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2017年08月08日

『現代の<漂海民>-津波後を生きる海民モーケンの民族誌』鈴木佑記(めこん)

現代の<漂海民>-津波後を生きる海民モーケンの民族誌 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 本書の目的は、「2004年インド洋津波に被災した海民モーケンを事例として、被災前の彼らの社会状況も歴史的に詳しく描くことで、被災後の生活がどのように変容していったのか長期的な視点から明らかにすることである。また、アンダマン海域のモーケン社会-特にタイ・スリン諸島モーケン村落-で起きた具体的事実を丁寧に追い、特殊で個別的な事例を深く考察することで、他の被災地域を考える上で有用な知見を提供することを目指している。さらに、本書全体を通して、他の専門分野の研究者や実務者と連携する中で、人類学者/地域研究者はどのような立ち位置を築くことが可能であるのかを考えていきたい」。

 本書は、はじめに、序論、全4部、結論、おわりに、からなる。序論は2章、第1部2章、第2部3章、第3部3章、第4部3章、結論1章の全14章からなる。1章当たり平均20頁余で、なかには10頁にみたない章がある。細切れになった議論がおこなわれている部分があるため、「はじめに」にある「本書の構成」を踏まえて読むと、本書の大枠がつかめる。

 「まず序論第1章[災害の人類学]で、本書において重要なテーマである「災害」について、人類学的研究の課題を明確にし、本書の方向性を示す。そして第2章[漂海民再考]で、漂海民に関する先行研究を批判的に検討し、本書の主人公であるモーケンを「海民」としてとらえる意義について説明する」。

 第1部「モーケンの概況」では、「モーケンが暮らすアンダマン海域の諸特徴とモーケンを含む隣接集団の基礎情報を整理して紹介する」。第2部「津波被災前の生活世界」では、「2004年インド洋津波に被災する前のモーケンの生活世界について論じる」。第3部「津波をめぐる出来事」では、「2004年インド洋津波に被災した後の、モーケン村落の動態を考察する」。そして、第4部「国家との対峙」では、「国家と向き合うモーケン社会の様子を描く」。

 結論である第14章「現代を生きる海民-被災社会とのかかわりを考える」では、「現代のモーケンを取り巻く社会状況に目を配りながら、海民の生活にどのような変化が見られるのかについて総合的に考察を加える。その上で、国家に急速に包摂されつつある状況の中で、海民として生きようとするモーケンの思いについて取り上げる。そして最後に、長期的な視野のもと被災社会を描いた本書の意義を示した上で、災害研究における人類学者/地域研究者の立ち位置について考える」。  第14章は、3節からなる。第1節「変化の諸相」では、「津波後の生活の変化について論じた第3部以降を振り返り、①認識の変化、②住まいの変化、③漁撈活動の変化の3点に注目し、2012年の村落再訪時に得た情報を加えながら、これまでの考察で得られた知見をあらためて整理」した結果、つぎのような結論を得た。「2004年インド洋津波後にモーケンの国籍問題が取り上げられ、政府によって随身証が発行・配布されたことで、モーケンの生業空間は被災前よりも確実に狭まってきているように見える」。だが、「スリン諸島のモーケンは国家権力に抵抗するように、公的機関の監視の目をかいくぐるようにして移動を繰り返し、さらに深く、さらに広範囲における漁撈を、警察に捕まるリスクを冒してまで展開している」。

 第2節「国籍を与えられなかった人びと、与えられた人びと」では、「国籍を与えられたモーケンと国籍を与えられなかったモーケンの語りを取り上げて、変化のただ中にある彼らの生活を論じ」、つぎのような結論を得た。「現代を生きる海民モーケンは、災害を契機として、国家や国境という上からの支配装置に組み込まれつつある。今やモーケンの一部は市民証を持つようになっており、国籍保有者数は今後さらに増えるだろう」。だが、「これからもモーケンは、海産物という恵みをもたらし、ときに津波となって襲いかかる海と寄り添って生きていくのではないか。津波後に訪れた変化の荒波の中で、たくましく生きぬいてきた彼らの姿を間近で見てきた私は、そう感じている」。

 そして、第3節「災害の人類学/地域研究へ向けて-津波から10年が過ぎて」では、「本書の意義を示した上で、災害研究における人類学者/地域研究者の立ち位置について考え」、つぎのような結論を得た。「特定の地域社会に長期的に関わることで、被災前の状況を被災後の状況と同じように知っている人類学者/地域研究者は、他の専門分野の研究者や実務者だけでなく、被災地を訪れる一般の人びとに情報を提供し、彼らを被災社会へと結びつける役割を果たせるのではないだろうか。そこに、人類学者/地域研究者の1つの立ち位置があるように思える」。

 『広辞苑 第五版』(岩波書店、1998年)によると、「民族誌」とは「特定の民族や集団の文化・社会に関する具体的かつ網羅的な記述」とある。本書は、特定の民族であるモーケンの「文化・社会に関する具体的かつ網羅的な記述」である。そして、それに「災害」という要素が加わっている。そこで、どういう「化学反応」が起こったのか起こらなかったのか、被災後10年の記録である。ただでさえ、近年海民社会は「陸民」に侵食されて、自律性を失いつつある。そんななかで災害という大きな転機が、ますますその自律性を奪い、社会そのものが存続の危機にある。こういうことは、実は調査しなくても、想像で書ける。著者が、「人類学者/地域研究者の立ち位置」にこだわるのは、想像で書けるようなことを超えて、長期的に間近で見てきて、感じたからこそ書け、かれらの未来を語ることができると確信しているからだろう。

 もうひとつ、「立ち位置」として考えなければならなくなってきているのが、「外国人研究者」の立ち位置である。すでにタイ人研究者がモーケンについて関心を示すようになってきている。さらにモーケン出身者あるいはひじょうに身近な近縁者などが、モーケンを研究対象とするようになったとき、「外国人研究者」はどういう立ち位置で、なにをすることができるのだろうか。すこし前まで考える必要のなかったことが、「人類学者/地域研究者」のあいだでおこってきている。

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