« 2017年06月 | メイン

2017年07月25日

『戦禍を記念する-グアム・サイパンの歴史と記憶』キース・L.カマチョ著、西村明・町泰樹訳(岩波書店)

戦禍を記念する-グアム・サイパンの歴史と記憶 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 著者の「カマチョ氏は、チャモロ人やカロリン人を抑圧してきた欧米や日本の政治に対しては徹底して批判的である」と「解説」に書いてある。また、解説者の矢口祐人(東京大学大学院総合文化研究科教授)は、本書の意義をつぎのように説明している。「カマチョ氏はグアムとハワイで、アメリカの影響下にある太平洋の島々が直面する矛盾や問題を日常的に感じつつ、太平洋の島々の近代史を再考しようとしてきた。これまでの太平洋島嶼史は先住民に焦点をあてたものについては考古学的な古代史が一般的で、近代の歴史は、イギリス、フランス、アメリカ合衆国、日本などの植民者の視点から考えるものがほとんどであった。たとえば日本で刊行されているマリアナ諸島の歴史は、日米の戦いを、日本軍や日本人市民の視点から描いたものが大半である。日本ではサイパンで多くの兵士が玉砕し、市民も自ら命を断ったことは広く知られている。しかしそこで不可避的に日米の戦争に巻き込まれたチャモロ人やカロリン人にとっての戦前、戦中、戦後の歴史に正面から取り組んだ書はない」。

 「本書ではまず、マリアナ諸島における第二次世界大戦の記憶について検証するが、さらにその記憶が植民地主義政策や現地民の文化的行為者性によってどの程度特徴づけられているのかについて、そして最後に、記念行事による特徴づけについても検証する」。著者、カマチョの関心は、「たんに戦争の歴史というものを暴力的な過去だけに限定して提示することにあるのではなく、むしろマリアナ諸島において長いあいだ主題化されずに周縁化されてきたいくつかの論点について、さらなる議論を育んでいくことにある。本書はチャモロ人の著者がそうした取り組みに向けて、群島全域にわたってチャモロ文化内外の諸関係を考察しまとめたマリアナ諸島の歴史叙述としては初の試みとなる。これまで、マリアナ諸島に関するほとんどの研究は、アメリカ合衆国未編入領土〔準州〕であるグアムと、北マリアナ諸島自治連邦区という二つの現行政体に焦点を当ててきた。その結果、実際には、植民者や地元の人びとや移民といった諸集団のあいだで、多くの接触や交流が見られた時代の研究においても、グアムと北マリアナ諸島とが一見分離し関係を持たない地域であるかのように捉える歴史叙述の傾向が生じたのである。読者に対してはグアムと北マリアナ諸島を比較しながら焦点を当てる際に、この群島の分断された歴史について認識し、注視し、検証するよう勧めたい。私のねらいは、対立的な植民地史の産物であるこうした分裂状況の源流を探求し、それに代えて、過去をめぐるチャモロの文化的・政治的語りを表現するための包括的な場を生み出すことにある」。

 本書は、序章「戦争・記憶・歴史」と全7章からなる。終章や結論、あとがきなどはない。序章第4節「本書の構成」冒頭で、「本書において私は、三つの理論的テーマについて検証する」と述べ、つづけて「第一の目的は、ローカルとグローバルにおける同一化と差異化のプロセスとして、「文化」が果たす機能のあり方を探求することである」とし、つぎのように説明している。「集団の文化的ラベルが、世代間や文化内に存在する多様性や区別というものを時に画一化し、あるいは植民者や地元民、移住者同士の対立する利害さえ助長するのであれば、これは重要な考察となる。地元民においては、「集合的なアイデンティティを示すために用いられる」「インディアン」や「ハワイアン」という概念は、「多様な人びとを再定義し、再配置するなかで植民者が創出し、被植民者に押しつけたカテゴリーを前提とするものである」。しかしながら、文化的なカテゴリーが具体化されたのは、たんに植民地化だけの結果ではなかった。文化的アイデンティティや連帯、差異性といった観念はまた、文化、人種、伝統といった人類学的概念によっても形成されたものである」。

