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2016年08月09日

『陸軍燃料廠-太平洋戦争を支えた石油技術者たちの戦い』石井正紀(光人社NF文庫)

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 「陸軍燃料廠は、海軍燃料廠ほど歴史は古くない。正式に創設されてから、わずか五年で終戦とともに霧散した。その間、資金的にも、人的にも、膨大な資源を投じたにもかかわらず、終戦のどさくさで、ほとんどの資料は火炎の中で灰燼と帰し、その全貌は、今日までほとんど明らかにされなかった。その意味では、幻の組織だった」。「本部隷下の研究所とは別に、陸軍大臣に直轄した技術研究機関として、二つの機関が存在していた。電波兵器などの研究をしていた多摩陸軍技術研究所と本書に記した陸軍燃料廠である。ともに大臣直轄にするほど重視されたわけで、これだけでも陸軍燃料廠の軍における存在価値が知れる。それに見合うだけの人材も、それこそ国中から集めた」。

 本書は、著者石井正紀による前著『石油技術者たちの太平洋戦争』の続編である。著者は、前著を書いた時点で気づかなかったことを2点、つぎのようにあげている。「一点は、戦前、石油資源を求めて南方へ派遣された石油関係者は、予想していた以上に多岐にわたっていたということである。しかも、彼らの多くは、自分たちがどのような位置付けで南方へ行かされたのか、よくわからないままに、ただひたすらにお国のために海を渡ったということである。そして、多くは無為のまま終戦を迎え、ただ抑留生活を送る苦難だけを味わった」。

 「もう一点は、パレンバンを中心に活躍した南方燃料廠(軍の組織上は寺内元帥率いた南方軍隷下)とは別に、中央に、陸軍燃料廠が存在していたことである。この組織については、陸軍大臣直轄の、しかも所属した廠員数は、雇人までいれれば一万数千人に及ぶ一大部隊でありながら、終戦とともに霧散してしまい、その実体は詳らかにされないままに、今日に至っている」。「とくに、組織の中核である東京府中にあった本部、燃料研究所で働いていた多くの技術者、研究者が、終戦とともに職を解かれて、貴重な資料共々、人材までが国内に霧散して、その後長いこと、陸軍燃料廠という組織について語られることはなかった。のちにノーベル化学賞を受賞した福井謙一博士も、その中の一人だった」。

 著者は、「本書をまとめる上でもっとも苦労したのは、やはり資料収集だった。この点では、前書のときより、さらに難しかった」と述べている。その原因は、敗戦時の焼却処分にあった。その様子を、つぎのように述べている。「燃料研究所をはじめとして、整備部、技術部などでは関係書類の焼却処分に忙しかった。当時、本部には南方方面から運び出された膨大な量の技術資料があった。一部は、後日の参考用にと東大へ疎開させていたが、まだ相当な量の資料が保存されていた。これらの資料は、戦時中は占領物として自由に入手していたが、ひとたび立場が変われば、戦勝国の資料を勝手に持ち出したことになるわけで、戦犯にもされかねないことをおそれて、運転中の資料も含めて徹底的に焼却することにした」。

 このことは、占領地にあった膨大な量の技術資料のなかに、それまで日本人技術者が知らなかったものが含まれていたことを意味している。つまり、石油に関する技術は、日本のほうがずいぶん劣っていたことになる。その技術を占領することによって「盗んだ」という罪の意識があったことから、戦犯から逃れるために焼却処分をしたのである。戦後、技術者が霧散したのは、まとまることで技術を「盗んだ」ことがばれることをおそれたためかもしれない。これらの技術資料をえることによって、戦後の日本にどのような影響があったのか。福井謙一のノーベル賞とは、まったく関係がなかったのか。資料がないだけでなく、語ることができないことがあったことが、本書の執筆を困難にしたのではないだろうか。

 本書執筆の貴重な資料となった『陸軍燃料廠史(技術編・満州編)』および『陸軍燃料廠史(岩国編)』が出版されたのは、ともに1979年である。出版されるまでに四半世紀かかったことが、「幻の組織」だった所以かもしれない。

 そして、この石油技術者が歩んだ道は、戦後「国策」となった原子力利用の技術と関係がないのだろうか。「国中から集めた」人材が、「よくわからないままに、ただひたすらにお国のために」技術力の発展だけを考えているということはまさかないだろうが、戦争という異常事態のなかでの倫理無視が、平常時にまかり通っているとすれば、それこそ技術者の「死」を意味する。

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