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2014年10月14日

『靖国参拝の何が問題か』内田雅敏(平凡社新書)

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 本書のタイトルの答えが、帯にある。「問題は歴史認識!」「中国・韓国の批判はただの言いがかりなのか?批判されているのは追悼行為ではない。先の戦争は正しかったという靖国の歴史観は、戦後の平和秩序をご破算にする!」。著者内田雅敏は、首相の靖国参拝は、「靖国神社が、A級戦犯合祀や遊就館の展示で端的に主張する歴史認識=「先の戦争は正しかった」とする「聖戦史観を支持し、戦後の平和秩序をご破算にする思想である」と主張している。

 著者は、靖国神社が、慰霊や追悼の施設ではなく、戦死者を天皇までが頭を下げる「英霊」(神)として祀る顕彰の場であることを問題とし、そこから生まれる聖戦思想をつぎのように説明している。「神として祀る以上、そして彼らを顕彰する以上、彼らが参加した戦争はすべて正しい戦争-聖戦-でなければならない。靖国神社はアジア・太平洋戦争を含む日本の近・現代における戦争をすべて、日本の自存・自衛のための正しい戦争であったとしており、このことは日本の敗戦後も全く変わっていない」。

 そして、この聖戦史観とA級戦犯分祀論とを、つぎのように結びつけている。「なぜ「聖戦」史観か。それは靖国神社の生命線が戦死者独占の「虚構」にあるからである。巷間、A級戦犯の分祀がなされれば靖国問題は解決するかのような言説も見られるが、事の本質はA級戦犯の合祀にあるのではなく、A級戦犯が合祀されるにふさわしい靖国神社の歴史観にある。そして靖国神社がA級戦犯を分祀することは絶対にありえない。なぜなら、分祀した瞬間に、「聖戦」史観を根幹とする靖国神社の歴史観が崩壊し、「靖国神社」ではなくなってしまうからである」。

 この靖国神社の歴史観は、同神社が国家機関としての地位を失った敗戦後も崩壊することなく存続しえた。その理由を、著者はつぎのように説明している。「靖国神社が、戦前と同じように特別な存在として生き残るためには同神社が天皇の戦争の戦死者の魂を独占しているという虚構(フイクシヨン)が維持されなければならない。靖国神社にとって幸いであったことは、敗戦後の日本国家が、戦死者の追悼のための特別な施設を設けることをせず、同神社に戦前と同様、戦死者をゆだねるかのような姿勢を示した(A級戦犯合祀前の天皇の参拝、現在でも勅使の派遣、政府高官の参拝など)ことである。厚生省作成の戦死者名簿の靖国神社への提供→同神社による合祀と戦傷病者・戦没者遺族等援護法(すべての戦争被害者についてのものではなく、天皇の軍人、軍属に対してのみの、しかも旧軍の階級に応じてその支給額が異なるという、旧軍人恩給と同じ発想によるもの)の適用が連動したこともそうである。かくして、靖国神社は、今や一宗教法人にすぎない存在になっていたにもかかわらず、戦前と同じように戦死者のための特別な存在であるかのような虚構が形成された。靖国神社の存在基盤である戦死者の魂の独占という虚構を維持するために天皇の兵士については、一人の戦死者も逃がさないことが必要となってくる。本来、死者の追悼等の宗教的行為は、死者もしくはその遺族と当該宗教団体との入信、信仰等の合意に基づいて行われるものである。にもかかわらず靖国神社が、本人、あるいはその遺族の合意を得ることもなく、無断で合祀をする理由はここにある」。

 「この《無断合祀による戦死者の魂独占の虚構》こそが、靖国神社の生命線である」。そのなかには、敗戦後日本国籍を失い「援護法」の対象とならない外国人である韓国人、台湾人の合計、約4万9000人が含まれている。これらの外国人は、「日本人」として戦犯に問われることはあっても、年金などの支給対象にはならなかった。いっぽう、遺族年金の支給は、1994年の時点で「「大将」の最高額が年間七百六十一万余円であるのに対し、一般の「兵」の最低額は百四万余円」であった。この金額の差は、生活保障ではなく、「顕彰」に値する功労に基づいていると考えていいだろう。

 このようにみていくと、靖国問題は、日本という国家が敗戦処理を充分に行わなかったことが原因であることがわかってくる。「憲法9条」という画期的な敗戦処理を行いながら、なぜ国立の追悼施設をつくることができなかったのか。その原因を探ることがつぎの課題として浮かびあがってくる。また、わたしが個人的に聞いたこともある中国や韓国の有識者のいう「首相の靖国参拝が問題ではなく、首相の発言が問題なのだ」という、靖国神社同様、日本の政治家の意識の戦前から戦後への連続性の意味も考えなければならないだろう。

 本書は、数々の引用文があげ、わかりやすくなっているところもあるが、前後、とくに引用文の前に説明がないため、戸惑うことが何度かあった。「急遽の出版」とはいえ、微妙な問題を扱っているだけに、出版社の編集者ももうすこし丁寧に扱ってほしかった。折角の議論も、本筋ではないところで攻撃されかねない。

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