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2017年09月19日

『靖国神社-「殉国」と「平和」をめぐる戦後史』赤澤史朗(岩波現代文庫)

靖国神社-「殉国」と「平和」をめぐる戦後史 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 「本書は二〇〇五年七月、岩波書店より刊行された」とあるが、主題の「靖国神社」は同じでも、副題は「せめぎあう<戦没者追悼>のゆくえ」から「「殉国」と「平和」をめぐる戦後史」に変わった。著者、赤澤史朗は「「旧版」と現代文庫版とが、その副題の違いで識別できるようになる」が、「一二年を経た今日でも」「靖国神社問題の根幹は変わらない」ことを、つぎのように述べている。「本書でも多様な目的・形態での「慰霊」追悼が競合する中に、靖国神社の「慰霊」追悼もその一つとしてある、という筆者の基本的認識の枠組みは変わらない。そして戦後初期には、「殉国」と「平和」の二つがともに戦没者「慰霊」追悼のシンボルとして機能していた時代もあったが、やがて「殉国」と「平和」が分離して対立的なシンボルへと変わっていったという、旧版で示した認識も変化していない」。

 しかし、この間、「重要な新資料が公開され、筆者自身の研究が進んでその考えも多少変わってきている点がある」こと、「現在靖国問題がますます硬直化した歴史認識の争いとなっている状況」から、「一部の改訂をおこなった」と記している。

 現代文庫版には、西村明の「解説 分断と二分法を超える構想力」が加わった。解説者は、「赤澤史朗の仕事に学ぶ」のなかで、「一〇年以上前に刊行された本書が全く色あせておらず、さらに情報が増補されることでますます今日的意義の大きな作品であると感じさせる」理由を、つぎのように説明している。「一つには『思想動員』[赤澤史朗『近代日本の思想動員と宗教統制』(校倉書房、1985年)]以来の近現代日本社会の問題点を見つめ続け応答してきた赤澤の思想史研究者としての真摯な姿勢によるのだろうが、同時にまた、昨今の右傾化が指摘される社会情勢と、戦前の治安維持法を容易に想起させる「組織的犯罪処罰法改正案」(いわゆる共謀罪法案)がテロとの戦いという大義名分のもとで十分な議論も尽くされずに国会を通過した現時点(二〇一七年六月)にただよう、生きづらさの実感や抑圧的社会が到来する予感からも来ているだろう」。

 ただし、読み直しの注意点を、つぎのように挙げている。「今回の右傾化が一見戦時期や戦後の靖国国家護持法案推進の流れに棹さしているように見えながら、ただそれだけではないということである。たとえば「ネトウヨ(インターネット空間上の右翼)という表現に端的に示されているように、それは二〇一〇年代の科学技術的・社会的文脈を踏まえたうえで生じたきわめて今日的な現象でもある。したがって、単純に従来の右翼・保守思想の延長でそれを理解するならば、事態をとらえそこなう可能性がある」。

 そして、つぎのような文章で「解説」を終えている。「戦後の靖国神社に「平和」へのベクトルも存在したように、右か左か、敵か味方かといった単純な二分法・先入観で状況を切り分けることがますます難しい段階に来ている。先入観でもって安易な二分法を適用せず、世代を超えた時間的射程で、明治期の創建から戦後の宗教法人化、そして日本国憲法の政教分離原則を踏まえた是非をめぐる状況を整理してみせる、赤澤の粘り強い資料の読みは、そうしたポスト世俗社会における靖国神社と社会の今後のあり方を考える上でも、たいへん示唆に富む構想力をわれわれにもたらしてくれるはずである」。

 時事問題を扱いながら、12年経っても色あせない本はすごいと思うと同時に、状況が好転していないことにやるせなさを感じる。本書を読めば、問題の所在ははっきりし、解決方法も見つけることができる。しかし、それを拒む数々の要因にも気づかせられる。政治問題化、国際問題化して後戻りができなくなったものには、正論が通用しなくなる。それでも研究者は、正論を吐きつづけなければならない。本書が大幅に改訂できなかったことで、事態の深刻さがより深まったということができるだろう。

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