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2014年11月11日

『アフリカを活用する-フランス植民地からみた第一次世界大戦』平野千果子(人文書院)

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 「一八八七年、フランスはそれまで植民地省の管轄にあったコーチシナ(南部ベトナム)とカンボジア、保護国で外務省の管轄にあったトンキン(北部ベトナム)とアンナン(中部ベトナム)を一括して植民地省に移管し、インドシナ総督の下にフランス領インドシナ連邦を結成した。九九年に保護国ラオスが、一九〇〇年に清国からの広州湾の租借地が連邦に加わった」と、本書と同じシリーズ「レクチャー 第一次世界大戦を考える」の拙著『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年)に書いた。だが、同じフランス領と思って、本書を読むととんだ勘違いをすることになる。ベトナムなどフランスの植民統治下におかれた東南アジアの国や地域を研究する者が、アフリカを念頭において語られるフランス植民地主義に違和感を感じる意味がわかったような気がした。東南アジアには、フランスと対峙することができるだけの歴史と文化・社会があったということだろうか。

 著者、平野千果子は、「ヨーロッパの植民地、なかでもフランス植民地を通して第一次世界大戦を再考しよう」とした。その「フランス植民地」とは、本書では具体的にどこを指しているのだろうか。著者は、「はじめに」でつぎのように述べている。「フランス植民地のなかでも、サハラ以南アフリカに注目する。西アフリカ沿岸部には、かつて奴隷積み出しの拠点があったために、ヨーロッパとの交流の歴史は長くなるが、面的支配という観点からすれば、アフリカは一九世紀末の帝国主義の時代に獲得された新たな植民地である。地理的にフランスの真南に位置するこの地は、広大で資源も豊富であり、戦間期になって本格的な開発・活用の対象とされるのである」。

 「第一次世界大戦が現代史の出発点、あるいは世界史の転換点とみなされていることについて」、著者は「こうした基本的な見方を否定するわけではもちろんないが、本書でフランスの植民地を通して考えてみたいのは、この側面についてである」とし、「そのような認識を念頭にフランスの植民地を取り巻く状況に目を移すと、やや異なる事態が展開しているのに気づかずにはいられない」と述べている。そして、「植民地支配という視角に立って、第一次世界大戦の前後を通して連続する側面に焦点を当てて考えてみたい」としている。

 また、本書で注目するサハラ以南アフリカについては、つぎのような説明がされている。「フランス領の場合、サハラ以南アフリカはきわめて「親仏的」な様相が色濃い植民地として語られている。帝国主義時代の征服の過程では激しい抵抗も起きたが、そうした動きが抑圧されたことが、その後のフランス支配への対峙の仕方に影響した面もあると思われる。フランスの目には、とりわけアジアにおけるフランスへの抵抗が深刻に映ったようで、たとえば帝国主義時代に活躍した地理学者オネジム・ルクリュは、『アジアを放棄してアフリカを手に入れよう』という書物を一九〇四年に著している。征服にも支配の維持にも手間暇のかかる遠方のアジアよりは、身近で広大なアフリカを掌握すべきだとの立場である。その後の戦間期、アフリカとの協力関係を説いたジョルジュ・ヴァロワは「アジアを放棄してアフリカを守ろう」(一九三一年)と主張するにいたる。ヴァロワのような楽観的な見方の背後には、「親仏的」なアフリカの姿もある」。

 本書は、「はじめに」、全3章、「おわりに」からなる。まず「第1章 植民地の動員・戦争のなかの植民地」では、「第一次世界大戦に際して世界に広がるフランス植民地がどのように関与していくのか、およその全体像を人員提供の面から整理する。これは大戦期におけるフランスの植民地帝国「活用」の一面である」。つぎに「第2章 「精神の征服」」では、「アフリカに焦点を絞り、戦争中のフランスがアフリカにいかに働きかけたのか、「精神の征服」という時代のキーワードを念頭に、大戦からその後の時期にかけて刊行された、いくつかの書物を通して考える。いわば「活用」の基礎固めとも言える側面である。最後に「第3章 シトロエンのクルージング」では、「戦間期のフランスがアフリカをどのように「活用」しようとしたのかについて、政治・経済史的な側面よりも、社会・文化史的な観点から捉えるよう心がける。具体的には車会社シトロエンが行なったアフリカへの遠征を視野に入れる。これは植民地アフリカの内部を有機的につなぐという大戦期に生じた必要を母体に、数台の車を連ねてサハラ砂漠やアフリカ大陸を走破したものである。大衆の心をつかんだこの壮大な企画から、むしろ植民地へのまなざしを見て取れるのではないかと思う」。そして、「そのような作業を通して、戦前から継続する側面を大づかみにできないだろうか。それが本書のめざすところである」と、「はじめに」を結んでいる。

 全3章を通じて、著者は「第一次世界大戦の前後に連続性をみるという立場から、フランス領サハラ以南アフリカに焦点を当てて考察を進め」、「少なくともフランス領アフリカを通してみるかぎり、植民地支配の正当性が揺らいでいるという認識がフランスに生じたとは言い難い」と、「おわりに」の冒頭で結論している。そして、つぎのような文章で、「おわりに」を結んでいる。「必要なのは、第一次世界大戦が大きな時代の転換点となったことを前提して、植民地支配に関連しても、この戦争が将来の脱植民地化の起源となったのかどうかを議論することではあるまい。それよりは、アフリカがヨーロッパに短期間に支配されていく、まさにベルリン会議[1885年]前後の帝国主義時代から今日に至るまで、どのように両者は関わり合い、どのような歴史が展開されたのかというという(ママ)側面を軸にして、第一次世界大戦がアフリカの歴史に、ひいては世界の歴史にどのような意義をもつのかを問い直す姿勢が、求められるのではないだろうか。少なくともフランス領アフリカを通して考えるならば、一体化した世界の歴史を多面的に捉えるまなざしの必要性に、突き当たると思われる」。歴史学として、すごく納得させられる結論である。

 本書から、アフリカに東南アジアに匹敵する歴史や文化があったかどうかわからなかったが、東南アジア、とくに大陸部にはフランスによる植民地化以前にベトナム、ビルマ、シャムなどの帝国があり、中国を含めて朝貢関係が発達していた。軍事的占領による「植民地化」も何度も経験している。フランスによる植民地化は、はじめての経験ではなかった。

 その旧フランス領インドシナを含む東南アジアでは、近年、地域研究が発達し、植民地宗主国に偏った史料などから近代史を再構成し、想像の共同体としての国民国家建設への「神話」をつくってきた。そんななかで、第一次世界大戦後のパリ講和会議で、アメリカ大統領ウィルソンが提唱した「民族自決」は、ヨーロッパを対象としただけであったが、「神話」の格好の材料とされる。歴史は過去を理解するとともに、現在、未来のために「活用」される。東南アジア研究者のフランス植民地主義の捉え方が、本書と違うのは、そのあたりに原因がありそうだ。因みに、ベトナムでは「過去にフタをして未来へ向かおう」がスローガンになっている。

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