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2017年08月01日

『ミャンマーの歴史教育-軍政下の国定歴史教科書を読み解く-』田中義隆著・編訳(明石書店)

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 本書は、「ミャンマーの歴史教育の内容とその実践状況を一人の中学校教師[シュウマウン]の目を通して」語られている。その構成を著者、田中義隆は、つぎのように説明している。「「序章」ではその主人公たる中学校教師について、彼の生い立ちや現況について語ってもらっています。その後、本文に入ると九つの章立てになっています。基本的に年代順の構成をとっており、「第1章『先史時代』を教える」、「第2章『古代の都市国家』を教える」、「第3章『最初の統一王朝 パガン朝』を教える」、「第4章『小国分裂の時代』を教える」、「第5章『二度目の統一王朝』を教える」、「第6章『最後の統一王朝 コンバウン朝』を教える」、「第7章『イギリス植民地時代』を教える」、「第8章『独立後の時代』を教える」、「第9章『社会主義国家から軍事政権、そして民主政権へ』を教える」と進んでいきます。各章には、歴史教科書からの内容抜粋のほか、主人公が該当単元を教えていく際に、日頃から考えていること、疑問に思っていること、さらには悩んでいることなどが述べられています。この主人公については「序章」にて経歴などを紹介していますが、彼は、教師歴も長く、留学経験もあり、一般のミャンマーの教師に比べてかなり幅広い視点をもち、異なった歴史観をも理解できる柔軟な姿勢をもった人物だと言えます。したがって、彼の現行歴史教育に対する心情は、読者みなさんが同国の歴史教育の実態を理解する上で大きな一助となることでしょう」。

 この主人公が実在の人物ではないことは、「おわりに」でつぎのように述べられている。「実は、彼は実在する人物ではありません。しかし、全くのフィクションでもありません。私がミャンマー滞在中にお会いした数多くの歴史教師のイメージを統合して私自身が創り上げた人物像です。しかし、彼が本書で語る歴史観は、私がお会いして実際にインタビューして得た膨大なデータをもとに構成していますので、ミャンマーの中学校で歴史教育を担当されている現場の先生方の本音でもあるわけです」。

 著者は、「日本政府による政府開発援助(ODA)の一環として、中国、モンゴル、タイ、ラオス、ミャンマー、ベトナム、インドネシア、フィリピン、マレーシアなどのアジア諸国、及びパプアニューギニア、ソロモン諸島などの大洋州諸国での教育開発業務に従事。また、欧米諸国やオーストラリア、ニュージーランドなど先進諸国での教育調査も行」い、ミャンマーには2013年から長期滞在した。

  著者は、本書を執筆した理由をつぎのように4つあげている。「まず一つ目として、「歴史的な遺産の保存」[ゴチは原文通り]という理由です。ミャンマーの現行中学校及び高等学校の歴史教科書は一九九九年の軍事政権時代に同国教育省によって編纂されたものです」。「しかし、二〇一一年からのテインセイン政権下での大胆な政治改革、社会改革によって、この現行教科書もあと数年もすれば、新しい教科書の登場によって消滅してしまう可能性があります」。「二つ目は、ミャンマーという国を知る「絶好のタイミング」であったという理由です」。「約五十年余りも続いた軍事政権が完全に終わり、真の民主主義国家に生まれ変わるのではないかという大きな期待が」あり、「この絶好のタイミングを機に、ぜひともミャンマーについて我が国の人々にも知っていただきたいと考えたのです」。「三つ目は、意外と知られていないのですが、ミャンマーという国は「我が国と密接な関係のある国」だということです」。「四つ目の理由として、私にとって「本書の執筆を行う条件としての環境が整っていた」ことがあげられます」。「私は、政府開発援助(ODA)の業務の一環として、独立行政法人 国際協力機構(JICA)が実施する教育プロジェクトにおいて、二〇一三年からミャンマーに長期滞在しながら業務を行う機会を得ており、この中で同国の現行教科書、特に社会科、地理、歴史などの社会科学分野の教科書に日々触れる機会があったのです」。

 また、ミャンマーの国定歴史教科書の主要な特徴を、つぎのように5つあげている。「まず一つ目の特徴は、記述内容が全体的に一つの大きな歴史物語というよりも、むしろ歴史的出来事や事象の断片的記述に留まっているということです」。「二つ目の特徴として、ビルマ族を中心とした歴史内容になっているということです」。「三つ目の特徴として、今流行の「ジェンダー」という視点から見た場合、ミャンマーの歴史教科書の記述はかなり「男性」的な視点(あるいは「強者」の視点)を中心にしていると言えます」。「四つ目の特徴として、現代史、特に一九七三年以降の記述がほとんどないということがあげられます」。「五つ目の特徴として、これは読者の皆さんにとって最も興味関心のある点かもしれませんが、ビルマ植民地時代における支配者側であったイギリスと日本に対する記述の基本的な姿勢がかなり異なっているという点です」。そして、なによりの特徴は、「教える」視点で書かれ、ともに「学ぶ」という視点ではないということだ。ということは、なにを目的に「教える」のかが重要になってくる。

 著者は、軍事政権下に編纂された弊害を、「表現の自由などをはじめとする基本的人権が著しく制限されており、国家自体が消極的な内向き政策をとっていたために、国民の思想や考え方はかなり統制されていました」と述べている。軍事政権下であるため、当然といえば当然であるが、問題としなければならないのは、そのような状況下にあって、語る必要があったものはなにで、それはどういうことを意味しているのかということである。また、軍事政権下ではなくても、教科書はどこの国でもさまざまなレベルの「統制」が加えられている。その顕著な例として本書を読み、自国やほかの国の教科書を考えることである。「国定歴史教科書を読み解く」ことによって、それぞれの「おくに」事情というものがみえてくる。

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