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2015年12月08日

『「戦跡」の戦後史-せめぎあう遺構とモニュメント』福間良明(岩波現代全書)

「戦跡」の戦後史-せめぎあう遺構とモニュメント →紀伊國屋ウェブストアで購入

 本書は、広島平和記念公園・原爆ドーム、沖縄・摩文仁戦跡、知覧・特攻戦跡の3つをとりあげた3章からなる。それぞれの章は、「「遺構への嫌悪」の忘却」、「モニュメントの抱擁と憎悪」、「逆輸入される「記憶」」のタイトルがつけられている。そして、「序章 戦跡の歴史社会学」と「終章 戦争の痕跡と戦後」で、問題提起と考察がおこなわれている。

 本書では、「それぞれの戦跡において、遺構とモニュメントはどのように創られ、いかにして真正さが見出されたのか。遺構とモニュメントのあいだには、どのような齟齬が見られたのか」、「これらの問いを念頭に置きながら、戦後日本の主要戦跡を見渡し、それが戦跡としていかに発見(もしくは忘却)されたのか、その社会背景はいかなるものであったのかについて、考えて」いる。

 また、著者、福間良明は、つぎのように「昨今の「英霊顕彰」の議論を批判的に問う」ている。「加害責任論への反発も相まって、戦争責任の問題を軽視し、「英霊」の「殉国の至情」に浸ろうとする言説は、しばしば見られる。だが、それも言うなれば、現在の観点から歴史や死者を眺めるものである。そもそも、死者の遺念に寄り添うことと、戦争批判や責任追及は、かつて、はたして異質なものであったのか。戦跡をめぐって、それらはどう議論されてきたのか。本書での検証作業は、おそらく、そうした問いを考えることにもつながるものであろう」。

 さらに、つぎのように問うている。「立場や背景が異なれば、また異なる「正しさ」が紡がれるものである。そして、「正しさ」をぶつけ合ったところで、往々にして議論はかみ合わず、批判が相手に届くことは少ない。相手に届く批判を構想するのであれば、相手がなぜ、そのような「正しさ」に依拠しようとするのか、その磁場を問うてこそ、はじめて、議論や批判のあり方を考えることが可能になる」。

 第1章では、「被爆体験をめぐる広島の遺構・モニュメントを取り上げ、それらが「歴史の証人」として発見され、構築されていくプロセスを跡付け」、つぎのような結論を得た。「広島戦跡の戦後史を眺めて見ると、そこに浮かびあがるのは、幾多の風化や忘却ではないだろうか。戦後初期の原爆ドームに対する拒否感は、目を背けたくなるほどの体験の重さに裏打ちされていた。保存工事や周辺整備によって美しい装いを施されたドームは、市民や観光客の「憩いの場」とはなり得ても、かつてのような鬼気迫るおぞましさを感知されるものかどうか、その点は疑わしい」。「保存の美名や安心感のうちに、目に見えない形で記憶の風化や忘却が進んでいることを指摘するものにほかならない。さらに言えば、公園を整備し美観を維持することは、貧困に喘ぐ最末端の被爆者たちを、そのバラックとともに排除し、一掃することでしかなかった。平和記念公園や原爆ドームが広島の聖域になっていくプロセスは、同時に忘却と排除の過程でもあったのである」。

 第2章では「戦後沖縄において戦跡が創られていくプロセスを跡付け」、つぎのように結んでいる。「戦後の沖縄では、さまざまなモニュメントが建てられてきた。そのなかで、摩文仁がシンボリックな場となり、「六・二三」が記念日として発見されるに至った」。「だが、これらのモニュメントが何を覆い隠し、何を後景化してきたのか。さらには、遺構をもモニュメントと化したことがなかったのかどうか。ひめゆり火炎瓶事件は、遺骨が散乱する壕の奥から、これらの問題を問いただすものであったのかもしれない」。

 第3章では、「「特攻」はいつから「地域の記憶」として発見されたのか。そして、地域の戦争体験でもないものが、なぜ戦跡観光の核として見出されたのか」、「これらの問題意識のもと、知覧戦後史を見渡し、「特攻」の戦跡が創られるプロセスについて考察し」、つぎのようにまとめている。「知覧の公的言説においては、地域に固有の戦争体験は後景化し、それを上書きするかのように、元飛行兵たち(戦友会)の記憶、ひいてはナショナルな知覧イメージが、再生産されることになった」。「「継承」されているものは、多くの場合、幾多の忘却を経たあとの残滓(ざんし)でしかない。顧みるべきは、その残滓なのか、それとも忘却されてきたものなのか。特攻観音をはじめとした知覧のモニュメントの戦後史は、こうした問いを現代に投げかけている」。

 終章では、「これまでの議論を見渡したうえで、戦跡が紡がれる力学や社会背景を捉え返し」、「昨今の「英霊顕彰」の議論を批判的に問う」ことにたいして、つぎのようにまとめている。「戦跡は「顕彰」や「反戦」への思いを漠然と、あるいは断片的に生起させるものである」。「戦後七〇年が経過し、戦争をめぐる議論もそれなりに多く重ねられてきた。だが、「英霊顕彰」と「責任追及」が相容れない言説構造は揺るぎそうもない。国家による死者の顕彰に重きを置く者は、戦時の社会病理や国内外の人々への責任の問題を掘り下げようとはせず、逆に加害責任を考察する議論は、それがいかに正しくとも、それを否認しようとする者の心性には迫り得ていないように思える。だが、かつての戦跡をめぐる思考においては、たとえそれが断片的で思考の抑制を生みがちなものであったにせよ、今日の二項対立の言説構造を解きほぐし、死者に寄り添う先に責任を問い直す論理の萌芽を見ることもできる」。

 本書から、「戦跡」の位置づけが、時代により社会により変化することが理解できる。それぞれの時代や社会に、それぞれの生活があり価値観があるのだから、当然といえば当然である。だが、その場しのぎの対応は、後世に負の遺産を残すことになる。その意味で、本書のような問いかけ、検証が必要である。とくに、戦争責任を求められている日本においては、国際協調のなかで「戦跡」を考えることによって、「英霊顕彰」に重きを置く人びととの対話をすすめなければならないだろう。ならば、第一次世界大戦後、ヨーロッパで発展したこの分野の研究を参照しながら、日本の「戦跡」を位置づけることも必要だろう。

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