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2015年11月24日

『ソマリア沖海賊問題』下山田聰明(成山堂書店)

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 「2011年12月1日付、国際海事局発表による情報によれば、同日現在で海賊行為と判断される事件は、以下の件数である」。「世界中で発生した事件 海賊による攻撃409件 乗っ取り事件41件」「ソマリア海域での事件 事件230件 乗っ取り事件26件 人質(人数)450人 船員殺害(人数)15人 現在の船舶拘束10隻(ケミカルタンカー3隻) 現在の人質人数172人」。

 ソマリア海賊被害の件数は、2005年の45件、2006年の20件、2007年の44件から、2008年に111件、2009年に217件、2010年に356件と増加の一途を辿った。そのなかには、日本船・日本人も含まれたことから、本書が発行された意味がわかる。さらに、日本の護衛艦が付近にいても、問題が解決されないことが、つぎの例からわかる。「2008年4月21日午前4時40分頃、日本人7名、フィリピン人16名の乗組員を乗せ、ヤンブー湾に向け回航中の日本郵船所属の大型タンカー「高山」(150,053GRT)が、アデン沖約440kmの地点で、小型不審船から発砲を受け、被弾した。これによる死傷者はなかったが、船は左後方部が損傷するなどの被害を受けた」。「この事件が発生したとき、インド洋にはテロ対策のため給油任務に当たっていた2隻の護衛艦がいた。どちらも「高山」からの救難信号を受信していたにもかかわらず、救助行動はとらなかった。理由は、「法律上、自衛艦には先制攻撃は許されない」というものだったとのことであった。結局、ドイツの軍艦から飛び立ったヘリの姿を見た海賊が襲撃を止め、逃走したことで、最悪の事態は免れた」。

 本書は、海賊事件に関し、「基本的な観点から、その検証を行い、今後の対策等を提案している」。「特にソマリア沖における海賊事件を中心に海賊の問題点を検証し」、「海賊に対する法的規制の箇所では、海賊とテロリストとの区別、P&I保険の問題、傭船契約及び国際海上物品運送法上の問題点、共同海損の問題点、誘拐及び身代金保険の問題を詳細に解説している」実務書である。

 実際に被害に遭っている、あるいは遭う危険性のある人びとにとって、「大いに参考となるものだろう」。だが、「Ⅲ ソマリア沖海賊問題の背景」を読むと、あきらかに先進国がつくった「海賊」であることがわかる。その背景となる5つの理由とは、「第1の理由は、ソマリアは無政府状態にあること、第2の理由はソマリアは世界で最も貧困な国であること、第3の理由はソマリア領海での漁業資源が壊滅的な状況にあること、第4の理由は、ソマリア領海での産業廃棄物の不法投棄、第5の理由は、ソマリアには海賊行為を行うことの要件がすべて満たされていることである」。

 犯罪が成立する5つの要素を要約すると、つぎのようになる。「加害者……元漁師、元軍人、民兵、大量の失業者etc.」「被害者……目の前を航行する無防備な船舶の群れ」「動機……飢餓、貧困、失業、金銭欲、怒り」「手段……容易に入手可能な武器、操業技術、漁船」「環境……無政府状態、法の抜け穴、国際的無関心」。

 第3の理由の「漁業資源の乱獲」について、つぎのような説明がある。「1991年のバレ政権崩壊後、内戦の混乱に乗じて、欧州やアジアの大型漁船団がソマリアの近海に殺到、マグロや伊勢エビなどを根こそぎ獲っていった」。「乱獲によって失われた漁業資源の額を年間3億ドルと推定している」。「2009年中にソマリアの海賊に支払われた身代金総額は推定1億5千万ドルだが、海賊達は身代金を「不当に奪われた水産資源の代金の一部」だと主張している」。第4の理由の「産業廃棄物の不法投棄」によって、「廃棄物が打ち上げられた海岸の周辺住民の間に、平均値をはるかに上回る数の呼吸器障害、口腔潰瘍、異常出血、皮膚炎等が見られたと報告」されている。「海賊達は身代金は「環境汚染に対する賠償金」であると主張している」。

 だからといって、海賊行為が許されるわけではない。だが、「ソマリアの海賊が自分たちの為の証券取引所(Stock Exchange)を開設し、取引を行っているという」事態を考えると、IS同様、もはや主権をもった国家と同等の対話の相手と考えざるを得ない。「海賊退治」ではなく、その原因を追求、確認し、対話による解決の道を探るためにはどうしたらいいのかを考える必要がある。とくに、漁業資源の乱獲や産業廃棄物を投棄した責任を問わなければ、対話に第一歩ははじまらない。

