる文明」を適用する。一言でいうと、複合型ネットワーク、すなわち民族国家の同一性の原理に中華帝国(特に清帝国)の弾力性と多様性を尊重する多重体制の経験を補完した秩序である。この秩序は国際社会において「共有する普遍性」を具現したものである。彼はそれが「各種の文明や文化に対する重なり合うコンセンサス(重疊共識)」という特性を持つと説明する。韓国と日本で用いられる言葉に置き換えるならば「多文化共生」に該当するだろう」。

 「複合国家論」については、つぎのように説明している。「複合国家はあらゆる種類の国家形態を包容する、いわば傘のような包括的構想である。さらにいえば、国家間の結合様式であると同時に、国民国家の自己転換様式を兼ねた、新たな国家機構を創設する作業を指す。具体的には南北朝鮮が平和的合意によって創意的な統一国家形態を具現する過程で提起された方案であり、その過程は東アジアで起きている様々な自治権運動を促進できると思われる」。「国家主権や国民主権ではなく、人民主権の概念を導入する」。「柔らかい主権をめざした複合国家構想」は、香港やマカオだけでなく、沖縄や台湾、さらに東南アジアにも適用可能である。

 著者は、「人民主権の概念を導入する」ことによって、新たな可能性をつぎのように述べている。「政治的に完全に平等な人民が、自ら主権者として統治主体となる人民主権に基づくかぎり、統治主体は複数になりうる。そこでは州と連邦(聯邦)のように国家主権を分割することも、さらに規模の小さい地域主権を構想することができ、国家を越えた連帯も可能となる」。

 著者は、本書で何度か、東アジアに東南アジアを含めて議論をすすめている。だが、東南アジアについて具体的になにも語っていない。著者の考えは、つぎのように台湾までしかいっていない。「東アジア言説を東北アジア中心主義に傾かせないためにも、東南アジアを受け止めることが重要となるが、その際、南島文化と漢族文化が交差する台湾の役割はきわめて重要である」。流動性の激しい海域社会の共生の知恵である、非公式対話を重視し全会一致を原則とするアセアンウェイという概念は、まったく考察の対象になっていない。流動性が激しいグローバル化社会にあって、「共有する普遍性」のモデルは海域東南アジアにあると思われる。東南アジアを「社会人文学」で考察する必要があろう。沖縄、朝鮮半島、台湾、香港などを中国語、韓国語、日本語を話す東アジアの「核心現場」とみなすことによって解決を模索するなら、東南アジアを加えた東アジアという枠組みを設定することによって、日中韓を「核心現場」として日中・日韓の歴史問題などを解決する場をつくることができるかもしれない。

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