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2016年03月22日

『太平洋戦争と新聞』前坂俊之(講談社学術文庫)

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 2015年5月に第3次安倍内閣が閣議決定した平和安全法制は、第189回国会へ上程し、同年9月に「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律」(平和安全法制整備法)と「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律」(国際平和支援法)が成立した。この平和安全法制関連2法は、一般には安全保障関連法案(安保法案)、安保法制、安全保障関連法(安保法)と呼ばれた。

 これより先の2013年10月25日、第2次安倍内閣は特定秘密の保護に関する法案を閣議決定して第185回国会に提出し、同年12月6日に成立、同年12月13日に公布され、2014年12月10日に施行されている。日本の安全保障にかんする情報のうち「特に秘匿することが必要であるもの」を「特定秘密」として指定し、取扱者の適正評価の実施や漏洩した場合の罰則などを定めた。一般には、特定秘密保護法、秘密保護法、特定秘密法、秘密法などと呼ばれる。

 これら安倍政権による一連の政策にたいして、世論は戦前の日本のたどった道に似ているとして反対する意見と、時代が違い近年の国際情勢とくに中国の脅威から必要であるとして賛成する意見とに二分されている。大手新聞社も、賛成と反対の両論を併記しながらも、どちらかの意見に傾いた報道をおこなっている。

 本書を読むと、たしかに戦前の日本に似た過程をたどっているといえる。拙著『戦争の記憶を歩く 東南アジアのいま』(岩波書店、2007年)の帯に、「いまを再び「戦前」にしないために」と書いた。この本は、大学の教養課程の学生向きに書いたもので、最初学生はこの「戦前」の意味がわからなかった。十数回の授業を終えて、この「戦前」の意味がわかれば、「合格」だった。本書を読むと、さらに「戦前」の意味がわかる。「戦前」になれば、もう戦争になることは止められない。「戦前」になる前に、どうするかが鍵になる。

 本書は、著者前坂俊之が1989年と1991年に出版した2冊の本を下敷きに、「全面的に書き直し、大幅に加筆、修正して一冊にまとめたものである」。「内容は、昭和に入って戦争に流されていく過程で、満州事変から日中戦争、太平洋戦争、敗戦に至るまでに、エポックとなった各事件を新聞はどう報道したのか、国、軍はどう検閲したのかを、特に『朝日』『毎日』の報道、論説を中心に検証したものである」。

 本書を読んで、安全保障関連法案をめぐって賛成した者は戦前とどう違うのか、反対した者はどこがいっしょなのかを、検証する必要があるだろう。著者は、アジア太平洋戦争の原因について、つぎのように述べている。「単に軍部の暴走と軍国主義にのみ帰せられるものではない。シビリアン・コントロールできなかった政治体制の欠陥と政治家の責任も決して小さくない。戦争も平和もいずれも外交の結果とすれば、外交の失敗、過誤も見過ごせない。国家主義、ナショナリズムに国民が押し流されていった経緯や、大勢順応主義、時代ムードに弱く、戦争を支持、同調していった国民性も検証する必要がある。さらに大きいのは国民の知る権利を代行しているメディアの責任である。本来、権力のチェック機能と同時に情報操作機能を合わせ持つ新聞は戦争への道でどのような役割を果たしたのかも問わねばならない」。

 新聞は、戦前・戦中より読まれなくなった。インターネット上の情報のほうが、影響力が大きくなったかもしれない。ということは、オピニオンリーダーとして、新聞より個々人の役割、責任のほうが大きくなったといえる。著者のいう「国家主義、ナショナリズムに国民が押し流されていった経緯や、大勢順応主義、時代ムードに弱く、戦争を支持、同調していった国民性」を考える必要がある。いまを「戦前」にしない鍵は国民にあり、その国民に情報を提供する意味で、新聞の役割はまだ終わっていない。

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