 第1章「忠誠と解放」では、ジェフリー・ホワイトが「ソロモン諸島において第二次世界大戦をめぐって対立する記憶が「忠誠」や「解放」といった歴史的な語りを形成してきたことを論じている」「議論を元に、マリアナ諸島における日米の植民地主義と土着の文化実践とのポリティクスを議論する」。この「第一章ではまた、「植民地主義」がどのような方法で植民者と被植民者のニーズに配慮するのか、という本書の二番目の目標に対して部分的に応答している。つまり、植民地主義に対するこのような立場によって、植民地主義や抵抗の歴史叙述をある部分で規定し続けてきた政治上の征服や宗教上の改宗、経済上の従属といった強圧的で暴力的な歴史を認識することができるのである」。

 第2章「マリアナ諸島における第二次世界大戦」では、「マリアナ諸島における第二次世界大戦について検証することで、植民地主義のポリティックスと現地民の文化的行為者性に関するこうした議論の幅を拡げたい。戦時期の植民地政策や土着の文化をめぐるポリティクスの動因やその帰結に注意を払いつつ、群島における第二次世界大戦の歴史を精査した」。

 第3章「戦争の爪あと」で「焦点を当てるのは、マリアナ諸島における第二次世界大戦直後の時期である。ここでは次のように問いを立てた。つまり、忠誠と解放が戦争以前の時代における植民地主義の歴史を語るうえで鍵概念として機能していたのだとすれば、戦争直後の時期にはどのように作用したのだろうか、というものである」。

 「本書の第三の目標は、過去の想起や記念に対する人びとの積極的な関わりを論じることである。すなわち、平凡な人びとが歴史によって作られるのと同程度に、彼らが「歴史を創出している」ということである。第4章「宗教的行列から市民的パレードへ」と第5章「英雄なき地」では、「多様な世代のアメリカ人、チャモロ人、日本人が戦争をずっと記憶し、彼らが適切で意味深いと認めたやり方で戦争の解釈をたえず行っていることを示す」。

 第6章「記憶と歴史の周縁で」では、「日本が一九四一年から一九四四年までの戦時期にグアムで行った現地民労働者の徴用という「忘却された」歴史を検証することで、マリアナ諸島における集合的忘却の問題について検討する。ここでは、戦時期の大日本帝国に対する現地「協力者」とでも言えるような人びと、すなわちチャモロ人の「慰安婦」や通訳、警察助手といった人びとの役割について議論を行う」。

 そして、第7章「ドゥエニャス神父の生涯と死」では、「結論として、第二次世界大戦の社会史として本書で探求した主要テーマに立ち返りたい。植民地主義のポリティックスと現地民の文化的行為者性の変化によって、マリアナ諸島における記念行為は将来どうなっていくのだろうかという問題を提起する」。著者の関心は、「過去がいまだ過ぎ去っていないということや、人びとが歴史の創出に意識的に携わっているのだということを示すことにある」。

 第7章を「結論」としていることから、著者は、第7章の終わりのほうで本書をつぎのようにまとめている。「本研究では、こうした記念行為の歴史に学問的関心を集めることで、読者諸氏に対して、歴史学者のジョン・ダワーが名づけた(日米における戦争をめぐる学術的、大衆的想起を支配し続けている)戦争をめぐる「勝利」と「悲劇」の語りを乗り越えてもらえたらと考えている。本書において私は、戦争をめぐる単一の語りが、マリアナ諸島において現在中心的な戦争記念である解放記念日の意味と方向性を支配しているわけではない、ということを示してきた。忠誠と解放という概念は、持続的な反省と吟味と変化を経てきた。さらには、それらは、チャモロ人たちが決して心の底から忘れ去ることのない戦争の過去に対する記憶や社会関係をつねに媒介している概念なのである」。

 そして、本書における「理論的テーマ」「目的」「目標」の関係がよくわからないが、「本書における私の第三の目的は、アメリカ人と日本人とともに、チャモロ人たちが、「歴史」によって生み出されていると同時に、積極的かつ意識的に「歴史」を作り出してもいるということを示すことであった」と述べ、続けてつぎのように本書を結んでいる。「歴史とは、過去に関する経験主義的研究やポスト植民地主義的研究を形成するにとどまらない。また、たんに直線的な語りや円環的な語りを創造するにとどまらない。植民地化と脱植民地化の歴史は、それらが議論の唯一の焦点となるわけではないにしても、学術的な注目を必要としている。太平洋における歴史の創出は、一九四五年以降にマリアナ諸島で行われてきた戦争の記念行為に明らかなように、競合と祝祭との活気に満ちたプロセスなのである。私の希望するところは、チャモロ人たちが過去に行ってきたように、チャモロ人自身と他者とが理解しあうための共通の基盤をさらに育んでいくようなやり方で、戦争を記念し続けていくことである。相互に配慮を持った視点で過去を解釈することは困難で、時に暴力的な課題ともなるが、二一世紀のアメリカ植民地主義の舞台となっている太平洋諸島では早急に求められている視点なのである」。

