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2016年06月21日

『記憶の政治-ヨーロッパの歴史認識紛争』橋本伸也(岩波書店)

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 2016年5月27日にアメリカ大統領バラク・オバマが、広島を訪問した。「謝罪」こそなかったものの、多くの日本人は好感をもって受け入れた。だが、本書を読むと、日米二国間の問題では片づけられない国際的な歴史をめぐる「戦争」の実態が明らかになり、オバマ大統領の広島訪問も戦略的に位置づけられた可能性があることがわかってくる。

 著者、橋本伸也は、エピローグ「接続される歴史・記憶政治-モスクワ・北京・東京」の冒頭で、「露中共同声明と戦争記念式典」の見出しの下、2014年5月20日の露中首脳会談の場でプーチン大統領と周近平主席が、共同声明のなかでつぎのように言及したことを紹介している。「ロシアと中国は、第二次世界大戦時のヨーロッパとアジアを舞台とした軍事行動の場でのドイツ・ファシズムおよび日本軍国主義への勝利七〇周年を記念する共同の式典を挙行し、歴史を歪曲して戦後世界秩序を破壊する試みへの毅然たる対抗を継続する」。

 つづけて著者は、つぎのような説明を加えている。「そして実際、二〇一五年五月九日にはモスクワ、九月三日には北京で行われた、両国それぞれの戦勝記念式典のために両首脳が精鋭部隊を引き連れて相互訪問し、赤の広場のパレードには中国人民解放軍が、天安門前広場のそれにはロシア軍が参加した。日本ではほとんど気づかれていないことだが、赤の広場のパレードにはインド軍が参加したことにも注目しておきたい。同年二月二日のロシア・中国・インド三国外相定期協議で、第二次世界大戦勝利と国際連合七〇周年にさいして、「自由のためにファシズムと戦ったすべての人びとを正当に評価」し、国連と加盟各国が戦争終結七〇周年記念行事を行うよう求めることが合意されていたのである。インドは、北京のパレードへの参加には慎重な態度を取っており、三国間の利害や思惑には食い違いも多々存在する」。

 この露中間の歴史認識問題での合意を、東アジアの文脈で考えることは日本人にとって容易でも、ロシア側の事情についてはよくわからないだろう。著者は、同じく「エピローグ」でつぎのように説明している。「ロシアにとって「歴史の歪曲」として最初に想定されるのが、バルト諸国やポーランドなどの中東欧諸国が口火を切り、欧州国際機関をまきこんで進められた第二次世界大戦をめぐる歴史と記憶の見直しであることは、あらためて指摘するまでもない。こうしてユーラシア大陸の東西で別々に展開されてきた二つの「歴史の歪曲」との闘争は、露中間の合意を通じて相互に接続されて、より広域化された一つの対抗図式のもとにまとめあげられた」。

 このあらためて指摘するまでもないことが、本書で論じられているのである。著者は「プロローグ」で、本書の目標をつぎのようにまとめている。「歴史と記憶が政治化されて紛争化される事例の検討を通じて、そこに作動している政治的力学を捉えることである。検討の対象として取り上げるのは、エストニアとラトヴィア両国を中心とした中東欧・バルト諸国、これら諸国としばしば対立するロシア連邦、そしてロシアと中東欧・バルト、さらに西欧諸国のさまざまの政治勢力が角逐するアリーナと化した欧州国際機関である」。

