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2016年01月12日

『文書史料が語る近世末期タイ-ラタナコーシン朝前期の行政文書と政治』川口洋史(風響社)

文書史料が語る近世末期タイ-ラタナコーシン朝前期の行政文書と政治 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 ある革新的なことがおこると、そのことを強調するあまり、あるいは戦略的に、それまでを「停滞」と捉えることがある。明治維新もフランス革命も、それまでの時代を「旧体制」として否定したり、過小評価したりする傾向がある。本書で取り扱うタイでは、ラーマ五世王チュラーロンコーン(在位1868-1910年)が近代化を推し進めた結果、欧米の植民支配を免れることができたと評価され、それ以前を「停滞」「衰退」と捉えられてきた。

 著者、川口洋史は、「このような歴史像は五世王などの改革当事者たちが描いたところが少なくない」とし、現在おもにタイ国立図書館に保管されている一世王時代から四世王時代(1782-1868年)までの約9000点の行政文書から、定説に疑義を唱えている。著者は、これらの行政文書から、つぎのようなことが明らかになるのではないかと期待している。「文書はその本文だけではなく、その書式や、誰が起草し、誰が決裁したのかといったことから、さまざまなことがわかる。本書はこれらの行政文書を史料として用いながら、ラタナコーシン朝前期の政治行政のあり方やその担い手たちを見て行きたい。果たして王朝前期の歴史は制度の衰退や権臣の専横として理解しておけばよいのだろうか。それとも、近年の東南アジア近世史研究が主張するように[略]、ビルマ、シャム、ベトナムの一八世紀半ばから一九世紀前半とは、国家機構が充実し、それぞれの近現代への枠組みがつくられていく時代なのだろうか」。

 これらの文書から、近世外交が見えてくる。清の論理では、シャムは朝貢国のひとつで、新王から使節が送られてくれば「暹羅(せんら)国王」に封じた。だが、「ラタナコーシン朝の論理では、両国の君主は対等であった」。国書は、清側では「臣下が皇帝に奉る上奏文へと「翻訳」され」、ラタナコーシン朝側では「まず華人の通訳が原文に比較的忠実にタイ語に訳したのち、高官立ち会いのもと、王に仕える祐筆(ゆうひつ)(略)たちがその訳をもとにしつつも、シャムの国書の書式と語調をあわせて再度「翻訳」した」。このことは、朝鮮王朝と徳川幕府とのあいだでも、対馬藩を通じておこなわれた(日光にある家光廟大猷院には、315基の灯籠がある。本殿にもっとも近い場所に御三家のものがあり、朝鮮国王からおくられたものは加賀百万石前田家の隣にある。朝鮮にとって日本とは国同士の対等な関係であっても、徳川幕府にとって違った意味づけがされていた)。また、欧米との条約を、当初シャム政府はあまり守らなかった。近世の外交は、あくまでも対内的なものであったのである。

 著者は、ラタナコーシン朝前期をつぎのようにまとめている。「王朝前期、有力な功臣の子孫のほか、三世王時代から民部省の実務官僚が大臣に就任するようになった。シースリヤウォンはその双方の系統を兼ね備えていた。彼は、もっとも力のある功臣の一族ブンナーク家の出であっただけでなく、民部省の実務をも担当した唯一の人物である。だからこそ、四世王末期に、彼は父以上の権勢を得て、五世王が即位するや、その摂政に就任しえたのである」。

 民部省実務官僚が重要になっていく背景について、つぎのように「おわりに」のはじめで説明されている。「ラタナコーシン朝は建国当初、武功を挙げた建国の功臣が政権を構成し、その政府は対外交易を重要な経済基盤としていた。しかし一八二〇年代から、国内への課税が強化されるとともに、支配圏を拡大していった。それにともなって行政文書が増加した。それら行政文書の書式や処理はパターン化しており、特に混乱は見られず、むしろ精緻化したところも見られた」。「同時に、事務量の増加によって、実務官僚が重要になっていった。特に民部省の管轄域は財政的にも軍事的にも重要であったため、この部局で文書処理を担当する役職が出世コースのひとつになっていく。三世王時代から、有力な建国功臣の子孫だけでなく、民部省の官僚が大臣に昇進するようになった。そのような実務官僚の識見にも軽視しえないものがあった」。

 日本では、「近世」「近代」で時代区分する。だが、英語では近世はearly modernで初期近代である。近世は、前近代的側面に焦点をあてるか、近代的側面に焦点をあてるかで、ずいぶん評価が違ってくる。前者を強調すれば断絶と捉えることができ、後者を強調すれば連続と捉えることができる。その作為的なものを排除するためには、残された文書をひとつひとつ丁寧にみていくしかない。本書は、それを実行した成果である。

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