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2016年11月15日

『日本を愛した植民地-南洋パラオの真実』荒井利子(新潮新書)

日本を愛した植民地-南洋パラオの真実 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 「同じように日本が支配していた韓国や中国から、戦後、日本はさんざん悪者扱いされている。それなのになぜパラオの人々は日本を憎んでいないのだろう」、著者、荒井利子の本書執筆の原点である。

 本書の内容は、表紙見返しに、つぎのようにまとめられている。「大日本帝国の統治下にあったパラオ諸島を含む南洋の島々は、戦争で甚大な被害を受けた。それでも「日本の時代が一番良かった」と島民は言う。その前のドイツ支配下、あるいは戦後のアメリカの影響下とはどこが違うのか。古老の話から浮かび上がるのは、教育、経済、インフラ、文化がもたらした日本からの移民と島民との穏やかで豊かな日々だった-数多くの貴重な証言から、植民地支配に新たな視点を提示する一冊」。

 著者は原点となった疑問にたいして、「その鍵となるのが、現地の日本人にあった階層ではないか」と考え、「そこで重要な意味を持つのが沖縄の人たちの存在だ」と気づいた。そして、つぎのような答えを見いだした。「権力を行使し、偉そうにしている役人の前で、本土出身の民間人も沖縄県出身の民間人も、同じ日本人なのに小さくなっている。萎縮する彼ら民間の日本人の姿をパラオ人が見れば、自分たちパラオ人と同様に「差別されている仲間」として映ったのではないだろうか。だから、自分たちパラオ人が上中下の三層の中間に位置し、日本の民間人とも沖縄の民間人とも、より一層仲間意識が強化され、仲良くできたのだろう」。

 それにたいして、「アメリカ人はみなランクが上だと感じているから」、「アメリカ人とは冗談を言い合うようなことはない」。「日本統治時代を経験した老人たちは」、「公学校で教育を受け、日本人と共に働き、多くを学ぶ機会に恵まれていた。しかし、若者たちは戦後アメリカに放置され、充分な教育も受けられず、貧しい惨めな時代を過ごしてきた」。1994年にパラオは独立したが、「アメリカの経済援助抜きでは考えられない独立だった。援助の見返りとして、軍事目的でアメリカはパラオを使用できる」。「みんなアメリカの補助金で暮らしている。その補助金はほとんど公務員の給料で消える。公務員とは名ばかりで仕事なんかしていない」。

 植民地にもいろいろある。植民地化される以前の状況によって、人びとの植民地統治への反発は違ってくる。中国のように帝国であった国、韓国のように属国であった国、東南アジアの国ぐにのように中央集権化されていない大小さまざまな国ぐにがあったところ、「南洋群島」のように首長制社会が基本であったところなど、植民地化されて失ったもの得たものが、それぞれ違っていた。だが、たとえ得たものがあったとしても、植民地支配を正当化することはできない。自分たちが自分たちで決めて納得して得たものではないから、補助金漬けにされるようなことになる。

 「日本時代は良かった」という者もいれば、「戦争の頃は子どもで、自分の親を戦争でなくしたり、戦争になって家が壊されたり」して「日本人のことを恨んで」いる者もいる。「仕方がない」ことではなく、日本に植民地化された結果である。「アメリカは幸せをもたらさなかった」のも、日本が植民地にした結果でもある。

 近代をリードした欧米諸国が世界各地に植民地をもっていたため、「植民地支配とは何だったのか」ということが充分に検証されていない。支配した側が充分に過去を清算しないために、「植民支配下でもいいことがあった」という支配者側の発言に、された側が反発するのは、日本の植民統治にたいする韓国だけではない。韓国にたいして、台湾は親日であるとしばしば言われる。台湾が戦後発展したのは、日本の植民地支配のおかげではなく、台湾の人びとが努力したからである。韓国の人びとが努力しなかったわけではなく、南北に分断され朝鮮戦争になったことが今日まで大きく影響している。パラオの人びとの「親日」も、戦後のアメリカとの比較から印象的に述べているだけで、パラオ人の視点から日本統治時代をまだ充分に検証していない。台湾ですでにはじまっている日本統治時代の検証が、パラオでもおこなわれると「親日」の見方も変わってくるかもしれない。

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