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2016年01月19日

『越境するアイデンティティ-黒タイの移住の記憶をめぐって』岡田雅志(風響社)

越境するアイデンティティ-黒タイの移住の記憶をめぐって →紀伊國屋ウェブストアで購入

 近代国民国家の成立とともに、歴史は国民国家単位で語られるようになった。では、近代国民国家を形成しなかった民族の歴史は、近代国民国家のなかでどのように語られたのか(あるいは語られなかったのか)、そしてこれからどのように語られるのか、「民族のアイデンティティ」にとってきわめて重要な問題である。

 本書の目的は、「黒タイの拡散(ディアスポラ)の歴史と国境を越えたアイデンティティ(集団への帰属意識)の様相を紹介することである」。本書は、3節からなる。著者、岡田雅志は、「まず第一節[黒タイの移住史-リージョナルな移動からグローバルな拡散へ]において、現在のように世界中に黒タイのコミュニティが形成されるようになった移住の歴史をあとづける。続く第二節[仏教の国の黒タイ-タイソンダムのアイデンティティ]で、強制移住によりタイ王国に連行された黒タイの子孫とされているタイソンダム集団をとりあげ、彼らが黒タイの子孫としてのアイデンティティを形成する過程について、タイ王国の政策及びメディアの変化と関連づけながら考察する。最後の第三節[つながり合う黒タイ・コミュニティとアイデンティティのせめぎ合い]においては、グローバル化の進む一九九〇年代から現在までのタイソンダムと各地の黒タイ・コミュニティとの関係をひもとき、それにより越境するアイデンティティの諸相にせまってゆきたい」という。

 「これまで、ベトナム西北地方という一地域の歴史を深く掘り下げることに拘わってきた」著者にとって、本書は「不可欠なサイドストーリーといえるものである」。なぜなら、「現在少数民族と呼ばれている人々の歴史を研究する研究者として避けては通れない」のが、アイデンティティの問題だからである。では、なぜ外国人研究者である著者が、人口100万人にも満たないディアスポラな民族のアイデンティティを追求しなければならないのか。民族運動を起こして独立や自治を求めるわけでもないし、独自の文化を強調し誇示したいわけでもなさそうな民族のアイデンティティを問わなければならないのか。インターネットの発明とSNSという新たなメディアを使って、拡散した黒タイとしてのアイデンティティが再編されることによって、この先になにが見えるのか。著者は、つぎのように答えている。「政治領域と直接結びつかない形での語らいの在り方は、歴史認識が常に政治課題となる東アジアの現状にも示唆を与えてくれるものなのかもしれない。サイバー・スペースという新しい場を得て、今後、彼らの過去はどのように語り直され、黒タイとしてのアイデンティティが再編されてゆくのか興味深いところである」。

 国民国家の一員としてのアイデンティティを強く求められた近代とは違い、自分自身でアイデンティティを模索する時代になった。そのアイデンティティを求める旅が、インターネット上でできるようになった。その旅には、SNSを通じて語り合う「同行者」がいる。そこにフランス植民地政府やベトナム共産主義といった「異物」が混入すると、旅は中断を余儀なくされてしまう。黒タイで結びついたアイデンティティは、移ろいやすく、なにかのきっかけで雲散霧消する実体のないものかもしれない。だが、それを模索する共通の社会状況が、離散した黒タイの人びとの現在の生活にあるのだろう。その意味をディアスポラな民族から問うことで、ポスト国民国家時代の国民のあり方を考えることができるのかもしれない。

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