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2017年04月04日

『香港-中国と向き合う自由都市』倉田徹・張彧暋(岩波新書)

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 本書は、「難解な書」の見出しではじまる。「難解な書」とは、香港のことを指している。著者は、つぎのように問いかける。「香港は国なのか、地域なのか、都市なのか。イギリス的なのか、中国的なのか、アジア的なのか。グローバルなのか、ローカルなのか。親中なのか、反中なのか。親日なのか、反日なのか。経済都市なのか、政治都市なのか」。著者は、「ほとんど全ての問いに対して、「イエスでもあり、ノーでもある」としか」、答えようがないという。

 香港はなぜ難解なのか、「はじめに」でつぎのように説明している。「香港が常に、ものすごいスピードで変化していることも、その一因である。香港を旅する人が一様に感じる印象は、活気、混雑、色彩、スピード感といったようなものであろう。おびただしい数の人々が、昼夜を問わず忙しく走り回る大都会-結果として、香港は常に変化し続ける。植民地から特別行政区へ、難民都市からグローベルシティへ、中継貿易港から工業基地を経て金融センターへと、香港のプロフィールは常に変わり続ける。難解な書を一冊読み終わる頃には、同じくらいの分厚い続編が出てしまっているというのが、香港という物語を読む上での宿命なのだ」。

 そのような難解な香港を読み解くために、著者たちが「たどり着いた一つの答えが「自由」で」、つぎのように述べている。「植民地期から現在まで、香港は「自由都市」であった。「自由」の意味合いは時によっても変わるし、自由への脅威も常にあった。しかし、香港の人々は、自由を存分に使い、アイデアによって商売を生み出し、知恵によって強権と向き合い、たくましく生き続けた。香港を理解するには、この「自由」の本質に迫る必要がある」。

 著者たちは、「「自由」をテーマに、この「難解な書」を解読するための、可能なかぎり新しく、わかりやすい「注釈書」を目指」した。本書は、「はじめに」、全5章、「おわりに」からなる。第1~3章は、日本人の香港政治研究者である倉田徹が「香港の政治を分析する」。第4~5章は、香港人の日本社会研究者の張彧暋が、「香港の社会と文化を論じる」。

 「はじめに」の最後の見出し「自由を武器に、中国と向き合う」では、各章で論じることをまとめた後、つぎのように結んでいる。「香港は自由を享受し、自由を愛し、自由への束縛に抵抗する。自由だからこそ、何でもある。一方、自由だからこそ、日本では常識として存在する何かが、香港にはない」。「日本人は難解な書の精読を放棄して、返還後の香港を、あまりにも中国の一地方都市という視角からのみ語りすぎてはいなかったか。中国の台頭が世界を変えようとし、その荒波を真っ先にかぶる位置に暮らす日本人は、その中国をはね返し、中国を変える力すら持つ香港という小さな存在を、再度思い出す必要があるのではないだろうか」。

 そして、「おわりに 香港の自由、日本の自由」は、「進化する香港の自由」という見出しではじまり、時代とともにその意義を変えてきた「自由」について説明している。「まず、香港の人々に与えられたのは、「避難所の中の自由」であった。植民地当局はもちろん強権統治を行ったのであるが、逆説的であるが、強力な権力が存在するからこそ、放任された社会にも一定の秩序が維持され、それによって自由の空間が出現した」。「戦後、大陸の戦乱や貧困、政治的迫害を逃れ、中国語で言えば「一無所有」、即ち一文無しで、命がけで香港にたどり着いた難民は、情報の自由を用い、命を繋ぐための仕事を見つけた。彼らには、「生存する自由」が与えられた。香港の港は「避難塘(台風シェルター)として船舶に利用されてきた。難民にとっても、香港はまさに、大陸の嵐から逃れる避難所だった」。

 「次に、避難所の人々は、「儲ける自由」を使った。香港は自由貿易港であり、その歴史的な国際ネットワークは、イギリスが整えた法制度や、金融システムによって支えられ、全ての人に開かれていた。僅かな資本と才覚、そして友人・親戚などの支援があれば、人々は様々な商売を自由に行って、瞬く間に富を蓄えるチャンスがあった」。

 「それに続いて花開いたのは「文化の自由」である。大陸で「文化大革命」の嵐が吹き荒れ、階級闘争や英雄的人物を強調する「革命模範劇」しか上映を許されなかった時代、香港の文化はイデオロギー、即ち、固定された物語からの自由を享受した。中国的な伝統文化、西洋式のハイ・カルチャー、そして日本の大衆文化まで、あらゆる文化が香港に流入し、混じり合い、「パクられ」、結果として香港に独特な文化を開花させた」。

 「そして今、香港で論じられているのは、「自己決定の自由」であると筆者らは考える。生存する自由、儲ける自由、文化の自由は、いずれも強い権力の保護の下での、与えられた自由であった。それは真の自由と言えるのか。特に、返還によって、社会や経済、思想の面で、より干渉的な中国が影響力を拡大すると、若者たちは、「親」を演じる中国への反発を強めた。雨傘運動の指導者や学生たちが、演説や意見の発表などに使ったステージの背景には、「命運自主」の四文字が毛筆で大書されていた。この「命運自主」とは、読んで字のごとく、自分の運命を、自分で決める自由を表す言葉である」。

 「おわりに」のもうひとつの見出しは、「自由の使い方」である。著者は、香港と日本を比較して、つぎのようにまとめている。「香港の人々は、自由の権利の行使として、当たり前のようにデモを起こす。一方の日本では、大規模な抗議デモが発生し、世論調査で反対が多数を占めると報じられる中、安保法案は国会で可決された。香港市民から見れば、これはむしろ不思議な光景である。「民主的」な政治体制の下に住む日本人が、どれだけ「自由」だと言えるだろうか。貿易拡大のために、北海道は農業の犠牲を強いられる。安保を理由に沖縄は基地を強制される。さらに言えば、対米関係が国内世論より優先される日本に、どれほどの「自己決定の自由」があるのだろうか」。「香港式の「自由の使い方」を、日本も学ぶべきではないのだろうか?」 

 イギリスの植民地支配を全面的に否定しない、中華人民共和国の「国家統治」を否定できない、そのうえで香港の人びとは「自由」を求めて戦っている。それはだれのため、なんのためか? 「一国二制度」の期限とされる2047年まで、香港の「自由」はどう変わっているのだろうか、否、香港の人びとはどう変えていくのだろうか。それは、「その荒波を真っ先にかぶる位置に暮らす」日本人の「自由の使い方」を問うものでもある。

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