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2017年07月11日

『アメリカとグアム-植民地主義、レイシズム、先住民』長島怜央(有信堂)

アメリカとグアム-植民地主義、レイシズム、先住民 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 2017年6月11日に、アメリカ自治領のプエルトリコで住民投票がおこなわれ、アメリカの51番目の「州への昇格」がほかの選択肢「自治領として現状維持」「独立」をおさえ、97%の圧倒的支持を得た。ただし、反対派が投票をボイコットしたため、投票率は23%しかなかった。1967年以来5回目の住民投票の法的拘束力はなく、アメリカ連邦議会が認めるわけもない。住民投票の1ヶ月ほど前の5月3日、プエルトリコは債務700億ドル(7兆8000億円)で、連邦地裁に破産申請をした。自治体として、アメリカ最大の破産である。アメリカの自治領とは、いったいなんなのだろうか。これだけの債務を抱えていることに、アメリカ本国の責任はないのだろうか。

 世界各地、とくに離島などには「独立国家以外の地域」が、さまざまな形態で存在する。アメリカの「海外領土」では、プエルトリコのほか、ヴァージン諸島、サモア、北マリアナ諸島、それに本書で対象とされたグアムなどがあり、自治的・未編入領域とされるが、これらの地域に住む人びとの市民権は同じではない。本書では、つぎのように説明されている。「これらの国々は、国際連合の太平洋諸島信託統治領(Trust Territory of the Pacific Islands: TIPI)として40年以上もアメリカの施政権下にあったあと、アメリカの自由連合国となった。この場合の自由連合国とは、アメリカと自由連合協定を結び、アメリカから期限つきの経済援助を受ける一方でアメリカに安全保障や防衛を委ねるものである。それぞれ国連にも加盟しているが、アメリカと非常に密な関係を保っているため、アメリカの完全な外部とも言いきれない。アメリカ領である非編入領土と一応独立した国である自由連合国とが同じ島嶼局の担当となっているということは、それぞれの政治的地位の特異性、つまり曖昧さを示している」。

 グアムは、1950年に出生地主義が適用され、アメリカ市民権をもつことになったが、合衆国憲法の規定による「憲法による市民権」ではなく、連邦議会の定めた法律による「議会による市民権」であるため、連邦議会の決定によって一方的に剥奪されることもありうるものである。同じく非編入領土であるヴァージン諸島では1927年にアメリカ市民権を得ているが、サモアではいまだに市民権を得ていない、国籍だけである。

 著者、長島怜央は、「序章」でつぎのように述べている。「本書はグアムにおけるアメリカの現在の植民地主義を中心に論じる。なぜ、どのようにしてグアムは海外領土としての政治的地位に置かれてきたのか。植民地支配に関連した歴史的不正義の認識に基づいて数多くの異議申し立てが行われてきたにもかかわらず、である。しかしこの問題は、アメリカの植民地支配を受けてきた他の島々と関連づけて考察しなければならないものでもある。そこで本章では、海洋帝国としてのアメリカ植民地主義全体を視野に入れながら、太平洋、とりわけミクロネシアに焦点を当てることとする」。

 著者は、アメリカの植民地主義やレイシズムをテーマとしたこれまでの研究では、グアムおける新たな状況に対応できないとし、つぎのような新たな観点から考察する必要を説いている。「本書で着目するのがカラーブラインド・イデオロギーである。カラーブラインド・イデオロギーとは、「カラーブラインド(肌の色を区別しない)」を支持するものであり、レイシズムや植民地主義を擁護するものではないが、結果的に既存の人種秩序や植民地支配を正当化してしまうものである(第1章参照)。本書は、チャモロ人の運動とそれに対するバックラッシュを対象とし、歴史的不正義に関する認識やカラーブラインド・イデオロギーについて考察する」。

 本書は、序章、全9章、終章からなる。「第1章では、理論的枠組みと先行研究の整理を行う」。「第2章では、アメリカによる植民地支配の社会的・文化的な影響という観点から、歴史研究と統計データに依拠しつつグアムの歴史を整理する」。「第3章では、第2次世界大戦と日本軍占領統治の体験・記憶を中心に据えながら、チャモロ人のアメリカ愛国主義について考察する」。「第4章では、チャモロ・ルネサンスとも呼ばれるチャモロの文化復興運動とチャモロ・ナショナリズムの歴史や現状を確認したあと、チャモロ人のライフヒストリーを見ていく」。「第5章から第7章にかけては、チャモロ・ナショナリズムを中心とするチャモロ人の社会運動の展開とその帰結を見ていく」。「第8章と第9章では、チャモロ人の権利や運動に批判的な動きを取り上げる」。