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2015年11月10日

『ゾミア-脱国家の世界史』ジェームズ・C・スコット著、佐藤仁監訳(みすず書房)

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 本書は、2009年の出版以来、多くの学術雑誌の書評欄で取りあげられ、「米国アジア協会の二〇一〇年度バーナード・シュワルツ著作賞を受賞、日本では同年に、「隣接分野を刺激し、挑発し、生産的な議論を誘発した」貢献が認められて第二一回の福岡アジア文化賞を受賞している」。著者は、「出す本のほぼ全てがヒットし、広く引用される。誰もが羨む研究者の王道を歩んだ人である」。

 だが、著者自身は、「本書にオリジナルな要素はない。私自身の独創に由来するアイデアは皆無である」と述べている。評者であるわたし自身、本書で述べられていることと同じようなことを、「海域東南アジア東部」での実例をあげながら論じたことがある(早瀬晋三『海域イスラーム社会の歴史-ミンダナオ・エスノヒストリー』岩波書店、2003年;英語版:Mindanao Ethnohistory Beyond Nations: Maguindanao, Sangir, and Bagobo Societies in East Maritime Southeast Asia, Ateneo de Manila University Press, 2007)。にもかかわらず、本書はなにが卓越しているのか。ひと言で言うと、わたしがしたように事例をあげながら1冊の本にまとめることはできても、それらの事例研究をまとめて1冊の本にすることは不可能としか思えないからである。著者は、「はじめに」でつぎのように述べている。「私は、多くの研究史料を吟味し、そこに内在する法則を発見し、それをどの程度まで展開することができるかを試みたにすぎない。創造的側面があるとすれば、全体性をもったまとまりのある構造としてこの形態を見定め、数々の点と点を結んだところにある。私の議論は多くの研究者のアイデアに依拠しているが、本書におけるこれらの議論の展開はあまりにも極論すぎるという声がその方々からすでに挙がっていることは承知している」。

 著者自身、本書が「挑発的」であることは充分承知のうえで、冒頭でまず「ゾミア」という地域について、ついで本書の内容をつぎのように紹介している。「「ゾミア」とは、ベトナムの中央高原からインドの北東部にかけて広がり、東南アジア大陸部の五カ国(ベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、ビルマ)と中国の四省(雲南、貴州、広西、四川)を含む広大な丘陵地帯を指す新名称である。およそ標高三〇〇メートル以上にあるこの地域全体は、面積にして二五〇万平方キロメートルにおよぶ。約一億の少数民族の人々が住み、言語的にも民族的にも目もくらむほど多様である。東南アジア大陸部の山塊(マシフ)とも呼ばれてきたこの地域は、いかなる国家の中心になることもなく、九つの国家の辺境に位置し、東南アジア、東アジア、南アジアといった通例の地域区分にも当てはまらない」。

 「私の主張は単純だが挑発的であり、賛否両論を引き起こすだろう。ゾミアは、国民国家に完全に統合されていない人々がいまだ残存する、世界で最も大きな地域である。このさきゾミアが非国家圏であり続けるのもそう長くはないだろう。しかし一昔前まで人類の大多数は、ゾミアの人々のように国家を持たず、政治的に独立して自治をしていた。今日ゾミアの人々について、平野国家の視点から「現存する我らの先祖」とか「稲作、仏教、文明が発見される以前、私たちはあのように暮らしていたのだ」などともっともらしく語られるが、これに対して私は本書で以下のような反論を展開する。山地民とは、これまで二〇〇〇年のあいだ、奴隷、徴兵、徴税、強制労働、伝染病、戦争といった平地での国家建設事業に伴う抑圧から逃れてきた逃亡者、避難民、〔奴隷制から逃れた〕マルーン共同体の人々である、と。こうした人々が暮らす地域の多くは、破片地帯もしくは避難地域とみなすのが適切である」。

