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2017年01月03日

『忘れられた島々-「南洋群島」の現代史』井上亮(平凡社新書)

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 外務省のホームページを見ると、つぎのようにかつての「南洋群島」に属していた国ぐにが親日であることを強調している。「このように同じ太平洋を共有し,歴史的に親日的であり,かつ国際社会において日本の立場を支持する太平洋島嶼国は,日本にとって大変重要な国々です。豊かな漁場としても知られる太平洋島嶼国は,日本の約5倍の排他的経済水域(EEZ)を有しており,日本で食されるマグロやカツオの約8割はこの水域で漁獲されています。また,銅,ニッケルなどの鉱物資源や,石油,天然ガスなどのエネルギー資源の重要な供給地であり,かつ海上輸送路にもなっています。特にミクロネシア3国(マーシャル諸島共和国,パラオ共和国,ミクロネシア連邦)では日系人の存在が大きく,ノート元マーシャル大統領,レメンゲサウ・パラオ大統領,モリ・ミクロネシア大統領など,日系人大統領も登場しています。太平洋戦争時に激戦地となった島々へは,近年でも多くの日本人が慰霊や遺骨収容のため訪れていますが,その際にも地元住民による多くの協力や支援が行われています」[http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol127/index.html 2017年1月1日閲覧]。

 しかし、著者の井上亮は、つぎのように警告する。「旧南洋群島の人たちが日本人に笑顔を振りまいてくれるからといって、それを単純に「親日」と受け取り、過去の統治の自賛に結びつけるなら、あまりにも浅はかで独りよがりといわなければならない」。

 著者は、またその「親日」の原因のひとつをつぎのように説明している。「慰霊団が旧南洋群島を訪問し始めて間もないころは、サクラ会[島民と日本人混血児を中心として1960年代半ばに設立]の親身な活動を目の当たりにした日本人の間に「サクラ会は親日家の組織」という言説が広まった。それが「パラオは親日国」という印象につながっていった」。

 島民が「親日」となった原因のひとつに、日本の統治下で形成された階層社会があった。「パラオでは階層順位が内地日本人、パラオ人、沖縄移民だったという。パラオ人が戦後も親日傾向にあるのは、「同化政策の影響で自分たちの方が沖縄県移民より上で日本移民に近いと考えることで、実際は差別されているにも関わらず被差別意識は薄れた」ことが要因とする指摘もある」。「島民の間ではチャモロ人がカナカ人を下に見ていたが、パラオではチャモロ人が沖縄県人を「ジャパン・カナカ」と呼んで蔑視していたという」。また、「チャモロ人やカナカ人も朝鮮人移民をさげすんだ」という。

 このような同化政策のための悲劇もうまれた。「もっとも悲惨だったのは四二年七月に結成された「ポナペ決死隊」であった。「日本人になりたい一心」で募集に応じた一九歳から四三歳までのポナペ人二〇人がラバウルに向かった。そこから体調を崩した三人を除く一七人がニューギニアのブナに向かったが、原住民対策の特殊任務ではなく、日本兵と同じく戦闘に従事した。結果、全員が戦死した」。

 この階層は、戦後引き揚げにさいしてアメリカ軍がとった扱いでも同じであった。「南洋群島からの引き揚げは四五年一〇月二四日のヤップ島から始まり、四六年五月七日のテニアン島発まで続いた。総引き揚げ者は約六万人。原則は「本籍地」への帰還だった。引き揚げの際、米軍は内地の日本人、沖縄県人、朝鮮・台湾人を区別して管理した。沖縄県人は日本人とは別の被抑圧民族とみなされていた。本土ではGHQが「奄美と沖縄出身者は非日本人」として扱った」。

 「南洋群島から日本本土に引き揚げた内地出身者は約二万人、沖縄県人は約三万三〇〇〇人、朝鮮人約七七〇〇人、台湾人約五五〇人、中国人約一四〇人。南洋群島からの引き揚げ者の半数以上が沖縄に帰ったことになる」。

 南洋群島は、日本とアメリカの激戦地になり、たとえば2015年4月にパラオ・ペリリュー島の「西太平洋戦没者の碑」に献花された後、天皇皇后両陛下が拝礼した(本書帯の写真)「アンガウル島では日本軍の戦死はおおよそ一一五〇人、生還五〇人、米軍は二六〇人が戦死したが、戦傷を含めた損耗は日本の約一二〇〇人に対しアメリカは倍以上の二五五四人に上った」。当然、島民が蒙った被害は甚大で、その補償を日本とアメリカがするのは当たり前のことである。だが、1950年代に起こった現地住民の戦時補償運動にたいして、「太平洋諸島信託統治地域に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」が締結されたのは、ようやく69年のことだった。「協定の前文には日米両国が「住民の戦争中に被った苦痛に対し同情の念を表明し、住民の福祉のために自発的拠出を行う」と記された。「謝罪」ではなく「同情」であり、「賠償」ではなく「自発的拠出」を行うというのだ」。

 「「海の生命線」として戦略的に重要視されつつ、その後は忘却されてきた島々」は、冒頭の外務省のホームページにあるとおり、漁業資源、鉱物資源、エネルギー資源の供給地として、また海上輸送路として重要になってきている。「親日」として油断していると、中国が食い込んでくることは、東南アジアと同じだろう。日本の経済的影響力が低下するなか、「親日」の意味を再考する必要がある。そのための基本情報を、本書は提供してくれている。

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