 終章では、4つの節「チャモロ人の権利主張のなかの歴史的不正義」「グアムのカラーブラインド・イデオロギー」「多文化主義と歴史的不正義」「グアムの将来-マリアナ諸島、ミクロネシアのなかで」で、「グアムの先住民運動における歴史的不正義の重要性を確認し、カラーブラインド・イデオロギーの特徴を整理し、多文化主義の議論のなかに歴史的不正義の議論を位置づける必要性を提起し、最後にグアムの将来について若干の展望を述べる」。

 本書のキーワードのひとつに「歴史的不正義」がある。著者は、終章第1節で、つぎのようにまとめている。「本書が明らかにしたかったことのひとつは、チャモロ人の権利の主張において何が根拠とされてきたかということである」。「自己決定の主体がチャモロ人とされるのは、彼らが被ってきた歴史的不正義ゆえである。アメリカの植民地主義によって、チャモロ人が自己決定や主権を奪われてきたからにほかならない。それゆえ、グアムが正式にアメリカ領となったパリ条約の施行時(1899年4月1日)が基準となりつづけているのである。住民投票の有権者資格を有する者の名称が、「チャモロ人」から「グアムのネイティヴ住民」へと変更されることとなったことも、結果的に歴史的不正義を強調することにつながっている。たんにエスニック・文化的な理由によるのではなく、歴史的不正義に基づいているということが明確化されるからである。また、チャモロ人の土地権が主張されるのも、米軍による土地接収という歴史的不正義の感覚が強くあるからである」。「これには、グアムでのフィリピン系住民の増加によって、チャモロ人が先住民アイデンティティを形成させたということも関係している」。

 終章第2節では、その「歴史的不正義を訴える主張は、カラーブラインド・イデオロギーによって大きく揺さぶられてきた」といい、つづけてつぎのように説明している。「アメリカにおけるカラーブラインドの考えの広がりは、カラーブラインド・レイシズムといいうる状況を生み出している。ハワイやグアムの先住民の権利に対するバックラッシュにも同様の論理が見られるが、植民地主義的な影響を考えると「レイシズム」では不十分なため、それらの場合はカラーブラインド・「イデオロギー」と呼んだほうが適切であろう。既存の人種秩序のみならず、アメリカの植民地支配をも正当化してしまう」。

 終章第3節では、「本書では、カラーブラインド・イデオロギーの展開によって、歴史的不正義が不可視化されてしまうという問題を明らかにしてきた」が、「そうした流れに抗して、歴史的不正義を正す」方途については、ほとんど論じることができなかったとし、この節をつぎのように結んでいる。「歴史的不正義や脱植民地化の観点から批判的多文化主義を捉えることは、被植民者を抱える国における植民地主義やレイシズムを分析するうえで、欠かすことのできない理論的視座を提供してくれるのではないか。たとえば、アメリカにおける他の非編入領土や先住民、日本におけるアイヌや沖縄・琉球の人びとについて考察するうえでも、多くの手がかりを与えてくれるであろう」。

 そして、最後の第4節「グアムの将来-マリアナ諸島、ミクロネシアのなかで」は、つぎのようなことばで締めくくられている。「ミクロネシア人が急増したグアムや北マリアナとミクロネシア諸国とのあいだのほうが人間的・社会的結合関係が深まっているともいえる。そうしたなかで形成されるミクロネシアのリージョナル・アイデンティティにも注目すべきである。多くの問題を共有可能なミクロネシアの地域内の連携は、大きな可能性を秘めている」。

 2010年のグアムの人口は159,358、北マリアナ諸島53,883、ミクロネシア連邦103,619、マーシャル諸島共和国52,428、パラオ共和国20,470である。かつて中央と周縁との関係が従属理論や世界システム論でさかんに議論されたことがあった。本書で取りあげられた国や地域は、あまりにも小さく、その議論の対象になることはなかった。その前の民族国家形成をめざすナショナリズム運動については、論外であった。それが議論の対象になったのは、グローバル化の影響である。国家を中心に議論された近代と違い、ローカルやリージョナルも議論の対象となり、ローカルとリージョンとの関係が注目されるようになってきたからである。著者が、グアムの将来をリージョンの求めたのも、この流れにある。

 また、アメリカと独立国家との関係、たとえばFTAや軍事協定なども、本書の考察を通じて考えることができる。アメリカにとって、「海外領土」と独立国家との違いはなんなのだろうか。違いがない場合、ない面があるのではないだろうか。EUやASEANのような地域協力機構が力をもつようになれば、アメリカの対応も変わり、小さな国の国際問題は案外簡単に解決するようになるのかもしれない。そう考えると、これまで見過ごしてきた太平洋諸島の問題は、現代社会を理解するための重要な事例研究になったといえるだろう。

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