 近代国民国家では、国民のための歴史が語られてきた。国家や国土をもたない民族にとって、歴史を語ることは困難で、社会史として語られても、自分たちを主題とすることはたやすいことではなかった。グアムやサイパンにおいても、植民支配した宗主国を中心に語れてきた。だが、国民だけでなく市民も重視される時代になって、市民社会を創ってきたのはだれか、これからの社会を創っていく主体はだれか、が問われるようになった。それは、過去への責任と同時に未来への責任を問うことになる。では、そのような社会での歴史教育はどうなるのか。グアムやサイパンで、どのような歴史教科書が使われているのか、知りたくなった。

→紀伊國屋ウェブストアで購入

2017年07月18日

『建築人類学-読む・描く・造る』牧野冬生(春風社)

建築人類学-読む・描く・造る →紀伊國屋ウェブストアで購入

 著者は、「はじめに」の冒頭、建築人類学について、つぎのように説明している。「建築人類学は、異文化理解という営為を、人類学者と他者の協働による広義の建築に関する「読む・描く・造る」という円環プロセスの不断の実践のなかに見出そうとする取り組みである。人類学者と他者との相互理解の枠組みとして視覚化された建築という共有のフレームワークを利用し、広義の建築を読み、描き、造ることを通じて、人類学的フィールドワークの成果を対象社会に還元していく。その対象社会に限定はないが、本書が対象とするのは社会的に弱い立場にある人びとが暮らす不法占拠地域、一般にはスラム地域といわれる場所である。建築人類学は、人類学という枠のなかで既存の民族誌的実践を構築していくというよりも、積極的に対象社会にコミットしながら広義の建築に関わり、人類学という枠組み自体を再構築しようとするひとつの試みである」。

 「建築人類学は、旧来の人類学が抱えていた三者間の枠組みを組み替えることで、アカデミズムという制度内の知とその制度外の知を協働させた新しい知を生成する場の提案」でもあり、その方法は3つのフェーズから成り立つという。「第一フェーズは、フィールドワークを通じて「広義の建築」を読む作業である。人類学者は、住民の家族、社会構造、都市認識、日常生活におけるさまざまな慣習、多様な居住形態を捉える。構築物としての建築のみに焦点を当てるのではなく、「広義の建築」に関して長期の参与観察を実施し、住居の動的側面を把握する。すなわち、既存住居に内包されたコンテクストを読み解くことにとどまらず、住居自体やコミュニティにおける住民に共有の場が新しい人間関係を喚起するダイナミックな動きを捉えることである。第二フェーズは、「広義の建築」に関する解釈の共有である。第一フェーズで実施したフィールドワークの成果を他者と共有し、相互批判的な解釈を可能とするために、「視覚化された建築」という共有の枠組みを利用する。第三フェーズは、建築的実践(建築民族誌)の構築である。第二フェーズにおける批判的解釈の相互共有を基底に、具体物としての可視的建築を構築する過程である。人類学者は地域社会に積極的に関与し、他者と協働して建築実践(建築家、設計、施工プロセス、監理、財務など)に関わる。協働で建築を創造する実践的過程を通して、他者の属する社会に新たな解釈を生みだす具体物を創造する。この第三フェーズにおいて構築された建築民族誌は、住民生活を支える基礎となり、「広義の建築」として読まれるべき新たな対象として、第一フェーズに再帰する。建築人類学の方法は、第一フェーズから第三フェーズの再帰的プロセスなのである」。

 本書は、「はじめに」と全6章からなる。「一章-自省 人類学、住居、都市」「二章-巡環 新たな知を生成する場」で研究の理論あるいは方向性を示したあと、3~6章では、「ケーススタディのなかで、建築人類学のフェーズ一からフェーズ三までの取り組みについて」考える。その「広義の建築を読むケーススタディとして」、「フィリピン大学内の不法占拠地域を対象」とし、つぎのように説明している。「この不法占拠地域の空間特性は、極度の狭小性・密集性・隣接性である。この強いられた特性が、通常あるべき生活機能の場を奪うとともに、新たな共同生活の場を生みだしている」。「フィリピン大学には一九ヶ所の不法占拠地域が存在している。この不法占拠地域は大学の開発計画の影響を受けており、大学当局による実態把握がおこなわれ、不法占拠という居住形態の見直しが模索されていた」。

