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2015年07月07日

『海の国の記憶 五島列島:時空をこえた旅へ』杉山正明(平凡社)

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 「神州極西の孤島」といえば、辺境や離島のイメージがあるかもしれない。だが、本書を読めば、五島列島は大陸、朝鮮半島とのgateway (出入口)で、日本の最先端であったことがわかる。

 五島列島を「辺境」にしてしまったのは、近代という時代であることを、著者、杉山正明は、つぎのように述べている。「領海とか排他的経済水域というのは、所詮は近代主義の産物でしかなく、人間本来の自然な感覚にはそぐわないところがあります。世界の海域を、「つなぐ海」ではなく、「へだてる海」にしているのは、異様に肥大化・巨大化した国家主義の結果でしょう。近代・現代がかしこいとは限りません」。「本当は、海のうえの国境など、あるわけもないのです」。「近代になるまでの長い時代、九州あたりから西や南の一帯、そして韓半島・中華大陸の海浜にいたるまでの巨大な海域は、広く海にかかわるさまざまな人びとが、「国籍」などとは基本的には関係なく自由闊達に往来しつつ暮らしていたのでした」。

 だが、これら海を生活・活動の場としてきた人びとは、毎年の生活リズムを守るために記録を残してきた定着農耕民と違い、臨機応変に自然や社会と立ち向かわなければならなかったために、参考にならない記録を残さなかった。そのため、海の歴史は、陸の定着農耕民が、海域に進出してきたときに残した記録しかない。そのため、海域からみれば、ずいぶん奇妙な歴史叙述が今日までまかりとっている。

 その最たるもののひとつを、著者は、つぎのように述べている。「少し考えれば「大発見の時代」とか「地理上の発見」とかいった表現は、あまりにも手前勝手、唯我独尊で西欧本位すぎるいい方でした。ところが、かねてこれを困ったことだと考えた日本のふたりの西欧史家(あえてその名は申し上げませんが、どちらも立派な方です)が、「大航海時代」という不可思議な言い方を創り出したのです。ありていにいえば、西洋史という〝業界〟の防衛のためでした。これは当の創作者から聞いた話なので、確かです。「大航海時代」をあえて英訳するならば「グレイト・マリタイム・エイジ(the Great Maritime Age)といったところでしょうが、欧米でそういってもまったく通じません。日本独自の造語というか、きわめて〝内向き〟の用語なのです」。

 それでも、近世(初期近代)では海の自律性が保たれていたが、近代になると陸の海を支配する科学技術の発達で、海の「植民地化」がはじまる。日本では、黒船の到来からで、「日本国にとっては文字どおり「太平の眠りを醒ます蒸気船(上喜撰)」でしたが、世界の軍事史・海洋史においても、まさにペリー艦隊は動力船という新しい時代の訪れを象徴するものだったのです。こののち、船はすべからく動力船となりゆき、基本的には風の有無や海流にかかわりなく、みずからの意思のままに航行できることとなり、艦隊行動と予定どおりの海上展開が成立しました。有史以来、陸上部隊がなしてきたさまざまな作戦行動を、海上部隊もまたおなじように採れることとなったわけで、ここにいたって世界の軍事史は一変したのです。その後の世界主要国の造船技術・艦隊建設の進展は、まことに目ざましいものがあり、明治維新後の日本国もまた、やはりその大きなうねりのひとつとなって参入することになるのです」。

 本書は、36年前、著者が26歳、大学院生のときに体験した「ぶらり旅」が基になっている。「著者紹介」にある「専門はモンゴル史、中央ユーラシア史、世界史」の出発点のひとつが、ここにあったことを想像させる本である。モンゴル・中央ユーラシアでは、見渡す限りの視野が広がる。故郷の沼津から見た海と違い、五島列島の海からは大陸を想像させる。著者が、五島列島をgatewayとして「時空をこえた旅へ」と誘ってくれる。

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