 著者、スコットは、先に述べた「本書にオリジナルな要素はない」以外に、もうふたつ強調しておきたいことがあるという。二番目に強調したいのは、「本書で展開される議論は第二次世界大戦以後にはほぼまったく通用しないという点で」、つぎのように説明している。「一九四五年以降、場合によってはそれ以前にも、距離という障壁を取り除く技術-鉄道、舗装道路、航空機、電話、電報、デジタル通信-が国家によって大規模に使用されるようになった。これらの技術は、国家から離れて自治する人々と国民国家とのあいだの戦略的勢力均衡を根本的に変革し、距離という障壁をあまりにも縮小した。よって本書で展開される分析はこの時期に対してほとんど通用しない。それどころか、現代の国民国家は統治権を盾に、政治権力を国境まで最大限に投射できるよう、統治権が薄弱な外縁地帯をすべて統治下に編入することに躍起になっている。「部族地域」の天然資源確保、そして辺境地における防衛と生産の確立、この二つの目標に向けて、辺境の「包囲」政策が各地で用いられては、国家に忠実で土地に飢えた平地民が山地に移植されるようになった。というわけで、私の分析が二〇世紀後半の東南アジアには当てはまらないといわれても、それはきちんとお断りずみである」。これにたいして、監訳者の佐藤仁は「小さき民に学ぶ意味-あとがきに代えて」で、「議論の射程は彼が思っているよりも遠く、現在まで延びていると言えそうだ」と述べている。

 三番目に著者が強調したいのは、「民族生成についての本書の議論、つまり民族とは根本的に社会的な産物であるという急進的な主張が誤解されはしないかと私は危惧している」点である。続けて、つぎのように説明している。「民族のアイデンティティを守るために闘い、命を落とした勇敢な男女に対し、私の議論は彼らの理念をないがしろにしているという誤解が生じないかという危惧である。そのような誤解は全く本意ではない。すべてのアイデンティティは社会的に形成されている。それは、漢人だろうが、ビルマ人だろうが、アメリカ人であろうが、デンマーク人であろうが変わりない。そのようなアイデンティティは、とくに少数民族の場合、まず最初に強力な国家による想像を必要とする。苗(ミヤオ)を想像したのは中国の漢民族国家であり、またカレン、シャンはイギリス植民地政府に、そしてジャライはフランス植民地政府によって想像され、描き出された」。

 本書は、「はじめに」、I~VIIIと「IX 結論」からなる。最初の「I 山地、盆地、国家-ゾミア序論」「II 国家空間-統治と収奪の領域」で地理的な議論をした後、III以降はテーマごとに書かれ、これといった構成はなく、その流れで「IX 結論」になる。III以降のテーマは、つぎの通りである:「III 労働力と穀物の集積-奴隷制と灌漑稲作」「IV 文明とならず者」「V 国家との距離をとる-山地に移り住む」「VI 国家をかわし、国家を阻む-逃避の文化と農業」「VI+½ 口承、筆記、文書」「VII 民族創造-ラディカルな構築主義的見解」「VIII 再生の預言者たち」。

 著者は、本書でとりあげた世界は、「歴史を長い目でみればほとんどの人類が比較的最近まで暮らしていた」世界にほかならないといい、「思いきって単純化すれば、そこには四つの時代があった」とつぎのように述べている。「(1)国家がなかった時代」(これが圧倒的に長い)、(2)小規模国家が国家なき周辺地域に取り囲まれていた時代、(3)周辺地域が縮小し、拡張する国家権力に取り巻かれる時代、そして最後に、(4)事実上、地球上のすべてが「統治された空間」になり、周辺地域とは民間伝承の対象となるような残余にすぎない時代。ひとつの時代から次の時代への移行は、地理的にも時間的にもけっして均等に進んだわけではない。例えば、中国とヨーロッパは東南アジアやアフリカよりも早熟だったし、国家形勢の気まぐれによって周辺地域は広がったり縮んだりした。しかし、長期的な傾向が右のようであったことは疑う余地なくはっきりしている」。著者のいう「時代」は、「社会」に置き換えることができる。同じ「民族史」という言い方をしても、歴史学を専門としているものと、民族誌を専門としているものとでは、アプローチの仕方も方法も違う。本書で議論されていることは、明らかに後者であって、歴史学からみれば、それは「時代」ではなく「社会」である。

 そして、つぎのように結論している。「低地民は彼らこそが社会進化ピラミッドの頂点に居座り、山地民はその底辺、つまり原初段階に位置するものと勝手に想像している。山地の人々は、すべての事柄において「以前(プレ)の」、つまり初期段階におかれた人々であると考えられているのである。彼らは水稲耕作以前、都市以前、宗教以前、識字以前、低地国家以前の人々なのである。しかし、私たちがここまで長々とみてきたように、山の民に着せられた汚名の数々は、国家を避けようとする人々が自治を放棄しなくてすむように、積極的に身につけ、遂行してきた特徴なのである。低地民の想像は、間違った歴史認識に基づいている」。