 3~6章では、「占拠 棲むということ」「改善 セルフビルド」「解読 空間、人間、共同体」を経て、最終章「協働 イメージを共有し場を作る」へと進め、「人類学的成果を建築計画へ具体的に応用する試みとして、メトロマニラ貧困地域における建築的実践(建築民族誌)を考え」た。「本案の骨子は、コミュニティ内に複数のコア・ユニットを配置し、コア・ユニット群を拠点として援助側(人類学者)と被援助側(住民)が協働で生活空間を改善することにある」。

 そして、つぎのように結んでいる。「不法占拠地域の<顔>の見える場で作られる、ある緩さを持った空間、儀礼親族を戦略的にもちいた人間関係、差異を許容する関係性などは、極端な住居の狭小性、密集性、隣接性によって顕著な形で確認できる。本案は、そうした人類学的成果を住民と共有し、具体的な広義の建築を造るプロセスに応用する試みである」。「都市貧困地域の改善は、長期にわたる持続的な開発プロセスである。それは、たんに空間のみを改善していくのではなく、人間関係、仕事、子育て、遊びといった生活のすべてに関わる事項に取り組むことである。本書では建築人類学を、住民とともにどのような場の構築が可能なのかを検討し、建築的実践(建築民族誌)によって具体的な空間を住民と協働で造り、生活の場の更新を重ねていくプロセス全体と考えた。そこでは、広義の建築に関する「読む・描く・造る」という円環プロセスの不断の実戦に向けた、持続的思考と行動力が求められている」。

 本書のキーワードのひとつが、「不法占拠」である。日本でも、山野で所有権や境界がはっきりしなかったり、敗戦後の混乱で市街地の境界がはっきりしなくなったりしたところがある。また、鉄道の沿線などで、線路脇の空き地を近くの住民が勝手に畑にしていることもある。フィリピンでは、土地の測量がおこなわれなかったり、「所有者」が土地を管理していなかったりで、「不法占拠」して暮らしている住民が大量に存在する。不法占拠住民は、身近に存在するコミュニティの一部になっている。フィリピン大学敷地内では、不法占拠住民のなかに大学職員がいる。不法占拠住民は、一般に人権も市民権も認められているが、ある日突然奪われることがあるかもしれない。また、不法占拠住民が経済的ゆとりができた場合、占拠地域から出ていくかというと、そうとは限らない。本書では、最低限の居住環境を確保するということが基本に語られており、それはそれで間違いではないだろう。だが、経済的に余裕のある者や一時的に多額の収入を得た者が住環境を整えるために、「不法占拠地」で多額の支出をすることもある。このように一筋縄では説明がつかない状況のなかで、建築人類学者の挑戦は際限なくつづくことになる。

→紀伊國屋ウェブストアで購入

2017年07月11日

『アメリカとグアム-植民地主義、レイシズム、先住民』長島怜央(有信堂)

アメリカとグアム-植民地主義、レイシズム、先住民 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 2017年6月11日に、アメリカ自治領のプエルトリコで住民投票がおこなわれ、アメリカの51番目の「州への昇格」がほかの選択肢「自治領として現状維持」「独立」をおさえ、97%の圧倒的支持を得た。ただし、反対派が投票をボイコットしたため、投票率は23%しかなかった。1967年以来5回目の住民投票の法的拘束力はなく、アメリカ連邦議会が認めるわけもない。住民投票の1ヶ月ほど前の5月3日、プエルトリコは債務700億ドル(7兆8000億円)で、連邦地裁に破産申請をした。自治体として、アメリカ最大の破産である。アメリカの自治領とは、いったいなんなのだろうか。これだけの債務を抱えていることに、アメリカ本国の責任はないのだろうか。