 本書は、プロローグ、全4章とエピローグからなる。その概略を、プロローグの最後につぎのようにまとめている。「まず、第一次世界大戦とロシア革命を契機としたバルト三国の独立、第二次世界大戦期の独ソによる「占領」、一九九一年のソ連からの「独立回復」という激動の現代史を足早にたどり、その歩みのなかに地雷のように埋め込まれた歴史記憶にかかわる対立や紛争要因の所在を確認する(第一章・第二章)。ついで、エストニアとラトヴィアの独立回復時とその後のロシア語話者問題の位相と展開について紹介し、歴史と記憶が国内の住民集団間で分断され、対立させられた文脈をとらえていく(第二章)。さらに、エストニアとラトヴィアをはじめとした中東欧・バルト諸国の歴史政治とそれに対応するロシアや欧州国際機関の歴史政策の展開を追跡して、これら諸国の歴史と記憶が国際的な紛争の的として成立する様相を提示する(第三章)。それを踏まえて、「ブロンズの兵士」とともに、あるいはそれ以上に歴史・記憶紛争にまつわる問題群をくっきりと示した事例であるラトヴィアの元ソ連・パルチザン(戦線をはさんだ相手方後方で抵抗運動や破壊工作に従事する民兵などの非正規戦闘員)にたいする戦争犯罪の裁判を取り上げ、紛争が生起し展開した過程と、それがもたらした帰結と教訓を確認することとしたい(第四章)。そして最後に、中東欧・バルト諸国の経験から得られた理解をよりグローバルな視野のなかに据え直すことで、東アジアにおける歴史と記憶紛争の位相についての捉え直しを試みたい。そうした論述を通じて、歴史と記憶が国内・国際政治上の懸案としてますます重要度を増し、国内諸集団間・諸国家間の紛争の契機として動員されていく時代としてのポスト冷戦時代の様相を、ヨーロッパ東部の小さな地域の経験から見通していければと思う」。

 著者は、ロシアの「歴史・記憶政治」が新段階に入り、もはやヨーロッパ世界にとどまらず、アメリカ、そして東アジアにまで、その影響が及んでいることを、つぎのように説明している。「第二次世界大戦におけるソ連/ロシアによる多大の犠牲的な貢献に敬意を払おうともせず、もっぱら「全体主義犯罪」ばかりをあげつらう議論が流布され、主流化させられたことへのロシアの憤懣が、より大規模で対抗的な歴史外交をもたらしている。だが、プーチンの歴史政治は、もはやその域を超えているようにも見える。ニュルンベルグ原則にもかかわらず連合国側戦闘員を有罪としたコーノノフ裁判への意趣返しのごとくに、第二次世界大戦におけるアメリカの戦争犯罪を告発し、新冷戦とも呼ばれる露米間の対立構図にまで歴史・記憶政治を組み込んだからである。すでにターゲットは、バルト・中東欧諸国や欧州国際機関にとどまらず、正面切ってアメリカにまで向けられたわけである。ウクライナ政変の際のアメリカの陰謀的策動にたいしてロシアが抱いてきた怒りがその背後にはあろう。あわせて、バルト諸国やポーランドなどの「新しいヨーロッパ」が西欧諸国よりはるかに親米的な路線を取っていることも、再度想起しておかなければならない。ウクライナ問題をめぐるこれら諸国とアメリカとの連携が意識されていないはずはない」。

 そして、「歴史・記憶紛争理解の深化のために」、つぎのようにまとめて、エピローグを終えている。「いまわれわれが直面させられている歴史と記憶にかかわる紛争化は、冷戦後の時代の世界的な平和と秩序への希求と模索といういかにも重たいグローバルなアジェンダとともにあるのであり、そこでは、先進的な範型に倣って己のありさまを反省するこれまでのあり方を超えた、およそ容易ならざる解法の考案が求められるはずである。旧ソ連から独立した小国の経験を提示することを目的としたこの小著を通じて語りたかったのは、このことである」。

 「歴史認識問題に揺れる東アジアとは違い、ヨーロッパでは歴史・記憶の共有と和解が進んでいるように考えられている」が、そうではないことが本書から理解できた。しかも、いっこうに解決の兆しがみえない東アジアにも飛び火しそうな雲行きである。オバマ大統領の広島訪問も、ロシアのメディアは冷淡に扱い、中国は「南京はもっと忘れてはならない」と主張し、北朝鮮は「核犯罪者としてのアメリカの正体を覆い隠そうとするもの」だと非難し、韓国は「韓国人被爆者を誰一人平和公園内に招待せず、原爆慰霊碑から150メートルほどの距離にある韓国人慰霊碑には訪れもしなかった」と問題視し、失望した。

 EU(ヨーロッパ連合)の成立にともなうヨーロッパ共通教科書の試みは失敗し、いま歴史をパラレルに語る試みがおこなわれている。第一次世界大戦にかんして、ドイツとフランスの双方の視点から展示する博物館も出現している。「歴史認識紛争」は二国間関係から拡大する様相を示している。国民教育のための排他的な近代の歴史観から、グローバル社会の市民のための現代の歴史観に移行するために、歴史研究者はいまなにをするべきか。本書は、そのための基礎的知識と考え方を提示している。

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