 本書は、原題にも訳題にも「歴史」ということばを入れて、国家中心に語られてきた歴史を批判しているが、本書で議論しているのは、「社会」であって「歴史」ではない。近代の歴史は国民創造・教育のための意味合いが強く、国家の役割が相対的に低下してきている現在、本書のような見方が必要になってきている。その点で、本書はいまの時代に必要な歴史観のひとつということができる。だが、時代も社会も超えて語られる本書は、これまでの歴史観に馴染んできた人からみれば容認できないことだらけである。そのことは、著者も充分に承知していて、その予防線として3つのことを強調している。そもそも、本書では近代のディシプリンやセオリーにもとづいた研究では理解できないゾミアを語っていることから、これまでの常識に照らし合わせて本書を批判すること自体、著者は拒絶するだろう。本書は、あくまでも「隣接分野を刺激し、挑発し、生産的な議論を誘発した」点で評価できるものであって、これまでの歴史に代わるものではなく、これまでの歴史に代わるものを書くために示唆を与えているにすぎない。

 評者であるわたしは、これまで脱国家の東南アジア史を書こうとして2度失敗した。『戦争の記憶を歩く 東南アジアのいま』(岩波書店、2007年)と『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年)である。結局、国家単位でしか書けなかったのは、わたしの能力がおもな原因だが、東南アジアのような基本的理解が一般に乏しい分野では、読むほうは国家単位のほうがわかりやすい。書くほうも書きやすい。それが基本的な間違いだといわれれば、返すことばがなく、Anthony Reidの新刊A History of Southeast Asia: Critical Crossroads (UK: Wiley Blackwell, 2015)が出版されて、よりはっきりした。全20章のうち国家を中心に書かれているのは、"12 Making States, 1824-1949"だけで、関連するその後の時代は"19 Making Nations, Making Minorities, 1945- "として語られ、最終章は"20 The Southeast Asian Region in the World"である。本書も参考文献の1冊にあげられている。オリジナリティはないが、監訳者が述べるように「既存の諸説をうまく再編集し、独自の味付けをしながら注目しやすいストーリーに仕立てた」本書と、本書で充分に論じることができなった「水のゾミア」を中心にSoutheast Asia in the Age of Commerce (2 volumes, New Haven: Yale University Press, 1988-93)を書いたリードの東南アジア通史の両方をあわせて読むと、東南アジアの理解が確実に深まる。新たな東南アジア研究に繋がる1冊であることは、だれもが認めるだろう。

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2015年11月03日

『職業は売春婦』メリッサ・ジラ・グラント著、桃井緑美子訳(青土社)

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 帯に、ふたりの推薦者のことばがある。『セックスメディア30年史-欲望の革命児たち』(ちくま新書、2011年)などの著書のある評論家、荻上チキは、つぎのように世間一般の「常識」を問うている。「他の仕事が認められて、なぜ売春する権利が認められないの? 欲しいのは、憐れみではなく自由-。本書の問いかけが、あなたの「道徳観」を塗り替えるだろう」。

 もうひとり、アダルト雑誌の編集の経験をいかした『女子をこじらせて』(ポット出版、2011年)などの著書のあるフリーライター、雨宮まやは、つぎのように問題は売春婦をみる社会にあるとしている。「時には正義や善意が売春の邪魔をする。「誇りを持ってやってる」か、「やむを得ずやる被害者」か、そんな無茶な二者択一を売春婦に押し付けているのは、私たちの社会のどんな欲望なのか? この本はそれを指し示してくれる」。

 さて、著者については、「訳者あとがき」冒頭で、つぎのように紹介されている。「著者のメリッサ・ジラ・グラントはライターおよびフリーランスのジャーナリストとして、ネーション、ワイアード、アトランティック、ガーディアン、リーズンといった雑誌や新聞にセックス、政治、テクノロジーに関する記事を執筆している。元セックスワーカーであることを明らかにしており、本書ではエスコートとして働いていたことがあると述べている。本人のホームページによれば、ストリップダンサーの組合であるエキゾチックダンサーズ・ユニオンのメンバーであり、アメリカで唯一のセックスワーカーのための診療所であるセント・ジェイムズ病院のスタッフであること、また若い女性とトランスジェンダーを支援するニューヨークのサードウェーブ・ファウンデーションでジェンダー公正のために活動していることが誇りだという」。

 売春を違法としている国は多い。違法だから、法律を犯す者には人権などないかのように、なにをしてもいいという風潮がある。違法でなければ、売春婦の扱いも変わってくると考えても不思議ではない。だが、著者は、「なぜ売春が違法とさだめたのか」と問うのはもうやめ、つぎのように述べている。「私たちは『売春婦』への暴力をどこまで容認しているのか」という問いへの説明を求めたい。警察とのいざこざ、たすけを求めても無視する警察、警察による虐待-これらすべてが、おとり捜査とそのビデオが正義(と私たちが理解すべきもの)を徹底的に追求するための手段とみなされる土壌をつくっている。そしてこの場合、正義の追求とはある種の懲罰、すなわち容認されうる暴力しか意味していないのだ」。