 世界各地、とくに離島などには「独立国家以外の地域」が、さまざまな形態で存在する。アメリカの「海外領土」では、プエルトリコのほか、ヴァージン諸島、サモア、北マリアナ諸島、それに本書で対象とされたグアムなどがあり、自治的・未編入領域とされるが、これらの地域に住む人びとの市民権は同じではない。本書では、つぎのように説明されている。「これらの国々は、国際連合の太平洋諸島信託統治領(Trust Territory of the Pacific Islands: TIPI)として40年以上もアメリカの施政権下にあったあと、アメリカの自由連合国となった。この場合の自由連合国とは、アメリカと自由連合協定を結び、アメリカから期限つきの経済援助を受ける一方でアメリカに安全保障や防衛を委ねるものである。それぞれ国連にも加盟しているが、アメリカと非常に密な関係を保っているため、アメリカの完全な外部とも言いきれない。アメリカ領である非編入領土と一応独立した国である自由連合国とが同じ島嶼局の担当となっているということは、それぞれの政治的地位の特異性、つまり曖昧さを示している」。

 グアムは、1950年に出生地主義が適用され、アメリカ市民権をもつことになったが、合衆国憲法の規定による「憲法による市民権」ではなく、連邦議会の定めた法律による「議会による市民権」であるため、連邦議会の決定によって一方的に剥奪されることもありうるものである。同じく非編入領土であるヴァージン諸島では1927年にアメリカ市民権を得ているが、サモアではいまだに市民権を得ていない、国籍だけである。

 著者、長島怜央は、「序章」でつぎのように述べている。「本書はグアムにおけるアメリカの現在の植民地主義を中心に論じる。なぜ、どのようにしてグアムは海外領土としての政治的地位に置かれてきたのか。植民地支配に関連した歴史的不正義の認識に基づいて数多くの異議申し立てが行われてきたにもかかわらず、である。しかしこの問題は、アメリカの植民地支配を受けてきた他の島々と関連づけて考察しなければならないものでもある。そこで本章では、海洋帝国としてのアメリカ植民地主義全体を視野に入れながら、太平洋、とりわけミクロネシアに焦点を当てることとする」。

 著者は、アメリカの植民地主義やレイシズムをテーマとしたこれまでの研究では、グアムおける新たな状況に対応できないとし、つぎのような新たな観点から考察する必要を説いている。「本書で着目するのがカラーブラインド・イデオロギーである。カラーブラインド・イデオロギーとは、「カラーブラインド(肌の色を区別しない)」を支持するものであり、レイシズムや植民地主義を擁護するものではないが、結果的に既存の人種秩序や植民地支配を正当化してしまうものである(第1章参照)。本書は、チャモロ人の運動とそれに対するバックラッシュを対象とし、歴史的不正義に関する認識やカラーブラインド・イデオロギーについて考察する」。

 本書は、序章、全9章、終章からなる。「第1章では、理論的枠組みと先行研究の整理を行う」。「第2章では、アメリカによる植民地支配の社会的・文化的な影響という観点から、歴史研究と統計データに依拠しつつグアムの歴史を整理する」。「第3章では、第2次世界大戦と日本軍占領統治の体験・記憶を中心に据えながら、チャモロ人のアメリカ愛国主義について考察する」。「第4章では、チャモロ・ルネサンスとも呼ばれるチャモロの文化復興運動とチャモロ・ナショナリズムの歴史や現状を確認したあと、チャモロ人のライフヒストリーを見ていく」。「第5章から第7章にかけては、チャモロ・ナショナリズムを中心とするチャモロ人の社会運動の展開とその帰結を見ていく」。「第8章と第9章では、チャモロ人の権利や運動に批判的な動きを取り上げる」。

 終章では、4つの節「チャモロ人の権利主張のなかの歴史的不正義」「グアムのカラーブラインド・イデオロギー」「多文化主義と歴史的不正義」「グアムの将来-マリアナ諸島、ミクロネシアのなかで」で、「グアムの先住民運動における歴史的不正義の重要性を確認し、カラーブラインド・イデオロギーの特徴を整理し、多文化主義の議論のなかに歴史的不正義の議論を位置づける必要性を提起し、最後にグアムの将来について若干の展望を述べる」。

