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2014年03月18日

『いのちの自然-十年百年の個体から千年のサイクルへ』森崎和江(アーツアンドクラフツ)

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 本書は、この40年余に書かれた詩篇とエッセイからなる。著者、森崎和江の書いたものは、時代を感じさせない。当然、40年、30年前に書かれたものには、その当時の時代背景がある。しかし、それをいま読んでも時代遅れと感じさせないのは、いつの時代にもどの社会にも通用する「いのち」を語っているからであろう。

 その著者が苦しんだのは、その時代、その社会にしか通用しない「常識」であった。1927年に日本植民統治下の朝鮮で生まれ、育ち、敗戦前年の44年に福岡県立女子専門学校(現在の福岡女子大学)に入学して、はじめて「日本」を体験したときから、著者の闘いは始まった。「九州炭坑町で、自分とは何か、女として生きるとは何か、国家権力とは何かを問いつづけ」た。「さらに、異国で身を売って働く女性たち「からゆきさん」を訪ね、列島各地に残る「海人」「産小屋」などの民俗を明らかに」する「自分探し」の旅に出た。

 その結論の一端が、本書からうかがえる。「からゆきさん」について、「明治後期や大正・昭和初期にアジア諸国をまわった人々の書物に」、「「土民に見うけされ、すっかり土民ふうになっていてあわれである」と、しばしば書かれている」が、著者はつぎのように「からゆきさん」をとらえている。「からゆきさんに限らず日本の庶民の生活の基本は、生活する風土になじみ根づくことにあった。庶民階層のなかでエリート層がいちはやくその風土密着型から自立する意識と生活手段とを身につけたのである。けれどもそうした近代化から遠い人々は、どこで生きても、その地域の風土に生活と精神の糧を求めた。それはいわば日本土民から日本市民への脱皮に対して、どこに生きても土民たらんとする人々を思わせるのである。そしてからゆきさんの大半はこの基本型を維持していた人々であった」。その「からゆきさんのインターナショナルな感性もまた、大東亜共栄という発想にからめとられてしまう」。

 「海峡の島」では、「河向うという言い方」で、大陸のことを話す北部九州の海辺の人びとは、「文化だけではない。祖先は向うからやって来たにちがいないといって、村の氏神が上陸したという浜辺に碑を立てたり、祭りをしたりするところも残っている」。「このような感性は一代二代で育つものではない。また国家間の交流などで養われるものではないのである。そうではなくて、国家がどうであれ、食べものをやりとりする身近かな他人のようなかかわりを続けてきた時間の集積が、意識とは無縁なままからだのなかに溜まっているというようなぐあいなのである」。

 「韓国と九州の両岸辺を生活空間とし」、「あさげの菜をつむように、向うの生活とかかわった」対馬は、「敗戦とともにはじめてその生活空間であった朝鮮海峡を閉ざされたと言っていい。国家利益がぶつかりあう国境としての海峡を、直接生きるようになった。くらしの上で、海の幸山の幸をうばい合ってきた歴史は、反面では海の神山の神を共にしあう歴史であったから、対馬には古代朝鮮以来の信仰や風習の跡はふかい。またチェチェ島(済州島)は韓国にとっての海峡の島であり、文化的には韓国のなかの異国のような質をもっている。そのように、政治的罪業のふかさよりふかいくらしの上の交流がつづいていた海峡が、国境という空しくいかめしい、そして海の民の感性には縁のない次元で閉ざされたのである」。

 大学院生14人を連れて、韓国に行った。日本国籍6人、韓国籍2人、台湾籍2人、タイ国籍2人、アメリカ国籍1人、ポーランド国籍1人に、高麗大学の学生数人が加わって、史蹟、博物館、国立墓地などを訪ねた。「国籍」と書いたのは、著者のように、その国で生まれ育った者だけではないからである。「親日派」が多い台湾籍の者は、朝鮮の「日帝支配」にたいするあまりに根の深い韓国の反発に驚き、ポーランド国籍の者はドイツとロシアに挟まれたポーランドのことを思い浮かべた。日韓2ヵ国だけでなく、タイ国籍の者のように第3者が加わって、日本の朝鮮の植民地支配を考えた。著者の苦悩を理解できるグローバル人材が育ちつつあるのである。

 著者が2001年に書いたつぎのことばも、かれら・かのじょらは理解できることだろう。「時代は激しく動きます。コメ作りも、海の女神も影ばかり。海も空も地上なみの国境線の中で、生物の子産みは人間界も投資の対象めいていきます。文明摩擦も自然環境の破壊とともに、日々私たち個人に問いをつきつけています。予想もしないことに私たちは直面することでしょう。そして、だからこそ、「わたしとは何か」を自問しつづけたい、と私は思っています」。

 近隣諸国との交流は、長く深いだけに、負の面を取り上げはじめたら切りがない。共存したときのことを思い出し、その大切さを実感できるのは、未来を見つめる若い力だろう。そのとき、著者のようないつの時代にもどの社会にも通用する「いのち」をみつめ、問い続ける姿勢が役に立つ。

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