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2014年06月03日

『【図説】地中海文明史の考古学-エジプト・物質文化研究の試み』長谷川奏(彩流社)

【図説】地中海文明史の考古学-エジプト・物質文化研究の試み →紀伊國屋ウェブストアで購入

 本書は、「文明と文明の関わりに焦点を当て、ひいては古代と現代社会とのつながりをどう理解したらよいのかを考え、知の系譜を捉えるための試みの書」である。現在の中東イスラーム世界をみていると、西欧的な価値観とは異なる個性的な側面が目立つ。だが、中東の文明堆積層と西欧社会とのあいだには、歴史的・文化的に密接な関係がある。その関係を解明するために、著者、長谷川奏は「中東と現代の西欧社会を結んだ分析軸で堆積層を切ってみて、断面に現れる文明層の絵模様を観察する」。「中東と西欧を結んだ断面のラインは、地中海を通る」。「本書ではその地中海をざっくりと切ってみた絵模様を、物質文化研究の観点から考察する。いわば地中海・文明史探訪の考古学である」。

 「西欧文明は、長い歴史の中で、さまざまな文明と関わってきた。したがって、たとえば大西洋をわたってつながるアメリカ大陸や、広大なユーラシア大陸を通じてつながるロシア、あるいはアフリカとも深い関わりを有してきたので、西欧文明は多角的な角度から分析が可能である」。そのようななかで、著者が中東の古代文明との関わりに注目したのは、物質文化研究という視点からと「地中海」の存在であった。

 地中海の重要性について、著者はつぎのように説明している。「地中海とは、3千万年ほど前に、アフリカ大陸とユーラシア大陸がぶつかってできたものであり、その意味では、両大陸を「隔てる」海として始まったのが成り立ちであった。しかし一方で、地中海はジブラルタル海峡では大西洋と繋がり、小アジアとユーラシア大陸の境では、ダーダネルス~ボスフォラスという狭い海峡を通ると黒海に至り、遥か先には広大なロシアの地が広がっている。そして、地中海と紅海・インド洋は一見すると陸地で遮られているように見えるが、19世紀後半にはスエズ運河ができて、アフリカ大陸を通らないでもヨーロッパとインド洋を結ぶ航路が開かれた。このように、地中海はまたアフリカとユーラシアの大地、大西洋とインド洋を「結ぶ」海としての性格を持っており、本書ではこの後者の見方を大事にして捉えてみたい」。

 この地中海世界で、物質文化の展開のひとつの大きな鍵となる地域が、エジプトである。著者が、エジプトを事例とした理由は、つぎのように説明されている。「エジプトは、同じく初期文明の類型の一つであり、民族による文化の移相が激しく移り変わったメソポタミヤ文明と比較しても、二~三千年という極めて長い間、ファラオ的な文化の均質性が古代の時間軸の多くを占めた稀な地域であった。さらに、その均質性はイスラーム時代にも受け継がれ、現代社会にまで残された。エジプトの著名な地理学者であるガマール・ヒムダーンは、エジプトの特質として、ナイルを中心とした独特の地理環境がもたらす同質性に着目している。この同質性には、自然の同質性だけではなく、灌漑環境の同質性や農作物の同質性があり、豊かな河川がもつ吸引性と砂漠による周囲からの隔絶が、「進入はあれど流出はない」メカニズムを作り出してきたとする。そして、灌漑が組織化される社会において、集権的な組織化が促進され、土地と労働を支配する政府の権力が社会の内部にまで浸透する社会を形成してきたとする論である。しかし、前身伝統が極めて強く残されるエジプト社会も、あるきっかけを境に、その内部から変質していき、あるときどっさりと前身伝統が切り倒されていく姿は、エジプトの文明史の中でも最もダイナミックな一瞬でもある。特に考古学で扱う変化の少ない生活文化では、変貌の画期は驚きでもある。本書は、この変動の姿を捉える手がかりを、<知>の構造に求め、物質文化研究の観点から探ったのであった。今後も、エジプト文明を、継続される「同質」と引き起こされる「異質」の双方の視点から、この問題を掘り下げていきたいと思っている」。

 本書は、「イスラーム文明が初期文明やギリシア・ローマ文明という前身の文明の知を受け継いだ姿を描いたところまでで論を止め」ている。「豊富な写真・地図・図版とともに文明継承の生き生きとしたダイナミズム」が伝わってくる。だが、残念なことに、すべてモノクロである。紙媒体の本とともに、カラーの写真や図版、さらには立体的に見えるようなものがデジタル媒体を通して見えるようになると、さらに理解が深まるだろう。

 そして、著者は「あとがき」をつぎのようなことばで締めくくっている。「偉大な知をはぐくんできたエジプト人に、現代社会の難問が解決できないはずはない、という思い入れが毎日心をよぎってしまう。今はいち早く安定的な社会のしくみができ上がることを願ってやまない」。「偉大な文明」を長年直に見てきただけに、著者の思い入れに期待してしまう。

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