 本書のキーワードのひとつに「歴史的不正義」がある。著者は、終章第1節で、つぎのようにまとめている。「本書が明らかにしたかったことのひとつは、チャモロ人の権利の主張において何が根拠とされてきたかということである」。「自己決定の主体がチャモロ人とされるのは、彼らが被ってきた歴史的不正義ゆえである。アメリカの植民地主義によって、チャモロ人が自己決定や主権を奪われてきたからにほかならない。それゆえ、グアムが正式にアメリカ領となったパリ条約の施行時(1899年4月1日)が基準となりつづけているのである。住民投票の有権者資格を有する者の名称が、「チャモロ人」から「グアムのネイティヴ住民」へと変更されることとなったことも、結果的に歴史的不正義を強調することにつながっている。たんにエスニック・文化的な理由によるのではなく、歴史的不正義に基づいているということが明確化されるからである。また、チャモロ人の土地権が主張されるのも、米軍による土地接収という歴史的不正義の感覚が強くあるからである」。「これには、グアムでのフィリピン系住民の増加によって、チャモロ人が先住民アイデンティティを形成させたということも関係している」。

 終章第2節では、その「歴史的不正義を訴える主張は、カラーブラインド・イデオロギーによって大きく揺さぶられてきた」といい、つづけてつぎのように説明している。「アメリカにおけるカラーブラインドの考えの広がりは、カラーブラインド・レイシズムといいうる状況を生み出している。ハワイやグアムの先住民の権利に対するバックラッシュにも同様の論理が見られるが、植民地主義的な影響を考えると「レイシズム」では不十分なため、それらの場合はカラーブラインド・「イデオロギー」と呼んだほうが適切であろう。既存の人種秩序のみならず、アメリカの植民地支配をも正当化してしまう」。

 終章第3節では、「本書では、カラーブラインド・イデオロギーの展開によって、歴史的不正義が不可視化されてしまうという問題を明らかにしてきた」が、「そうした流れに抗して、歴史的不正義を正す」方途については、ほとんど論じることができなかったとし、この節をつぎのように結んでいる。「歴史的不正義や脱植民地化の観点から批判的多文化主義を捉えることは、被植民者を抱える国における植民地主義やレイシズムを分析するうえで、欠かすことのできない理論的視座を提供してくれるのではないか。たとえば、アメリカにおける他の非編入領土や先住民、日本におけるアイヌや沖縄・琉球の人びとについて考察するうえでも、多くの手がかりを与えてくれるであろう」。

 そして、最後の第4節「グアムの将来-マリアナ諸島、ミクロネシアのなかで」は、つぎのようなことばで締めくくられている。「ミクロネシア人が急増したグアムや北マリアナとミクロネシア諸国とのあいだのほうが人間的・社会的結合関係が深まっているともいえる。そうしたなかで形成されるミクロネシアのリージョナル・アイデンティティにも注目すべきである。多くの問題を共有可能なミクロネシアの地域内の連携は、大きな可能性を秘めている」。

 2010年のグアムの人口は159,358、北マリアナ諸島53,883、ミクロネシア連邦103,619、マーシャル諸島共和国52,428、パラオ共和国20,470である。かつて中央と周縁との関係が従属理論や世界システム論でさかんに議論されたことがあった。本書で取りあげられた国や地域は、あまりにも小さく、その議論の対象になることはなかった。その前の民族国家形成をめざすナショナリズム運動については、論外であった。それが議論の対象になったのは、グローバル化の影響である。国家を中心に議論された近代と違い、ローカルやリージョナルも議論の対象となり、ローカルとリージョンとの関係が注目されるようになってきたからである。著者が、グアムの将来をリージョンの求めたのも、この流れにある。

 また、アメリカと独立国家との関係、たとえばFTAや軍事協定なども、本書の考察を通じて考えることができる。アメリカにとって、「海外領土」と独立国家との違いはなんなのだろうか。違いがない場合、ない面があるのではないだろうか。EUやASEANのような地域協力機構が力をもつようになれば、アメリカの対応も変わり、小さな国の国際問題は案外簡単に解決するようになるのかもしれない。そう考えると、これまで見過ごしてきた太平洋諸島の問題は、現代社会を理解するための重要な事例研究になったといえるだろう。

→紀伊國屋ウェブストアで購入

2017年07月04日

『中国のフロンティア-揺れ動く境界から考える』川島真(岩波書店)

中国のフロンティア-揺れ動く境界から考える →紀伊國屋ウェブストアで購入

 中国の歴史をみれば、皇帝のいる都を中心とした中華世界がイメージとして浮かぶ。周辺は、夷狄との戦いの場である。だが、グローバル化が進む今日、中心よりむしろフロンティアのほうが気になる。国境学というものが注目されるのも頷ける。

