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2017年07月18日

『建築人類学-読む・描く・造る』牧野冬生(春風社)

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 著者は、「はじめに」の冒頭、建築人類学について、つぎのように説明している。「建築人類学は、異文化理解という営為を、人類学者と他者の協働による広義の建築に関する「読む・描く・造る」という円環プロセスの不断の実践のなかに見出そうとする取り組みである。人類学者と他者との相互理解の枠組みとして視覚化された建築という共有のフレームワークを利用し、広義の建築を読み、描き、造ることを通じて、人類学的フィールドワークの成果を対象社会に還元していく。その対象社会に限定はないが、本書が対象とするのは社会的に弱い立場にある人びとが暮らす不法占拠地域、一般にはスラム地域といわれる場所である。建築人類学は、人類学という枠のなかで既存の民族誌的実践を構築していくというよりも、積極的に対象社会にコミットしながら広義の建築に関わり、人類学という枠組み自体を再構築しようとするひとつの試みである」。

 「建築人類学は、旧来の人類学が抱えていた三者間の枠組みを組み替えることで、アカデミズムという制度内の知とその制度外の知を協働させた新しい知を生成する場の提案」でもあり、その方法は3つのフェーズから成り立つという。「第一フェーズは、フィールドワークを通じて「広義の建築」を読む作業である。人類学者は、住民の家族、社会構造、都市認識、日常生活におけるさまざまな慣習、多様な居住形態を捉える。構築物としての建築のみに焦点を当てるのではなく、「広義の建築」に関して長期の参与観察を実施し、住居の動的側面を把握する。すなわち、既存住居に内包されたコンテクストを読み解くことにとどまらず、住居自体やコミュニティにおける住民に共有の場が新しい人間関係を喚起するダイナミックな動きを捉えることである。第二フェーズは、「広義の建築」に関する解釈の共有である。第一フェーズで実施したフィールドワークの成果を他者と共有し、相互批判的な解釈を可能とするために、「視覚化された建築」という共有の枠組みを利用する。第三フェーズは、建築的実践(建築民族誌)の構築である。第二フェーズにおける批判的解釈の相互共有を基底に、具体物としての可視的建築を構築する過程である。人類学者は地域社会に積極的に関与し、他者と協働して建築実践(建築家、設計、施工プロセス、監理、財務など)に関わる。協働で建築を創造する実践的過程を通して、他者の属する社会に新たな解釈を生みだす具体物を創造する。この第三フェーズにおいて構築された建築民族誌は、住民生活を支える基礎となり、「広義の建築」として読まれるべき新たな対象として、第一フェーズに再帰する。建築人類学の方法は、第一フェーズから第三フェーズの再帰的プロセスなのである」。

 本書は、「はじめに」と全6章からなる。「一章-自省 人類学、住居、都市」「二章-巡環 新たな知を生成する場」で研究の理論あるいは方向性を示したあと、3~6章では、「ケーススタディのなかで、建築人類学のフェーズ一からフェーズ三までの取り組みについて」考える。その「広義の建築を読むケーススタディとして」、「フィリピン大学内の不法占拠地域を対象」とし、つぎのように説明している。「この不法占拠地域の空間特性は、極度の狭小性・密集性・隣接性である。この強いられた特性が、通常あるべき生活機能の場を奪うとともに、新たな共同生活の場を生みだしている」。「フィリピン大学には一九ヶ所の不法占拠地域が存在している。この不法占拠地域は大学の開発計画の影響を受けており、大学当局による実態把握がおこなわれ、不法占拠という居住形態の見直しが模索されていた」。

 3~6章では、「占拠 棲むということ」「改善 セルフビルド」「解読 空間、人間、共同体」を経て、最終章「協働 イメージを共有し場を作る」へと進め、「人類学的成果を建築計画へ具体的に応用する試みとして、メトロマニラ貧困地域における建築的実践(建築民族誌)を考え」た。「本案の骨子は、コミュニティ内に複数のコア・ユニットを配置し、コア・ユニット群を拠点として援助側(人類学者)と被援助側(住民)が協働で生活空間を改善することにある」。

 そして、つぎのように結んでいる。「不法占拠地域の<顔>の見える場で作られる、ある緩さを持った空間、儀礼親族を戦略的にもちいた人間関係、差異を許容する関係性などは、極端な住居の狭小性、密集性、隣接性によって顕著な形で確認できる。本案は、そうした人類学的成果を住民と共有し、具体的な広義の建築を造るプロセスに応用する試みである」。「都市貧困地域の改善は、長期にわたる持続的な開発プロセスである。それは、たんに空間のみを改善していくのではなく、人間関係、仕事、子育て、遊びといった生活のすべてに関わる事項に取り組むことである。本書では建築人類学を、住民とともにどのような場の構築が可能なのかを検討し、建築的実践(建築民族誌)によって具体的な空間を住民と協働で造り、生活の場の更新を重ねていくプロセス全体と考えた。そこでは、広義の建築に関する「読む・描く・造る」という円環プロセスの不断の実戦に向けた、持続的思考と行動力が求められている」。

 本書のキーワードのひとつが、「不法占拠」である。日本でも、山野で所有権や境界がはっきりしなかったり、敗戦後の混乱で市街地の境界がはっきりしなくなったりしたところがある。また、鉄道の沿線などで、線路脇の空き地を近くの住民が勝手に畑にしていることもある。フィリピンでは、土地の測量がおこなわれなかったり、「所有者」が土地を管理していなかったりで、「不法占拠」して暮らしている住民が大量に存在する。不法占拠住民は、身近に存在するコミュニティの一部になっている。フィリピン大学敷地内では、不法占拠住民のなかに大学職員がいる。不法占拠住民は、一般に人権も市民権も認められているが、ある日突然奪われることがあるかもしれない。また、不法占拠住民が経済的ゆとりができた場合、占拠地域から出ていくかというと、そうとは限らない。本書では、最低限の居住環境を確保するということが基本に語られており、それはそれで間違いではないだろう。だが、経済的に余裕のある者や一時的に多額の収入を得た者が住環境を整えるために、「不法占拠地」で多額の支出をすることもある。このように一筋縄では説明がつかない状況のなかで、建築人類学者の挑戦は際限なくつづくことになる。

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