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2015年01月20日

『フィリピンの独立と日本-リカルテ将軍とラウレル大統領』寺見元恵(彩流社)

フィリピンの独立と日本-リカルテ将軍とラウレル大統領 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 本書は、「15歳からの「伝記で知るアジアの近現代史」シリーズ」の3冊目である。このシリーズについて、裏表紙見返しでつぎのように説明されている。「欧米中心の偉人伝とは一線を画す、アジアの伝記シリーズ。本シリーズは、その国の歴史でヒーローとして扱われる抗日派だけではなく、「親日」とみなされてきた人々も積極的に取り上げる。日本にあこがれ、日本を目指したがために、「現実の日本」と直接向き合い、格闘せざるを得なかった彼らの目線をとおして、大人も知らなかった日本の近現代を逆照射する。日本とアジア、そして世界の歴史が変化していく中で、彼らはどのように翻弄され、どのような迷いや悩みを抱いたのか- 目的をとげ成功をおさめた偉人ばかりでなく、挫折し、失意のうちに生涯を終えた人びとの生き様を中高生に伝える。」

 この趣旨に従って、フィリピン研究者の著者、寺見元恵は、リカルテ将軍とラウレル大統領のふたりを選んだ。この選択に、多くのフィリピン史研究者は同意するだろう。それぞれ、表紙見返しで、つぎのように略歴が紹介されている。「リカルテ将軍 フィリピン独立を目指して反スペイン革命に参加。引き続きアメリカ軍と戦った革命家(1866~1945年)。アメリカの植民地統治を拒否して、日本へ亡命。約26年にわたる日本滞在の後、フィリピンに侵攻した日本軍とともに軍用機で帰国(1941年12月)。終戦間近、敗退する日本軍と運命を共にし、ルソン島北部の一寒村で死去」。「ラウレル大統領 アメリカ統治期に育ち、最高の教育を受けた知識人で弁護士(1891~1959年)。アメリカ留学後、政府の要職を経て上院議員を務めたこともある。日本占領期に日本から与えられた独立共和国の大統領を務めた。そのために終戦直後、反逆罪に問われ特別国民裁判にかけられたが特赦が与えられた。一生を通じてフィリピンの独立と青年の教育に力を注いだ」。

 著者は、ハワイ大学で修士号(アジア学)、フィリピン大学で修士号(フィリピン学)、さらに博士号(歴史学)を取得し、アテネオ・デ・マニラ大学などで教鞭をとり、長年フィリピン人研究者とともに研究・教育に携わってきた。このことには、大きな意味がある。著者は、つぎのようにフィリピン史研究について述べている。「ある一国の人々が自分たちの過去をみずからの目線で振り返ることは、植民地になったことのない私たち日本人にとっては当たり前のことのように思いますが、フィリピンではそのような歴史が書き始められたのは1960から70年代にかけてのことです」。著者は、フィリピン人研究者の苦悩を肌で感じながら、研究を進めてきたのである。外国人研究者として、フィリピン人の歴史研究をもっともよく知っており、本書でもそれが発揮され、ほかの外国人研究者にもフィリピン人研究者にも書けない内容になっているといっていいだろう。

 著者は、「エピローグ-リカルテとラウレルの評価」の冒頭で、「今まで一般に抱かれてきた2人の人物像とは少し違うものができあがりました」と述べ、つづけてつぎのように従来の評価と著者の描いたラウレル像を比較している。「ラウレルに与えられた評価は、「アメリカ統治下に育ったフィリピン人として常にフィリピンを愛し、生涯その独立をめざしていた。またアメリカ総督や権力者に対して恐れず、自らの信じることを実行した勇気ある人物である」「日本占領期の彼の行動は、命がけで国民を守ろうとし、決して日本軍の傀儡ではなかった」というものです」。「私の描いたラウレル像もそれとあまり変わりません。ただ、この本では、彼が命をかけて日本軍の横暴から国民を守ったで(ママ)[だ]けでなく、彼の業績、とまでいかなくても、彼が占領期に手がけようとしたことに注目しました。つまり、占領期という状況を利用して、コモンウェルス期にすでに始められた種々の改革、とくに、教育面と文化面にわたる改革を実行し、「脱アメリカ」を試みようとしたことです」。コモンウェルス期とは、1935年からの独立準備期のことです。

 つぎに、リカルテについて、著者はつぎのように総括している。「リカルテに対する一般的な評価は、「フィリピン独立という使命感に燃えて、一生アメリカに忠誠を誓わず、日本を心から信じていたナイーブさがあったかもしれないが、最後まで意志を貫いた愛国者である」という評価に落ち着きましたが、それは最近のことです。彼が日本軍に全面的に協力したことで、フィリピン人の意見が分かれていたからです。リカルテが愛国者であったことは間違いありませんが、彼の行動を丹念にみてゆくと、必ずしも日本に全幅の信頼をよせたナイーブな反米主義者ではなかった、というリカルテ像が浮かびあがってきます」。

 本書から、アメリカと日本という2つの大国に翻弄された小国フィリピンの指導者の苦悩がよく伝わってくる。著者の長年のフィリピン滞在が充分にいかされているが、著書や論文を英語を中心に書いてきただけに、日本語での執筆には編集者の手助けが必要だった。編集者が、そのことを充分に理解していなかったことがひじょうに残念である。とくに「15歳から・・・」なら、もっと注意深く編集して欲しかった。

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