 本書は、中国外交史研究を専門とする著者、川島真が2008~13年にかけて、「アフリカ、東南アジア、あるいは金門島(きんもんとう)などに赴き、その現地の目線から中国を捉えようと記してきた文章をまとめたものである。この時期の中国は、まさに経済発展が進んで世界第二の経済大国へと躍進しつつあり、「中国の台頭」にいかに対処するかということが日本でも盛んに議論された時期でもあった」。

 本書の第1の課題は、「中国の対外政策が急速に展開し、まさに中国がそのフロンティアを拡大させていっている」ときに、「実態がどのようになっていたのかということとともに、果たして揺れ動いている中国の輪廓の外縁、まさにフロンティアという現場ではどのような事態が発生し、それが現地社会でいかに受け止められていたのか」、「これらの地域を訪問して見聞きしたこと、現地の人々、そして現地の中国人から聞き取った話を基礎として、現地社会から見た中国の動きを記すことにある」。

 第2の課題は、この「中国の対外政策が変容する時期」に、「果たしてどのような動きが、中国が「進出」していたとされるフロンティアで生じていたのか、当時記した文章をもとに、この変化の過程をいま一度振り返り、中国の対外政策の変容過程を再度考察する」ことである。

 「中国の世界進出に警鐘を鳴らすとか、その脅威を指摘する」論調があるなかで、著者は「むしろ、中国のフロンティアに立つとともに、中国の進出を受けているとされる、その進出の対象や、あるいは、そこにある/いる中国や中国からきた人々に寄り添いながら中国の姿を見る、という視点を可能な限りとっている」。その理由として、中国と世界秩序との関係をつぎの3つにまとめている。

 「第一に、確かに中国はグローバル化の下で経済発展をしてきたのであり、既存の秩序の受益者でもあるのだが、それは中国が自らにとって有利、あるいは利益を得られると感じる秩序や枠組みに対しては、反対しないということである。核をめぐるNPT(核兵器不拡散条約)体制、東アジアなら六者協議などがそれにあたる」。

 「第二に、中国は自らを発展途上国と位置付け、既存の秩序は基本的に西側先進国が作ってきたと考えている。だからこそ、中国は既存の秩序、枠組みの中に入りながら、自らを発展途上国である「修正主義者」と位置付け、(中国から見て)不公正、不公平な部分を修正していく、としている。そして、そのためにも中国系のスタッフを多く国際機関や組織に戦略的に送り込み、ルール作りの場、修正の場に立ち会わせようとしているのだ。WTO(世界貿易機関)、IMF(国際通貨基金)、WHO(世界保健機関)、ADB(アジア開発銀行)など、さまざまな場で中国はこのように振る舞っているのであろう」。

 「第三に、中国は特に自らに不利になると認識している秩序や枠組みに対しては、否定的な態度をとるか、あるいはそこに加わろうとはしないだろう。OECD(経済協力開発機構)、G7、そして環境問題の枠組みなどがそれである」。

 本書は、序章「フロンティアから中国を考える」、4部全10章と終章「運動体としての中国をとらまえること」からなる。第Ⅰ~Ⅱ部でアフリカ、第Ⅲ部で東南アジア、第Ⅳ部で金門島を扱っている。

 著者は、終章で「フロンティアに拘ったのは、中国政府による中国語の言説、また中国の世界進出をめぐる英語や日本語による批判的な言説の双方に対して疑義を有していたからである」と述べ、つぎのような問題提起をして「終章」を結んでいる。「「中国」とは中国を中国たらしめる運動体であると見ることもできる。そうした意味で本書はその運動体の活動の輪廓の一部を切り取ろうとしたものだともいえる。そこでは、北京という、「中国」の中心の言説とも異なる、また中国を外から見る外国メディアの視線とも異なる状況が見られるのではないか、そしてそのフロンティアにこそ中国の「揺れ動く」輪廓が立ち現れているのではないか、というのが本書の問題提起である」。

 著者は、「本書は中国の世界進出に警鐘を鳴らすとか、その脅威を指摘するものではない」と序章の最後のほうで述べている。この「中国」を「アメリカ合衆国」と置き換えると、大国の姿が現れてくるだろう。ただ中国とアメリカ合衆国との違いは、中国は「自らを発展途上国である」と位置づけていることである。中国が援助の世界などでも、影響力を発揮してきているのは、「途上国から途上国への援助というスタイルをとっている」からである。中国が中華世界の中心ではない視点をもっているという点にも、注意をする必要があるだろう。

→紀伊國屋ウェブストアで購入