 著者が、売春を合法化することによって、解決を図ろうとする提案にたいして「ピントはずれだ」としているのは、つぎの3つの理由からである。まず、「セックスワークを合法にしよう。それならセックスワーカーに課税できる」という提案にたいして、著者は、「セックスワーカーが所得税と消費税を払っていることを忘れている」と答えている。

 つぎに、「セックスワークを合法にしよう。それならセックスワーカーを検査できる」という提案にたいして、著者はつぎのように答えている。「収入にかかわることなので、セックスワーカーが健康の維持に気を配っているのを忘れてもらっては困る。セックスワーカーの性感染症とHIVの感染率は、何人の相手とセックスするかではなく、安全なセックス(それ自体が犯罪化によって規制されている)ができるように管理することで決まるのである。また、世界の保健衛生機関は、HIV検査を強制すると人は医療機関に行かなくなり、かえってリスクが高まると考えている。さらに国連合同エイズ計画と国際労働機関の基準は、いかなる職業に従事する人にもHIV検査を強制するのは人権侵害にあたるとさだめている」。

 3つ目の提案、「セックスワークを合法にしよう。それならセックスワーカーを登録制にできる」にたいしては、つぎのように答えている。「セックスワーカーもほかの職業と同じ手続きを受け入れてあたりまえと思われているのかもしれないが、私たちはまだセックスワークがほかの職業と同じように立派に認められているとは思わない。登録制は、セックスワーカーからすれば名前を変えた取り締まりでしかない。登録を拒否するセックスワーカーは、新しい地下経済組織をつくるだろう」。

 これらの提案にかえて、著者は「一つだけ提案がある」という。それは、「ずっと待たされていることだ。セックスワークを犯罪とするのをやめよう。そうすればセックスワーカーは自分のために、またおたがいのためにもっといろいろなことができる。なぜそれを待たなければならないのだろう?」。つづけて、つぎのように述べて、本書を閉じている。「こうした意識が変わるのを、淫売の汚名が拭われるのを、別の道も用意されるのを、なぜ待たなければならないのか。法律を改正するのでもいいし、ほかの方法でも、あるいは思いもつかなかった新しいやり方でもいいから、セックスワーカーが社会からの追放者である状況を終わらせられないだろうか。私たちが主導しなくても、セックスワーカーの幻想-想像の売春婦-にとりつかれた人々が考えをあらためてセックスワークを仕事として認め、セックスワーカーが自分の人生の完全な主体であることを受け入れてくれるのを待っていなくではならない理由がどこにあるだろう? 待っていても変わらない。要求し、知恵を働かせることで変わるのは私たちだ」。

 セックスワーカーが理解を得るために話をしないのは、違法性にあることを著者はつぎのように説明している。「ニューヨークではコンドームを売春の証拠として採用するのはごくあたりまえで、逮捕時に警官が記入する宣誓証書には容疑者のセックスワーカーから押収したコンドームの数を書き入れる欄が設けられている。これは法の執行から起こる悲劇だ。女性に対する暴力と闘う手段として警察による監視を用いるはずの制度が、もっと弱い立場の女性への暴力を生んでいる。セックスワーカーは逮捕を免れるために、アウトリーチワーカー(援助が必要でありながら、社会的孤立などのために自発的に援助を求めない人に対して支援や情報提供する者)や仲間がくれるコンドームを受けとろうとしない」。「セックスワーカーが仲間同士でさえ経験を話そうとしないのは、自分を恥じているからではなく、このようなリスクがあるからなのである」。

 著者が「セックスワークを犯罪とするのをやめよう」というのも、「犯罪」とみなされるかぎり、セックスワーカーは事実を話さないし、現実の問題がなになのかわからないからである。第一歩を踏み出すことがいかに難しいかが、本書からわかり、それは「犯罪」とみなす方の側の問題であることがわかる。

 時代や社会によって、犯罪とみなすかどうかはずいぶん違う。犯罪とみなすことによって問題が解決することもあれば、逆に問題を複雑にすることもある。犯罪として根絶することができるものはいいが、売春のように難しいものは歪んだ結果になる。ここで、最初に挙げたふたつの推薦文に戻って考えると、その歪みが理解できるだろう。

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