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2014年12月16日

『赤vs黄 第2部 政治に目覚めたタイ』ニック・ノスティック著、大野浩訳(めこん)

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 本書は、同著者、訳者による2006年から2008年10月までをとりあげた『赤vs黄 タイのアイデンティティ・クライシス』(めこん、2012年)の続編で、2008年12月の民主党アピシット政権の誕生から2009年10月までを扱い、その後は第3巻でとりあげるという。この「赤vs黄」は、2014年5月23日の軍事クーデタで終わったのだろうか?

 ドイツ人の著者ニック・ノスティックは、「第1部」の「訳者あとがき」で、つぎのように紹介されている。「集会やデモ、暴動があると、直ちにカメラを携えて現場に走り、デモ参加者、警察官などに対して精力的にインタビューをした。彼の強みは、タイの日常感覚とタイ語が堪能なことだ。それを武器に彼は現場の真実の姿を伝えることに徹しようとする。読者は、PAD[黄シャツ派:民主主義のための国民連合]とUDD[赤シャツ派:反独裁民主戦線]のそれぞれの主張だけではなく、集会の参加者がどんな人たちであるのかを知ることができる。タイの政治の世界とデモや闘争の現場を写真で結びつけたことがニック氏の取材の大きな成果で、読者にこれまでのタイ政治関連の本では見られなかった視点を提供していると言えよう」。

 「この本は、比較的取材に協力的であったUDDの活動を軸に書かれている。著者のニック氏は、PADがUDDに対して一定の社会的譲歩をしない限り、現在の抗争を超えて新しいタイ社会を築くことは難しいと本文で述べており、タックシン問題があるものの、心情的にUDDの活動に期待をしている」。

 PADとUDD、著者は、それぞれどのように見ているのだろうか。最終章の「第14章 社会大衆運動」で、つぎのように説明している。「愛国主義で王党派のPADは、伝統的な右翼の定義からは逸脱した反グローバル的資本主義傾向の強い、さまざまなナショナリスト過激派の総称、サード・ポジショニズム(訳注:資本主義と共産主義の両方に反対する第3の位置に立つ政治思想。排外的・復古的国家主義の色彩が強く、欧米では極右ネオ・ファシストのうわべだけの理論だとする見方が強い)の反動的アジアバージョンと見ることもできる。サード・ポジショニズムの典型は、まさにPADに見られるように、極右と極左が同じ陣地を築くということである」。

 PADが「金で買われたタックシンの歩兵にすぎない」と主張する「赤シャツ派の思想は、貧困層への革新的な配慮と国際主義的なグローバリストの視点を併せ持つ社会自由主義的資本主義(訳注:社会自由主義は社会的公正を重視する自由主義。ヨーロッパでは中小規模の中道または中道左派の政党が多い)に基づくもので、PADの論理とは正反対である。しかし赤シャツの運動には、マルキシストから資本主義者まで数多くのグループがある。大多数の赤シャツの運動はいかなる過激なイデオロギーをも信奉するものではなく、単に平等な権利と機会、経済的発展、そして政策決定過程への参加を要求しているだけである」。

 そして、つぎのように結論している。「2つのイデオロギーに基づく大衆運動が、タイの政治と社会を作り変えようとしている。その両方の側で同じ1人の人物-タックシン・チンナワット-がほとんど正反対の立場でのシンボルとなっている。赤シャツにとってタックシンは、民主主義の発展と平等な社会を目指す運動の代表者であり、PADにとってのタックシンは、タイ社会の汚職と不公正の究極の見本なのである」。

 この2つのいっぽうは、2001年にタックシンが首相になった選挙以降、選挙で5戦5勝である。もういっぽうは、軍、司法、王室の助けを借りて、「路上の抗争から政治・社会を動かし」、タックシン派の政党をつぎつぎに解党に追い込んだ。「第1部」の最終章のタイトル「ゲームは終わらない」のゲームをひとまず終わらせたのは、2014年5月23日の軍事クーデタだった。だが、著者は、第2部の副題を「政治に目覚めたタイ」としている。著者は、「はじめに」の最後で、つぎのように述べている。「タイ社会を分析する上で、従来無視され続けた底辺からの視点がきわめて重要であると考えている。タイの政治は、もはや一部エリートだけが関与で(ママ)する領域ではなく、一般大衆の考え方や希望に強く影響を受けるものになっているのである」。赤vs黄を通して、一般大衆は、もはやエリートの道具ではなくなっているというのである。そうならば、この「ゲーム」を終わらせるのは、軍でも王室でもなく、一般大衆ということになる。

 上院に相当する元老院では、議員の条件に「大学卒以上」がある。PADの幹部のなかには、「タイにおいては、1人1票の原則は使えない」「バンコクの30万票は上質な票であるが、地方の1500万票は低質で、バンコクの票は少ないがより優れている」と発言する者がいる。このような「地方に対する差別意識、偏見、優越意識」が、5度の選挙結果を「無効」にした。「同じタイ人だ、たたかいはやめよう」という声は、「同じタイ人」を尊重しない人びとには届かない。

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