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2017年04月18日

『欧州複合危機-苦悶するEU、揺れる世界』遠藤乾(中公新書)

欧州複合危機-苦悶するEU、揺れる世界 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 イギリスのEU離脱、アメリカ合衆国大統領選のトランプ勝利、最後は落ち着くところに落ち着くのだろうとみていたら、そうはならなかった。グローバル化やポピュリズムだけでは説明しきれない、なにかが起こっている。それはなにか、ヨーロッパを事例に考えてみたいと思って、本書をとってみた。

 本書、表紙見返しで、つぎのようにまとめられていた。「一九九三年に誕生し、単一通貨ユーロの導入などヨーロッパ統合への壮大な試行錯誤を続けてきたEU(欧州連合)。だが、たび重なるユーロ危機、大量の難民流入、続発するテロ事件、イギリスの離脱決定と、厳しい試練が続いている。なぜこのような危機に陥ったのか、EUは本当に崩壊するのか、その引き金は何か、日本や世界への影響は……。欧州が直面する複合的な危機の本質を解き明かし、世界の今後を占う」。

 本書の目的は、「危機に瀕している」ヨーロッパの危機を「複合危機」としてとらえ、「その上で歴史的な文脈に照らして検討し、政治的な要因を分析し、内的な連関をさぐってゆく。そうすることで、どんな意味で「危機」なのか、なぜそのような状態に陥ったのか、今後どうなっていくのか、日本や世界への影響はあるのかといった問いについて、一通り見当をつけられるようにしたい」ということである。

 そのためには、まず「複合」の意味を明らかにしていくことが必要で、著者はつぎのように「三重」であるとしてまとめている。「一つは、何よりも複数の危機が同時多発的に襲ってきているということ」、「二つ目は、それらの危機がお互いに連動し、相乗効果をもたらす」、「最後に、この危機は、国際、EU、加盟国、はたまた地域といった多次元で起きており、それらの縦の連関を問うことなしには本質に迫れないということである。この「多層性」は、世界的なリーマン・ショックとユーロ危機、国際化するシリア内戦と欧州難民危機などに見られるが、典型的にはユーロ危機が緊縮財政を経由して加盟国中央政府への集権化につながり、ときに富を奪われ福祉の削減を強いられたカタルーニャやスコットランドなどの地域の分離主義を刺激して、その内政危機がまたEUに跳ねかえる構図となって現れる」。「EUの危機」の「背景と構造を明らかにするのが本書の目的となる」。

 本書のもうひとつのねらいは、「EUの語られ方を考えてみることである。ともすると、統合プロジェクトがうまくいっているときは、欧州合衆国ができる(!)と盛りあげ、行きづまると「崩壊」や「解体」ということばがヘッドラインで踊る。このような乱高下の激しいジェットコースター型の言説、すなわち語られ方自体に問題があるのではないだろうか」ということである。

 そして、著者は「本書では、EUが歴史的に見て第一級の危機のなかにあり、ヨーロッパが重大な岐路にいることを明らかにしたうえで、国家にもならず単なる国際機関でもないEUが、七〇年近い統合史のなかで、なぜ、どのように、どの程度の地歩を築き、危機にあっても下げ止まる一定の論理やメカニズムを備えているのか、そしてもし仮に本当にそれが崩壊するのなら、そのボトムラインはどこにあるのか、並行して考えていきたい」という。

 本書は、「はじめに」、全3部8章、終章からなる。4章からなる第Ⅰ部「危機を生きるEU」では、「二〇一〇年代に起きた複数の危機を一つ一つ追ってゆく。その発端となったユーロ危機(第1章)、欧州難民危機(第2章)、ウクライナ危機やパリ同時テロ事件といった安全保障上の危機(第3章)、そしてイギリスのEU国民投票(第4章)は、それぞれ起源や文脈、また性格を異にする危機である。それゆえ、ときに新しい資料を持ちこみながら危機ごとに検討する」。

 第Ⅱ部「複合危機の本質」の3章では、「やや突っ込んで、EUが抱える問題を政治学的に分析する」。「まず第5章では、統合の長い政治史のなかに現在の危機を位置づけなおし、その危機の大きさや特質を推しはかる」。「第6章では、現状のEU自体がいかなる意味で問題の解決ではなく、問題の一部になってしまっているかを具体的に明らかにしたい。目下の主たる課題はユーロ、シェンゲン、イギリスであり、それらを読み解くキーワードは、デモクラシー、ナショナリズム、社会連帯とアイデンティティ、そして機能(統合)であり、それらのあいだの関係が問題となる」。「第7章では、そうした問題にもかかわらず、崩壊せずにいる要因をさぐる」。「この第Ⅱ部の三章をつうじて、EUが、ちまたでささやかれる崩壊でもなく、他方で経済合理性に基づいていつも通りの統合の物語に帰っていくのでもなく、そのあいだで、統合と逆統合の綱引きを繰り返しながら、生き残るさまをリアルに見てとりたい」。

 第Ⅲ部「欧州と世界のゆくえ」は、「第8章と終章からなり、今後の危機の展開を占い、広く世界への合意を考察する」。「第8章では、EUが危機に陥ることが、日本を含む世界にとっていかなる意味をもつのか、検討してみよう」。「終章では、それまでの検討をもとに、あらためてEUの是非を論じ、それに伴いリベラリズムのゆくえを問うことになろう」。

 そして、著者はこのような議論を経て、つぎのような結論を導きだした。「長い目で見たとき、EUが一国では保全しえない平和、繁栄、権力を、国際関係や地域秩序の大幅な改編をともなう広域体の形成のなかで可能にしてきたのもまた事実である。二〇世紀前半のヨーロッパが戦争と全体主義で血塗られた「暗黒の大陸」(マゾワー)であったことにかんがみれば、その反転に寄与した一要素として、それなりの評価がなされてしかるべきだろう」。つまり、この危機に際して「改編」できれば、「欧州危機」は回避できるということである。だが、著者はこれまでも「並大抵のことではなかった」と述べ、つぎのように「終章」を結んでいる。「国から世界まで、社会秩序が肯定的な価値にしたがって改編可能とする層を根太いものにできるのか否か。EUはまごうことなく岐路に立っている。あわせてそこで問われているのは、この見立てでいけば、リベラリズムのゆくえに他ならない」。

 EU危機の根本に、国益と地域益のどちらを優先するかの問題がある。イギリスの離脱は国益を優先させた結果だと言えるが、イギリス国民は、著者のいう「長い目で見たとき、EUが一国では保全しえない平和、繁栄、権力を、国際関係や地域秩序の大幅な改編をともなう広域体の形成のなかで可能にしてきた」ことを考慮したのだろうか。国益と地域益さらに地球益は、相反するものだろうか。長い目でみたとき、地域益が国益になることがわかれば、離脱することもないだろう。なにより、離脱の実行には加盟するときより、はるかに多くの労力と時間を要することは間違いないだろう。結婚・離婚と同じように、加盟時に離脱のことを念頭におかなければならないのだろうか。

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